俺は何てことをしてしまったのだろう。ずっと、そう考えていた。
「クソ……おいおい柊さんよォ……あんたが一緒に居た女の子も、大量の物資も無いじゃあねぇか?」
「お、俺にもどういう事だか分からないんですよ!そもそも俺は、この山小屋を渡した後はあの子がここで実際に暮らしてたかは確認してないし……ッ!」
数日程前、人間社会は崩壊した。
嘘のような、質の悪い映画の様な……人が理性を失い周りを襲いだすというウイルスが世界中で蔓延し始めたのだ。普段テレビで見るような偉い奴も、そこら辺を歩いてたガキも、全てが全て理性を失って襲い掛かってくる世界。そんな世界で、人が今まで通りの生活を送れるわけがない。
初めて、猟銃で人を撃った。駄目だと決められている?それを罰する役割の人間が、今まさに理性を無くして人を襲っているのに?
「あぁーもう良いッ!お前ら、この周辺全部山狩りすっぞ!この時期でも獲物は居るだろうし、その過程で人の痕跡を見つけりゃあ良い!」
「応!」
「おいおい、先に見つけたら1番目は貰っちまっていいのかい?」
「はは、当然だろうよ!負けねぇがな!」
そんな折、いつも共に狩猟をする人達から声が掛かったのだ。豪快で、ひと昔前の様な価値観の、自分よりも年齢が上の人達。彼らは姪と共に大量の工具等を運んでいる俺を市街で見た事を……覚えていたのだ。
抵抗は出来なかった。自分が人に向けて銃を扱えたのだ、彼らがそれを出来ない道理はない。
「ッ!おい今そっちの草陰で音が鳴ったぞ!」
「明らかに動物の音じゃあねぇな、行くぞ!」
「あぁ……!待って、待ってくれ……!」
彼らは姪に渡した山小屋を漁り終わったのか、今度は近くの草陰から鳴った音に反応し思い思いに駆けだした。
それを止めようと、止まってほしいと願う様に伸ばした手が空を掻き、
「ぎゃ、ぎゃああああ!?な、んだよコレはぁ!?」
草陰へと足を踏み入れた男の悲鳴によって、そちらへと意識が向いた。
「どうしたぁ?毒蛇でもいたか?何年猟師やってんだ――」
「んな訳あるかよ!こっち来て手伝えッ!全然ッ取れねぇんだよコレェ!」
男の必死な様子に、俺やまだ近くに居た面々は何があったのかと警戒しつつも近付いていく。
すると、そこにあったのは……何故今まで気が付かなかったのかと不思議になるくらい巨大なトラバサミだった。かかった者をおちょくるかのようなワニを模したそのトラバサミは、今もしっかりと男の足に食い込んでいる。
玩具の様な外見とは裏腹に、今も男の足から血が流れ出ている事を考えると罠としての能力は十二分に持ち合わせているらしい。
「なんだぁ、こりゃぁ……」
「罠ってか?今まで来た道に置いてなかった理由は……知らねぇが、面白れぇ。素人が仕掛けた罠にかかった馬鹿は放っとけ!本気で行くぞ!」
そう言ってからは、地獄の様な時間が続いていった。
猟師としての知識を総動員し、道なき道を進んでいく男達に対し……山の中に仕掛けられた罠は的確に、継続的に体力を削っていく。
兎を模したトリモチが降ってくる罠や、蜘蛛の巣を模したワイヤートラップ。
牛のような形に削られた丸太が迫ってくる罠なんかもあったはずだ。
「お、おい!こっちは罠がねぇぞ!」
「急げ!こんな山で物資回収なんて出来るかよ!」
最初は意気揚々と罠を気にせずに山の中を進んでいた男達も、流石に罠の多さに辟易したのか撤退し始める。俺はと言えば、何故か罠に引っ掛かる事も直撃する事も無かった為に……這う這うの体で山小屋の位置まで戻ってきていた。
そして、そこであるモノを見た。手作り感が否めない、木製の立て看板だ。
「『一日休んだら、山を下りて。もう私の事は忘れてください』……はは、俺はとんでもない姪を持ったもんだな……」
疲れた身体を無理矢理に。山小屋の中へと入ると……1日分の食糧と、ぐっすりと寝れそうな寝具が置かれていた。
どこから見ていたのか、どうやってあの罠達を設置したのかは分からないが……それでも、誰がやったのかくらいは分かっている。
俺は静かに、その寝具へと倒れ込むようにして意識を手放したのだった。
―――――
「ふぅ、終わり終わり。隆之介伯父さんは……うん、無事に山小屋に着いたっぽいね」
