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Episode9 - 思い出してみよう


 駆ける。駆ける。駆ける。

 今だけは風の様にと、自らの限界を超えるようにと祈りながら私はゾンビに向かって駆けていく。

 未だ断末魔はショッピングモール内へと響いている。それは私の駆ける足の音を掻き消してくれていた。最後の警備員が殺され、床に水っぽい物が落ちる音が聞こえ。

 私はまだ止まらない。バターナイフを握りしめていた手の力を少しだけ緩めつつ、前を見据えて走る。


「ッ!」


 まだ2級ゾンビまでは距離がある。とはいえ、既に50メートルは切っており……2、3秒もすれば接敵する程度の距離。ゾンビの膂力をもってすれば、1秒にも満たない距離だ。

 故に、私は通用するであろうと考えた行動を選択した。


「――つら、ぬけェ!」

「ッ?!ァあ!?」


 握っていたバターナイフが虚空へと消えると共に、足音に気が付いたのか振り向こうとしていた2級ゾンビの身体が大きく痙攣しながら倒れていく。

 【空間収納】による、収納からの自身から離れた位置への物の取り出し。普段は絶対に生物等が居る場所へと行う事はないものの。防衛拠点を作り上げる過程で『入れ替え』という仕様を知った今。

 私が持つ異能は、この場面だけは最高の武器として扱う事が出来ていた。

……まだ!次!

