「単純な身体能力で勝てるのは1級か……良くて2級1体まで!だから、今!ゴー!」
『ワンッ!』
私に一番近い位置に居た2級の元へと辿り着くと同時、相手が私の動きに合わせて腕を振り上げた所で無理矢理に足払いを掛けつつ、犬達へと指示を送る。1級と2級を同時に相手する事は私には出来ない。
だからこそ、ここが犬達の実戦投入本番。誰も怪我せずに生き残ってくれる事を祈ろう。
倒れていく2級ゾンビの身体を流し目で見送りつつも、こちらへと素早い動きで迫ろうとしてきたもう1体の2級ゾンビへと向き直った。
「ァガぁ!」
「あ、ッぶないなァ!」
こちらに対し噛み付いてこようとしたソレを、何とか前転する事で回避して。
私は片手を銃の様に構え、
「ほら、掃除はしっかりしないとダメなんだよ!」
「――ッ」
【空間収納】から、竹箒を相手の身体一本縦に通るように取り出した。
イメージは頭側に穂が、下半身側に箒の柄が来るように。
瞬間、目の前の2級ゾンビの動きが一瞬止まり……顔から竹箒の穂の部分が幾つも飛び出しながら、身体を大きく痙攣させ仰向けに倒れていく。
「次ッ!」
一息。安堵しそうになる気持ちを抑え、先程足払いを掛け動きを止めた2級へと視線を向ける。
だが、
「居ない……!?後ろか!」
「あァ!」
先程まで倒れていた位置にその姿は無く。第六感と経験則から振り向けば……そこには、既に私へと向かって襲い掛かってきている2級ゾンビの姿があった。
レギオンとの戦闘で恐ろしいのはこの点だ。どうしても1対1をするしかない人間は、仲間が死ぬ事や身体が傷付く事を気にしないゾンビの動きを追いきれない。
……何か出来る事……あるけど間に合わない!
【空間収納】における入れ替え攻撃も、鍛え直した身体能力も目の前で襲い掛かられては何瞬分かタイミングが足りていない。
ここで怪我をしてしまえば、私の先は長くない。故に、何か出来る事が無いかを必死に、ゆっくりと流れていく時間の中考えて、
「わんッ」
「――?!」
「リンッ!」
突如、2級ゾンビの身体が横に弾かれる。見れば、リンがタックルを仕掛ける事で無理矢理に私の近くからゾンビの距離を離してくれたのだ。
リンも、犬達と同じように対ゾンビ用の戦闘訓練は受けていた。ある種、彼らの統率者として成長してきたのだ。戦う力が無い訳ではない。
「――、ありがとうッ!」
自らの愛犬に感謝を述べながら、私は虚空から1本の鉄バットを取り出して。
体勢を立て直し、再びこちらへと迫ってこようとしている2級ゾンビの頭へと向かって思いっきりフルスイングした。
肉を打つ音、弾けるような水音と、何かを砕くような感覚と共に衝撃が抜けたのか、命中した側とは反対側の側頭部から頭の中身が弾け飛んでいく。
「終わりィ!わんこ達!」
「ワンッ!」
「ワォーン!」
2級ゾンビの対処はこれで終わり。続いて、犬達だけで対処させている1級ゾンビ側だったが……どうやら心配する必要はなかったらしい。
私が目を向けると、そこには既にゾンビ達を制圧し周囲から他のゾンビが来ないかを見張っている8匹と、こちらへと駆けてくるそれぞれの部隊のリーダー2匹の姿があった。
5匹、という事もありいつも山で行っている2匹1組での戦い方がハマってくれたのだろう。
……普段から山でゾンビの掃除をさせておいて良かった……。
全員、油断なく……それでいて傷1つなく立っている。これだけで、自分が彼らにしてきたトレーニングが間違っていなかった事が分かり、少しだけ嬉しい。
「よぉーし、よくやったね。アインスとゼックスは指揮お疲れ様!他の子達も後でご褒美あげよう!」
これにて戦闘終了。
レギオンの中心に居た人々は、突然何が起こったのかをまだ理解出来ていないのか呆気に取られていたものの……その中でも、集団のリーダーだったらしい男性がこちらへと話しかけてくる。