『良いのですか?全員罠に嵌める方法もあったはずですが』
「良いの良いの。こういうのは逃がして、適当に噂が流れた方が都合が良いんだよ。あそこの山は罠だらけだ~!って。こっちはポイントさえ使えば罠は無尽蔵、タスクでの報酬だってある。攻略は難しいだろうし、着いた所でワンコ達も居るからね」
ドローンを操作していた手を止め、一息を吐く。
鍛え直し続けている身体能力、大量のドローン、そして詳細なマップ。この3つを駆使する事で、何とか男達よりも先に行動し続け、罠を設置し続ける事数時間。
体力はある方ではあるが、流石に疲れた。
「ただ……今後はしっかり罠を仕掛けておかないとだね。ゾンビ達も引っ掛かるし、壊してくるからあんまりやりたくはなかったんだけど」
『重要かつ、見つかりにくいポイントを精査しておきます』
「よろしく。リン達には任せられない作業だからねぇ」
今回の一件で、人と関わるリスクを改めて知る事が出来たのは幸いだった。
隆之介伯父さんには悪いが、もう彼と面と向かって話す事は無いだろう。それ程までに、私の中の人間への警戒心を引き上げた出来事なのだから。
―――――
「ふぃー……大分形になったんじゃないかな、拠点」
終末世界の訪れ、伯父さん達の襲来等色々とイベントはあったものの。
ようやっと、私の拠点周りの施設の大体が形となった。
……牛達も……うん、問題なさそう。ポイント交換で貰ったから、牛って名前の謎生物かと思ってたけど大丈夫だったね!
拠点内は勿論の事、拠点近くに作り上げた畑では既に何種類かの作物の芽が出始めている。
そして、少し離れた所では牛や豚、鶏と言った家畜達を育てられる環境が整った。
「うん、これでこの周りは問題ないわけで……A.S.S」
『タスクの確認ですか?』
「そうだね、この前出てきた奴をもう一回見せてほしくてさ」
そう言うや否や、私の目の前にあるタスクが記されたウィンドウが表示された。
――――――――――
【領地を増やせ】
種類:運営
進行状況:0/100
報酬:領地内の施設稼働にボーナス効果
説明:自分の拠点は出来上がった
では、周りを広げていこう
――――――――――
言ってしまえば、タスク名だけではあまりやる気を見出す事が出来ないモノ。
しかしながら、その報酬が魅力的だったのだ。
「これ、私の読み取り方が合ってるならさ。多分……こういう家畜とか、畑とかの生育にもボーナス入るって事だよね?」
『そうなる事でしょう。また、領地にした土地によっては……』
「更に良い結果が得られる可能性がある、って事か!いいね、やろうやろう」
施設稼働へのボーナス。これはかなり嬉しい事だ。
例として家畜や畑を挙げたものの、発電量やもしかしたら罠の効力も上がるかもしれない。
地味に作り始めている犬達用のトレーニング場なんかにも影響が出るだろう。
「よーし、そうと決まったら早速……っていきたいんだけど……どうやって領地作るの?前みたいな領域設定?」
『いえ、少し違います。こちらのヘルプウィンドウをご確認ください』
A.S.Sの言葉と共に、私の顔の目の前に新たなウィンドウが出現した。
そこに書かれていたのは、
「領地の拡大方法ぅー……?うわ、これ面倒臭いじゃん。領地にしたい所の美化活動しないといけないの?」
どうすれば領地を拡大出来るか。
答えは簡単。領地にしたい地域のゴミなどを片づけ、A.S.Sから行えるマーキングとやらをすればいいらしい。その領地を維持するのに必要なコストというモノは存在せず、しかしながら私が最近使い倒しているドローンによって環境、領地化の維持が行われる仕組みとなっているらしい。
絶妙に面倒臭い。それでいて、
……領地を得る為には力が必要、って訳かなぁ。権力とか見えないモノよりかは分かりやすいけどさぁ。
私には戦闘系の異能は備わっていない。戦闘系みたいな使い方を出来る便利異能はあるものの、あれも使い方次第でしかない。
ある程度鍛え直したとはいえ、身体能力もかつての半分程度。まだ2級に安定して勝てるとも言い難いのだ。
「リスクはある、けどやるべきなのも分かってるから悩ましいねー……やるけど。おーい、リン!わんこ達連れてきてー!お出かけするよー!」