 しかし、ゾンビはそれだけでは倒せない。今も痙攣しながらも、こちらへと向かって手を伸ばし這って近づいてきていた。

 ウイルスによってゾンビと化した者の頭の中には核があり、それを破壊、もしくは身体から切除しなければ倒す事は出来ない。故に、私は駆ける身体をそのままに。

 倒れている2級ゾンビを飛び越え、そのまま転がりながらもある物へと手を触れた。


「収納ッ」


 すぐさま体勢を整え、右手で指鉄砲を作りながら2級ゾンビへと狙いを付ける。

……焦るな、今はまだ1体だけ。急がないといけないけど、ここは慎重に。

 荒くなる息を整えながら、私は指先をしっかりと離れた位置に居るゾンビの頭に向け、


「入れ替えェ!」


 またも、【空間収納】によって今しがた収納した物……観葉植物を取り出した。

 先程よりも離れた位置、そして物の大きさ。それ故か、観葉植物が出現したのは狙っていた2級ゾンビの頭の真ん中から少しずれた位置。


「……ふぅー……終わった、かな」

『目標沈黙。クリスタル核が一部欠損した事により機能を停止したようです。またゾンビ討伐系のタスクが発行、達成されました』

「了解。タスクについては報酬受け取らずに置いといて」

『了解しました』


 A.S.Sの言葉に安堵しつつ、私は動かなくなった2級ゾンビへと近付いていく。

 周囲には最初に襲われたショップ店員や警備隊の死体があり……この場だけ見れば、私が全てやったかのように見えるかもしれない。

……それは勘弁だなぁ。

 これから人間社会が崩れるにしろ、変に他の人間と関わるような状況を作っていくのは止めた方がいい。

 裏切られる可能性も高く、変に異能を持っている事が知られれば利用される可能性だってあるのだから。


「えーっと、ゴム手袋と……これ洗えば大丈夫?」

『問題ありません。真水と消毒液を使い、しっかりと密閉した状態にして収納してください』

「あ、普通の病原体みたいな感じで良いんだ……了解了解」


 倒したゾンビが動かない事を確認してから、ゴム手袋と水、消毒液を取り出して。

 私は手をゾンビの頭へと突っ込み、そこにあるクリスタル状の核を捥ぎ取った。このゾンビの核は異能持ちの人間が良く集めていた記憶がある。

 以前は無能力者だった私には用途は未だ分からないが……何かしらには使えるのだろう。集めておいて損はない筈だ。利用法は……後でA.S.Sに聞いておこう。


「あとは……と」


 と、ここで物音が聴こえ。そちらの方向へと視線を向ける。

……あちゃ、ゆっくりしすぎたか。

 そこには、最初に首筋に噛み付かれ死んだはずだったショップ店員が、虚ろな目をしながらもしっかり私へと近付いてくる姿があった。

 ゾンビによるウイルスの感染、及び死後のゾンビ化。終末世界で嫌となる程見た負のサイクルだ。


「ここの物、収納してから帰りたいんだよなぁ……!」


 逃げるのは楽だ。今も怯えているリンを回収し、ダッシュで外へと出れば良いだけ。

 ゾンビになりたて……危険度の低い1級ゾンビならば、ホテルの時と同じようにそれで逃げられる。しかしながら、それではこのショッピングモールに来た理由が無くなってしまう。


『……再度進言します。撤退を推奨します』

「ふ、ふふ。前までの私だったらそうしてたかな。――でもさ」


 一息。

 目の前にはゾンビ1体。動きは遅く、足取りは覚束ない。

 対して、私は無手でありつつも、【空間収納】の中には様々なモノが収納されている。当然、暴漢に襲われた時用のスタンガン等も、だ。


「今、ここで倒さなかったら……前の私と変わらない気がするんだよ!」


 身勝手な理由。ただの独りよがりの言い訳。

 何だっていい。だが、ここで目の前のゾンビを倒す事は必要な事なのだと、私は自分に言い聞かせていた。

……結局、私はあの時の死をずっと引き摺ってる。原因は確かに家族。でも。

 自分に力が、ゾンビの群れを倒せる力があったならば。あの時から地続きに、今も生きていた可能性も無い訳じゃないのだ。

 こんな所で、こんな場面で、2級ゾンビを倒した後に考える事ではないだろう。

 だが、先程の戦闘は今生で得た力を使ったものであり、自身の力とは……少し言い難い。


「ッ、死ね!死ね!死ね!私がこれから先、生きていく為に……過去の私が眠れるように!ここで死ね!」


 手の中に鉄パイプを出現させ、こちらへと近付いて来ているショップ店員のゾンビへと近寄って。

 力任せに、勢い任せに振り回す。叩く、叩く、叩く。

 今生では知らず、しかしながら身体かこが覚えている身体の使い方をして、叩く。

 肉を打つ鈍い音から、少しずつ水音を伴った音へと変わっていくと共に。私の目の前に居るゾンビも、人型から徐々にその形を歪めていき、所々に人の様な部位が混じる挽肉に変貌していった。


「ふぅー……ふぅー……」


 別に、こんな事をしても過去と決別できる訳でも、ここから何かが新しく始まる訳でもない。

 自分の力でゾンビを倒したからと言って、1体倒しただけで何かが変わる訳でも、過去の私が報われる訳でもない。

 だが、


「終わったぁー……結構、晴れやかな気持ちになるもんだね、これ」


 私の胸の内は酷く穏やかだった。

 手には血に濡れた鉄パイプを持ち、返り血によって汚れ、目の前には人だった挽肉が転がっている。そんな状況で、やり遂げた……満ち足りたという笑顔を浮かべている女。

 異常者にしか見えないだろう。少なくとも、健常者には絶対に見えない筈だ。


「ここから先。こういうのは絶対増えるんだ。今の内に……ある意味経験出来といて良かった、かな?」


 周囲を見渡しながら、私は再度水と消毒液を取り出し血を丁寧に洗い流す。

 それと共に、近くにあった服屋で適当な服に着替え、今しがた挽肉に変えたゾンビの中から核を回収してから、元々の目的を果たす為に行動を開始する。

 どうせもう、私は健常者ではない。A.S.Sなんていう、他人には聞こえない声が聞こえている時点で普通ではないのだ。ならば、自身の信じる道を進んでいけばいいだけではないだろうか。


「A.S.S、ショッピングモール内の案内頼める?リンと一緒に回るから」

『……了解しました。では重要度の高い品目から回収出来るようルート構築します』

「ありがと」


 終末世界はすぐそこだ。

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