「あ、ありがとう助かりました……どうやって礼をしたらいいか……でも、貴女は凄いですね!まだ若いように見えるのに、あいつらをあんな風に――」
「――あ、すいません、ちょっと黙っててもらっても?……A.S.S?」
『先に領地の設定をしなければ、住人としての条件を1つ満たす事が出来ないようです』
適当に、インカムでもしているかのような仕草をしながら、私はA.S.Sに話しかける。
人々の数は5人。リーダーの男性、助けを叫んだ子供に加え、女性が2人に初老の男性が1人だ。全員が全員、傷らしき傷は見当たらない為、ゾンビウイルスには疾患していないと考えて良いだろう。
ただ、初老の男性だけはかなりの疲労が見える。手に木刀を持っている事から、彼らの中では戦闘要員か何かだったのだろう。
……わんこ達に怯えてはいるけど、こっちに対しての敵意は無さそう。話は出来るかな。
この前山に来た、隆之介伯父さんと愉快な武装集団達とは違って、こちらの話や要求も通りそうだ。
何よりも、命の恩人という考え得る限りでも最高の立ち位置を得ることが出来ているのが大きい。
「よし、じゃあ設定お願い。あと条件をこっちに出しておいて」
『はい、こちらが住人になる条件です』
「ありがと」
「あ、あの……?」
「あぁー、すいません。こっちの話で。……よし、じゃあちょっと『お話』しましょうか」
急に話始めた私に困惑している人々を置き去りにしながら、私は目の前に出現したウィンドウへと目を向ける。
そこには、溜息を吐きそうになる条件が記されていた。
「は、はい……お話、ですか?」
「えぇ……あ、一応その子達に周りの警戒はさせてるので安心してください。あ、子供には刺激が強いかな……」
言って、カモフラージュ用に背負っていたリュックを開き、見えないように【空間収納】から適当な大きさの布を取り出してゾンビ達の残骸へと被せていく。
後で脳にある核を取り出すにしても、彼らの前でやるのは……中々に絵面が酷いだろう。
「話っていうのはアレです。一応、自分この辺りでさっきのを狩ったりしてるんですよ」
「は、はぁ……」
「で、人手が足りないなぁって……分かります?」
私の言葉に、男性は得心が言ったかのように頷いた。
交渉自体は得意では無いし、そもそもとして従わせる……なんてことはしたくない。それをやってしまったら、家族と同じ様な気がして。
……だぁー!もう!面倒臭いなぁこの条件!勝手に認定!はい終わりでいいじゃん!
人とあまり関わりたく無いのは確かだが、彼らを住人にするにはひと手間要るのも確かなのだ。
「でも、今見た通り我々にはアレをどうにか出来る力は……」
「大丈夫です。貴方達は戦う、と言うよりは……どっちかって言うと、拠点周りの運営に回ってほしいっていうか……あぁもう!説明が難しいな。とりあえず、安全な場所に移動しましょう。ここに居たらいつまた襲われてもおかしくないんで」
レギオンが1つとは限らない。
普通に徘徊しているであろうゾンビも居るだろうし、もっと大規模になっているレギオンも居る可能性だってあるのだ。
先程討伐した程度の規模ならば、私1人でも余裕をもって討伐出来るものの……それ以上となると中々に厳しいモノがある。負ける気はさらさらないが。
移動を開始しつつ、私は小声でA.S.Sへと話しかけた。
A.S.Sが気を利かせたのか、私の周囲に拠点周りの施設の稼働状況を記したウィンドウを出現させる。
そこには、今朝確認した時よりも1.5倍以上の効率を叩きだす稼働率が表示されていた。だが、私の眼を惹いたのはそこではない。
……担当住人、ね。これもうA.S.Sのシステムが住人を使うの前提で組まれてるじゃーん!
見慣れぬゲームのスロットのような枠と、そこに書かれた担当住人の文字。
どれだけ察しが悪い者でも、ここまで見せられれば分からない訳がない。
どうやら、私の所有する施設、設備はそれに従事する住人が居れば更に効率を上げられるようになったようだった。