ふたりとも無言のまま浴室を後にする。
「……布団、いこっか」
「……うん」
部屋に入る頃にはもういい時間になっていた。
眠気も忘れて盛り上がってしまったことを今更ながらに自戒しつつベッドに向かった。
「よいしょ……。ありがとモカちゃん……もう限界……おやすみ……」
ベッドに横たわると、急速に眠気が襲ってくる。
先程の興奮もあったが、恋人でもないモカちゃんに悪いことをした罪悪感もありすぐにでも眠ってしまおうと思い目を閉じた。
「ん……私ももう眠いなぁ……あ、もう動けない。ここで寝ちゃいそう」
「え?ちょ……」
わざとらしく言うとモカちゃんは私のベッドに倒れ込んできた。
「モカちゃんのベッドはすぐ隣でしょ~?」
「だめ……?」
そんな風にかわいく頼まれたら断れるはずもない。
「……いいよ」
「やったっ!」
途端にベッドが狭く感じる。暖かくて、心地よい狭さだ。
「大丈夫?狭くない?」
「ん……なんか、安心する圧迫感……って感じかも」
「あはは。私もそう思った」
モカちゃんが私と同じことを思っていただけで、なんだかほっこりと胸が温かくなる。
「ね……リリィねぇね……もうちょっと圧迫しても……いい?」
「……うん」
モカちゃんは私の身体に両腕を回して脚を絡めた。
「なんだか私抱き枕みたい」
「今日はモカのものね」
「ふふっ」
吐息のかかる距離で話していると、なんだか顔が熱くなってくる。それを悟られないようになるべくそっぽを向きたかった。
「だめ。もっとモカを見て……?」
モカちゃんが首の後ろに両腕を回してくる。
そのままぐいと引っ張られ、私たちの顔が付き合わされる。
おでこがくっつきそうな程迫った距離に、鼓動も吐息も抑えることはできない。
「ちょ……ちょっと……」
「リリィ……ねぇね……っ!」
頬を紅潮させた天使が私を見つめる。
その瞳はキラキラと眩しいほどに輝き、吐息を発する唇が艷めく様を見ると頭がぽーっとしてくる。
冷静ではいられなかった。
彼女も同じ様子で、蕩けるような視線が私だけを見つめる。
ふたりの間に言葉はないが、次にモカちゃんが求めていることは明白だった。
まずい……!さっきの映画と同じことが起ころうとしている……!そしてそれに流されてしまいそうな私もいる……!
「ま……待って……!」
「待たない……っ!」
私の制止も聞かず、腰の上に跨ったモカちゃんに両手を握られて脚も抑えられてしまった…。
「あ……モカちゃん……? どうするつもり……?」
「……」
モカちゃんは黙ったまま私の首筋にキスした。
「あっ!? ちょっ……と……!」
ぞわりと肌が浮くような快感。
私に覆いかぶさったままモカちゃんは何度か私の肌を吸い上げると再び身体を上げる。
「ふっ……ふぅ……」
まるでいつものモカちゃんとは違うみたいに、荒い息を吐きながら情欲に渦巻く瞳で私を見据える。
さながら獲物を前にした猫のように、今にも飛びかかられんばかりの気迫を感じた。
「モカ……ちゃ……」
私は抵抗もできず、その欲望に身を任せてしまった。
「……いい?」
「あ……え……なにが……?」
溶けてしまいそうな脳では、唐突に訊かれた主語のない質問に答えることはできなかった。
「……言わせるの?」
少しムッとした顔をしたモカちゃんを見て、ようやく察する。
「う……いやでも……」
私たちはルームメイトだ。
姉でも妹でもなければ恋人でもない。
なんで今こんなことになってるのかさえわからないのに……。
「黙って」
あれこれ考えている途中だったのに、モカちゃんはそっと私の唇を塞いだ。
「ん……っ……」
それは一瞬のようでもあって、永遠のようでもあった。
今まで体感したことのないような未知の感触が、熱暴走しそうな程高まった情動に押し付けられる。
柔らかな幸福と、湿り気のある罪悪感が更に私を昂らせる。
「……はぁ……っ。しちゃったね……」
数秒の後、ゆっくりと顔を離したモカちゃんは、頬を紅潮させたまま私を見つめる。
「私……はじめてだった……」
呆然としながら零すようにそう呟く。
「モカもだよ。えへ……」
柔和な笑顔を私に向けて嬉しそうに笑う。
まさか自分よりも歳下の子にリードされるなんて思いもしなかった……。しかもはじめての相手が天使だなんて……。
「なんか……改めて考えると……恥ずかしくなってきた……」
唇を押さえながら目を逸らすと、モカちゃんがその手を握ってどかしてしまう。
「じゃあそんなの、全部なくしちゃおうよ」
「えっ……ちょっ……ちょっと……!」
モカちゃんはまた私の唇を何度かついばむように吸いつく。
気づけば深く貪欲に求められ、彼女の愛欲で私の口内が満たされていく。
絡み合う唾液と舌がやがて思考までも溶かしていく……。
「は……はじめてって……言ったよね……?」
「わかんない……わかんないのに……止まんないの……っ!」
モカちゃんはその先を知らない。だから、どうしても抑えきれない衝動に晒されてしまっていた。
「ね……もっときもちいいこと……知りたい?」
「えっ……?」
あんなに眠かったはずの私は、気がつけばもう戻れない朝を迎えていた……。