風呂場へと案内されていった甘白の背中を見送りながら、家光はニタリと笑っていた。
「何とも美しい。新しい
家光はそう云いながら酒をぐいと一気に飲み干した。
「おい、この助兵衛めが。色香にうつつを抜かすは、天下人にとって命取りぞ」
肩に乗った尾長鶏が、そう人語を発した。
声は、しわがれた高齢の男のそれである。
「……わかってるよ、爺や」
「おまえ、ちょっとは
「敬ってるさ。俺は爺やが大好きだ」
「好くのと敬意とは同じではないぞ」
「で、何だよ? 俺はいま美しいものを見て久々に酒が旨いんだ。邪魔するなよ」
「やれやれ。そんな気分のよい酒を不味くするようで悪いがな、儂の直観では、あの甘白とかいう
「匂う? ああ、長旅で汗をかいていたからな。まあ俺は本当はああいう汗くさい匂いが堪らんのだがな。そんな趣向を明かせば変態とバレてしまうゆえ、風呂に行ってもらった」
「莫迦者、その匂いではない。もっと、本質的な存在のいかがわしさの匂いだ」
「いかがわしさ?」
「そうとも。その者が何を信じ、何に背を向けて生きているのか、そう云うものが、匂いに染み込む」
「ふうん? そういうもんか? 俺にはさっぱりわからぬが、まあ爺やが云うならそうなんだろうさ。俺は爺やの云うことは信じているからな。何でもいい」
「少しは己の頭を使う癖をつけたらどうだ?」
「それじゃあ、爺やの役目がなくなっちまうだろうが。で? 爺やの見解じゃ、甘白からはどんな匂いがするっていうんだ?」
「どうも、
「切支丹……!?」
家光はいっぺんに酔いが醒めた。
と同時に、昨今のあれこれの忌まわしい記憶がよみがえり、はらわたが煮えくり返って来た。 目下、家光は島原の乱の制圧が完全鎮火といかずに苦しんでいた。
信仰というやつを胸に秘めた叛乱の何が厄介といって、奴らは単なる抵抗勢力ではなく、ある種の呪いのかかった人形のような攻撃力をもつということだ。
斬られても簡単には死なぬ。ある農民などは、首を斬られてなお兵士に襲い掛かったという。それほどの執念であるので、高々数百という数であるにも関わらず、いまだに手こずっているのだ。すると、そんな内心を見透かしたように家康が云った。
「それに、乳香の香りも僅かにした。そう云えば、いまお前が手を焼いている天草四郎とかいうのは、絶世の美形と噂に聞いたが?」
家光は、その言葉にハッとした。そう、
「まさか…奴が天草四郎?」
さあな、と家康は云ってくっくっくと喉を震わせた。
笑い出すと、ただの鶏みたいになってしまうのが、祖父の情けないところだ。
ひとしきり笑った後で、咳払いを一つしてから家康は威厳を取り戻すようにして云った。
「慌てるな家光、儂に秘策がある」
「そうこなくっちゃな、爺や。で、どうすればいいんだ?」
「なに、簡単なこと──このまま騙されたふりをせよ」