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第126話

 一歩。


 ただの一歩。だがそれだけで、空気が変わった。


 ゼルグが指先を振る。


「《獄炎の律動》」


 天地が焼ける。炎が螺旋となって地を抉り、空を裂いた。


 対して、俺は魔剣冥哭を抜く。


「……《冥哭・魔喰》」


 黒き刃が唸りを上げ、迫り来る炎を喰らう。燃え盛る魔力を吸い上げ、刀身に深淵の輝きが宿る。


 瞬間、踏み込む。


 ゼルグの背後へ跳ぶ影。


「《冥哭・影噬》」


 闇より現れ、鋭い一閃。しかしその刃を、ゼルグは掌で受け止めた。


「甘いな」


 逆に光を込めた拳が、俺の腹を抉る。


 だが吹き飛ばされながらも、《冥哭》は喰らった魔力をさらに喰い貯めていた。


 宙で一回転し、地に着地。


「《冥哭・滅葬》」


 黒い斬撃が闇の奔流となり、直線上を一気に裂く。あらゆる障壁を無視する絶対断罪の剣圧。


 ゼルグは空中へ飛翔し、手を翳した。


「《虚相断界》」


 空間が捻じれ、斬撃が虚無に吸われる。次の瞬間、天から複数の雷柱。


「落ちろ、《終焉律・第四断層》!」


 僕は一歩前に出ると、《冥哭》を地へ。


「《冥哭・獄呪》」


 展開される黒の魔法陣。降り注ぐ雷の魔力が結界の外で弾ける。ゼルグの魔術は陣内に届かない。


「ならば、拡張次元跳躍──!」


 ゼルグの身体が重力を無視して空間に点在する。


 無数の残像が一気に襲いかかってくる。


 僕は静かに一呼吸。魔剣を天に掲げる。


「……今ここに、終焉の門が開かれる──《冥哭・葬獄天》」


 地響き。瞬間、戦場中に存在するすべての魔剣が震える。


 その魔力が《冥哭》に引き寄せられるように流れ込む。


 ゼルグの動きが、一瞬、止まった。


「貴様……それは……」


 刃が黒光を放つ。放たれた一撃は、空間そのものを斬る闇の衝撃波。


 ゼルグが《空間隔離陣》で防御するも、その半身を裂かれる。


「くっ……面白い」


 ゼルグが笑う。額から血が垂れる。


 俺は言葉を返さない。


 踏み込む。


 二歩目。


 ゼルグが空間ごと後退する。


「ではこちらも応じよう。《深淵降誓》」


 天空に巨大な逆紋が浮かび、漆黒の大槍が降下する。


 地が崩れ、戦場の大地ごと貫く終末の槍。


 だが、その中心に俺はいた。


「貴様の力では……僕には届かない」


 魔剣が闇に溶ける。


「《冥哭・無明断》」


 空気が震えた。


 全ての魔が静止したような刹那。


 振り下ろされた斬撃は、ただの斬撃ではない。


 存在そのものを否定して断ち切り。


 ゼルグが咄嗟に身を引く。空間跳躍が遅れれば、その一撃に飲まれていただろう。


 《冥哭》の周囲にあった魔の残滓がすべて、跡形もなく消え去っていた。


「ふは……今のは危なかった。いいぞ、ヴィクター」


 ゼルグの笑みが深まる。


 次の瞬間、両者の間に風が巻く。


 二つの力が、再び衝突の兆しを孕み、揺らめく。



 世界が崩れる音がした。



 焼け爛れた大地。蒼黒の空に伸びる稲妻。断末魔のように響く戦場の残響。


 その中心に、ゼルグがいた。


 真白な髪に、血のような瞳。無慈悲の化身。だがその目の奥に、僕は見た。


 同じ、絶望の色を。


「貴様はなんなのだ!? どうしてどうして人間のくせにここまで強い!」


「僕を断罪した理由は、それだったんだな。リュシア」


 僕はゼルグではなく、魔族の女性を見た。


 すでに目を覚ましてこちらを見ていた。


「……全てを思い出しました」


 すでにリュシアが記憶を取り戻す予兆はあった。


 そして、ゼルグの登場によってリュシアの記憶も取り戻された。


「私は兄に操られていたのね」


「違う! 俺は、俺たち兄妹のため!」


 ゼルグがリュシアの言葉を否定する。


