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第2章

Episode1 - 投稿してみよう


 終末は始まった……訳だが。


「いやぁー、世間と違って私達は気楽なもんだよ本当に」

「わふ?」

「ふふ、準備してるかしてないかの違いだよーリン」


 拠点内で、【空間収納】から取り出したベッドに寝転びながらゆっくりとネットサーフィンを行っていた。

 別にやることが無いわけではない。農園の開拓や、家畜達の為の小屋造り等やるべき事は多くある。しかしながら、私にはそれらよりも今、優先度が高いものがあったのだ。

……『外』がどうなってるのか、見たいよね。

 ゾンビが各地で大量に発生し始めた、とは言え。まだまだインフラは死んでいない。


「実際、見てみると……かなーり混乱はしてるけど。前にあった感染症の時の方がまだ怖がってたかな」


 とは言え、人間というのは存外精神が強いもので。SNS上はまだまだ元気にユーザー達が陰謀論などを唱えている姿が目に入る。

 人工的に作られたウイルスの仕業だ、とか。

 某国による侵略行為だ、なんてモノもあり。

 その上で、世界に終焉が訪れただの、過去の大予言が今になって訪れたなんていう荒唐無稽なモノまで存在している始末だ。


「割と面白いっちゃ面白いんだけど、エンタメとしては三流以下かなぁ。ゾンビ映画とかの登場人物達の視点ってこんな感じだったのかな……っと?」


 そんな中。某掲示板の、1つの投稿が目に入った。

 それは、


「何々?……『家族に食料を取ってくるように言われました。〇〇県はまだ外に出ても大丈夫でしょうか?』……ふぅーん?」


 その投稿には、身バレを気にしていないのか家族構成まで載せられており。

 中でも、その投稿主は家族内で小間使いのように扱われているらしい旨が詳細をぼかしながら書かれていた。


「父親、再婚相手、その連れ子と計4人家族で、自分はそれらの世話を行っている……」


 その時、私の胸の奥に何が湧いたかは分からない。しかしながら、気が付けばその投稿に対して何故か今後どうすれば良いのかを書き込んでしまっていた。


「……っ、何してんだろ私……」


 手元の端末を見てみれば、そこには『外出する時は全身を覆えるものを着る事』、『何かしらの武器を持っていく事』、『もしも襲い掛かってくる者が居たら、躊躇なく頭を狙う事』なんかを自分が書き込んだ形跡があった。


「あーあー、教えちゃったよ。情でも移ったかな……なんか冷めちゃったし、適当に農場の拡張進めようかなー」


 他人への情など有りはしない。そう考えていたのにも関わらず、自分がしてしまった行動はそれに矛盾するもの。

 口では冷めてしまった、とは言ったものの……しかしながら、何処か満足した気持ちで私はベッドから起き上がり、


「A.S.S、今の進捗状況は?」

『……現在、タスク【農場を整備せよ】が凡そ50%程完了しています。残りは、農場を囲う柵をより強固なモノに変える事、生育している植物の種類を増やす事等が完了条件です』

「了解。じゃあーパパっとやっちゃいますか!」


 【空間収納】の中に入っている農耕用の道具や、柵を作るのに必要な材料等を取り出しながら私は移動を開始する。

 少しでも肉体労働をする事で、今回の出来事を早く忘れてしまおうと思ったのだ。

……関係ない関係ない。最近まで伯父さんとかと行動する事があったから……その所為かな。

 自分には関係のない相手。顔も声も知らない、見ず知らずの相手。家族ですら既にどうでもいい対象になっているのにも関わらず、ちょっと境遇が似ているくらいで情が移るなんて……そんなのあり得ないのだから。



―――――



「ふぅー……作業終わり!A.S.S、残りは?」

『拠点から農場までの道をある程度整備すればタスク達成となります』

「おっけー!流石に暗くなってきてるし明日やろっか!お腹空いたぁー……」


 約数時間後。

 私は農場の整備を、明日にはタスク達成の状態まで持っていった所で一度今日の作業を終わりにする事にした。自衛手段はあるものの、流石に日の落ちた山の中で作業するのは色々なリスクがある為だ。

……ん、なんかの通知来てる?

 拠点まで戻り、リンと自分の夕飯を用意していると……何やら珍しくスマートフォンに通知が来ている事に気が付いた。

 解約し忘れたビジネスメールだろうか?と確認してみれば、


「……うげ、見なけりゃ良かった」


 そこには、私がアドバイスしてしまった掲示板の名前があった。

 本当ならば……他人に心底絶望し、関係を持たないようにしようとしているのであれば……そのまま無視して夕飯の準備に戻れば良かったのだろう。

 しかしながら、何故か私の指はその通知の内容を確かめるべく動いていて、


「ぁー……成功、しちゃったんだぁ……」


 そこには、私を称賛する声が沢山あった。

 投稿主を始めとした、私のアドバイスを実践した人間達が実際に増えていくゾンビの中から幾つかの食糧を手に入れてしまったのだ。

 何でこんな事を知っているのか、とか。色々と私を探ろうとする投稿もあったものの……概ね、そこの住人達は私の言葉を信じる流れを作り出してしまっていた。


「異能も無いのに……これから世界はどんどん酷くなっていくっていうのに、呑気なもんだね……」


 そう、何処か自分に言い聞かせるようにしながらベッドの上にスマートフォンを放り、夕食の用意に戻る。

 今夜は……出来る限り、豪華な夕食にしよう。備蓄ならば他人と違って大量にあるのだから。



 次の日。私は同じ様にネットサーフィンを行っていた。

 人里離れた山の中から世界の現状を知るのには、未だ崩壊してはいないインターネットの方がラジオよりも便利だから……と、自分に言い訳するように考えてはいるものの。

 私が向かう先は、昨日と同じ掲示板だった。

……何やってんだろ、私。意味ないのにね。

 そこには昨日と同じく、私のアドバイスを基に食糧を得る事が出来たという声が多数寄せられていると共に……あの投稿主の新たな投稿を見つける事が出来た。

 否、見つけてしまった、と言うべきだろうか。


「ッ、馬鹿!」


 投稿主は再度見ているかも分からない私へと向かって感謝の言葉を伝えると共に……再び、現状の報告をしていた。少し家庭環境に問題がある程度の、普通の投稿……だったのだが。

……父親が暴漢に指を噛まれた……って事は……。

 暴漢、というのは十中八九ゾンビの事だろう。そして噛まれてしまった、という事は。


「早く父親を殺さないと――ッ!」


 ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。パニック映画の様な、フィクションの様な話ではあるが事実であり……このままであればこの投稿主の父親はそう遠くない内にゾンビになってしまう事だろう。

 そうなれば終わりだ。この投稿主は生き残る事は出来ない。

 外野の私が出来る事など、今すぐに父親を殺害するよう『アドバイス』する事だけ。

……でも、言ってどうなるっていうの?

 この投稿主は、現状に満足している。

 歪ながらも、家族全員が『仲良く』暮らしている現状に満足しているのだ。そこに外野が無駄な石を投げた所で……何も変わらない。


「くぅーん……?」

「あー……リン。うん、ごめんね。――朝ごはん食べよっか」


 リンの鳴き声に、私はすぐさまスマートフォンの電源を落とし朝食の準備を始めた。

 人を信じない、人に情を向けない。そう決めていたはずなのに……私は昨日今日と何を考えていたのか。

……忘れよう。何もかも。……忘れよう。

 私は何も知らなかった。あの投稿主にアドバイスなんかしなかった。

 胸の内から湧いてくる、後悔にも似た感情を抑えつけながら私は必至に掲示板の存在を忘れる事にしたのだった。

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