 リュシアの服従の魔術を利用して、王国を崩壊させ、その力も奪い記憶も奪ってリュシアを放置した。


 ゼルグは妹のためと言いながら、自分の欲望のためにリュシアを利用した。


 リュシアが他の魔族を知っていたのは、自分がそれを配置したから。


 そして、全ての権利をゼルグに奪われ、傷ついて流れついたのが僕の場所だった。


 それが未来ではジェイの側にいた。


「リュシア。お前は見届けろ」

「……」


 僕の言葉に彼女は何も答えず、僕とゼルグの戦いを見つめる。


「もういい。茶番劇だ! 全てを破壊してやる」


 世界を否定する魔が渦巻く。


 魔剣冥哭、すべての魔を喰らう黒き断罪。


「《冥哭・断罪》」


 刃が空を裂き、魔の奔流を吸い込んでいく。


 ゼルグの周囲に漂う魔力すら、音もなく喰われる。


「……貴様、まだその剣を完全に使うのか?! その力は貴様を」

「お前が相手なら、躊躇う暇もないさ。それに貴様は僕を恐れた。だから白因子計画を立てた。フレミアが僕の無効化を封印できることを、マーベの研究から知ってな」


 瞬間、ゼルグが手を掲げた。


「黙れ! 《断界律・零の門》」


 虚空に穿たれた穴から、空間そのものを食らう重力のような一撃が落ちる。


 僕の無効化を否定する空間を奪う魔法。


「《冥哭・影噬》」


 ゼルグの背後に現れ、斬り込む。


 だが。


「浅いな」


 振り返らずに放たれた反撃が、僕を吹き飛ばす。


 魔族はその肉体ですら、脅威になる。


 身体が地を擦る。肋骨が軋んだ。


 すぐに自己治癒魔法が体内を駆け巡る。


 僕はもう、ただの剣士ではない。


「知ってるぞ、お前の過去。北の大地で、妹を抱いて凍えた夜のことも」

「……」

「そして、王の椅子に座る者たちに見下され、ただの化け物と蔑まれた。その怒りも、悲しみも、僕は知っている」

「笑わせるな。貴様に何がわかる。魔族として生まれた者の痛みを」


 ゼルグの叫びとともに、空間が黒に染まる。


 地を裂き、空を断つ。


 それが、ゼルグという存在の核。


「《断界律・終焉構築》」


 広がる絶望のドーム。


 この世界から、希望を一切排除する魔の方程式。


「俺は……未来で断罪された。力を持っていながら、誰も救えなかった」


 僕は《冥哭》を逆手に握る。


「だがな、それでも僕は、戦い続けると決めた。真実を知り、僕と同じ絶望を始る者のために」


 冥哭が唸る。


 吸い込んだ魔力が、刃の奥で脈打つ。


「《冥哭・滅葬》!」


 黒の一閃。冥府の斬撃が、ゼルグの魔空間を貫いた。


 ゼルグの右腕が裂け、血が舞う。


「っ、まだだ……この程度か……!」


 終わらせる。全ての魔剣を吸い込む奥義。


「《冥哭・葬獄天》!」


 無数の剣が、ゼルグの周囲から消失していく。


 その瞬間、彼の戦場支配が崩れた。


「終わりだ、ゼルグ」


「まだだァアアッ!!」


 最後の魔力が、彼の全身を焼く。


 ゼルグが構えた、最終の術式。


「《絶界零時・獄哭終章》……!」


 空間が反転し、全てを無に帰そうとする咆哮。


 すべてを断ち切る究極の斬撃で応じる。


「《冥哭・無明断》……これが、冥府の選定だ」


 刃が振り下ろされると同時、ゼルグの術式が崩壊する。


 黒と黒の波が交錯し、戦場を呑み込んだ。


 そして、沈黙。


 吹き荒れた嵐が止み、土煙の向こう。


 ゼルグが、膝をついていた。


 その手には、もはや魔力の欠片すら宿っていない。


「貴様は……何者だ……」


「僕はただの人間だ。魔法も使えない。人を信じて裏切られた。自分の死によって……絶望を知った者だ」


 ゼルグが崩れる。


 だが、その顔は、ほんの少しだけ、安堵しているように見えた。


 俺は剣を地に突き立てた。


 風が吹く。この戦場に、ようやく静寂を迎えた。


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