彼らを連れてきたのは、私が伯父さんから譲り受けた山小屋だ。
使ってはいないし、かと言って【空間収納】に仕舞うには使い道がない。拠点は既に存在している為に、こうして彼らに貸し与えた方が良いと判断しただけの事。
もしもまた武装した猟師達が来た時の囮になってくれればいい、なんて気持ちはミリ程度しかない。
「ちょっと、自分の拠点の方に取りに行ってくるんで適当に寛いでてください。……あぁ、一応言っておくと、別に悪い様にはしませんよ。本当に1人だと手が回らない……畑仕事とか手伝ってもらおうと思ってるだけなので」
困惑顔の彼らに対してそう言って、私は拠点のある方とは別方向へと歩いていく。
流石にまだ信用していない相手に対して、拠点のある方向を教える訳にもいかないし【空間収納】を使っている場面を見せる必要はないからだ。
……住人になっても……見せるには早いかなー。
現状、もしも彼らが私に反抗しても力で捻じ伏せ従わせる事も出来るだろう。だが、それではタスクがある意味がないし、そうした支配の仕方はいずれ確実に反発を生む。
故に、出来る限り歩み寄って良い空気を吸わせてやった方が、結果的に良い方向へと転ぶものなのだ。
「よし、この辺で良いかな。台車はー……うん、入ってる」
【空間収納】内から台車と、大体彼ら全員が3日毎食食べても問題無い程度の量のインスタント食品の入った段ボールを取り出した。
普通に見れば、大量すぎる物資だ。終末世界という事を考えれば……この半分程度でも有難がられる事は間違いないだろう。だが、別に私自身は物資に困っている訳ではない。
……インスタントだけなら……本当、一生困らないくらいにはあるんだよねぇ。リン達に食べさせたとしても十分過ぎるし。
不良在庫、と言えば聞こえは悪いものの。私やリン達の普段の食事は肉や魚、野菜と言った生鮮食材を使ったもの。インスタント食品に関しては現状、気が向いたら食べる程度の立ち位置でしかない。
それに加え、量も量、消費期限もあるという事で【空間収納】内に入れているものの……容量を喰っているのも確かなのだ。
「ま、必要な場面が来てくれて助かったよー……」
それに加え、別に慈善事業的に食糧を渡すわけではない。これも彼らを住人として迎え入れる為には必要な事。
「お待たせしました」
「なっ……もしかしてそれは?!」
「えぇ、一応3日分の食糧ですね。インスタント食品と水です」
まずまずとして、住人となるには2つほど条件がある。
1つは、対象から了承を得る事。
そしてもう1つが、対象の好感度を一定値以上まで上げる事だ。
どこのゲームかと言いたい所だが、どちらの条件も厄介な点が存在している。
……好感度上げる方法が食糧をあげるしかないって……餌付けじゃないんだからさぁ!
この終末世界において、最重要であると言える立ち位置に存在している食糧。
それを分け与えねば、好感度を上げる事が出来ないのだから……この住人というシステムは中々に面倒臭い。
「こ……こんなに良いんですか?」
「こっちとしては問題ない量なんで。もし他に足りないモノがあったら言ってください。物資の量によっては融通するんで」
「分かりました……でも、なんで先程会ったばかりの私達にここまで……?」
「それこそ言った通りですよ。単純に人手が足りてないんです。……まぁ、少し考える時間も必要でしょうし……明日、また聞きに来ます」
そう言って、私はその場から立ち去るように歩き出す。
何やら背後から私を呼び止めるような声が聞こえたものの、聞こえなかった事にしてそのまま足を進めていった。
……尾行は……されてないね。よしよし。
彼らが来ていない事を確認した後に、山小屋を迂回するようにして拠点へと戻る。
流石にまだ住人となっていない相手、尚且つ出会ったばかりの人間だ。拠点の位置を知られる訳にはいかない。
「変にこっちに干渉されても困るしね」
「わふ!」
「お、待っててくれたの?リンも皆も今日はお手柄だったねぇー。疲れちゃったかな?」
拠点に着いた私は、本日の成果を改めて確認しつつ頑張ってくれたリンと犬達に対してのご褒美として、【空間収納】内に入れておいた高級ドッグフードを取り出した。
「はい、皆今日は沢山食べて良いよ!よく頑張った!偉かったよ!」
『ワンッ!』
元気よく食べている姿を見ながら、私は頬を緩ませる。
……うん、やっぱアニマルセラピーは大事だよ。癒されるー……。
久々に人と会話したからか、それとも人間に関わる事自体がストレスになっているのか。否、どちらもかもしれない。
予想よりも精神的に疲れていたのか、私はそのままベッドに横になり、
「A.S.S、朝になったら起こして。あと一応対人用の装備のリストアップも。報酬とか、適当に【空間収納】内に入れてる奴の中で、山の中でも取り回ししやすい奴をまとめておいて」
『了解しました』
「じゃ、おやすみ……」
明日、どういう状況になっても良いようにと準備をさせつつ眠りについた。
出来れば、疲れない状況になってくれればいいのだが。
次の日。
「貴女に協力させてください。助けてもらった命だ、恩を帰すという意味でもお願いしたいです」
「……一応聞きますが、全員で話し合いました?」
リン、そしてアインスと共に山小屋の前へと行くと、5人の内4人が整列しぎこちなくこちらへと頭を下げてくる。
そう、4人だ。
……あれ、ツッコミ入れた方がいいかな?
残りの1人……初老の男性だけは、何やら木刀を持ち素振りを行っている。
剣道か何かを齧っていたのだろう、その身体の動かし方の節々にそれを感じる事が出来た。
「はい……ただ、須藤さん……あの人は、自分の目でしっかりと実力を確かめないと庇護下に入るのは難しい、と」
「そういう事だ!昨日は助けてくれて感謝する。――だが、話を聞いただけでは納得出来ない、というのも分かるだろう?故に、手合わせを願おう!」
「あー……成程?」
須藤と呼ばれた男性は、確かに昨日は極度の疲労状態で意識があったのかも怪しい。
そこに、見た目だけで言えばただの女が現れレギオンを討伐した、と言っても……信じがたいというのは分からない話でもない。
……普通なら断るし、何なら何様だって怒っても良いんだけど……。
丁度良い。私の頭の中には、ある1つの考えが浮かんでいた。
「それに気になるのだ!我々が目指していた避難所では、奴らを寄せ付けない程に強力な者が居ると聞いていた。……君はその者以上に、もしくは同等程度に強いのかどうかが!」
「避難所、ですか」
「い、一応、そこの避難所はある程度の物資を融通する事で入る事が出来ると噂になっていたんです。その途中で奴らに襲われたわけですが……」
「あー……だから昨日、物資を渡した時にかなり驚いてたんですねぇ」
既に外では避難所……私が転生前に身を寄せていたような団体が出来ているらしい。
……異能持ちも出てきてるって事か。しかもゾンビを寄せ付けないくらいの強力な……攻撃系かな?防御系の可能性もあるか。どっちにしても情報は欲しいな。
誰がリーダーかは分からない。しかしながら、避難所の位置や噂話を聞ければ……もしも衝突した時に有利に働く可能性もあるからだ。
「――良いですよ、やりましょう組み手」
「……提案しておいて何だが、良いのか?無礼である事はこちらも分かっているが」
「良いです良いです。他の人も改めて実力は見たいでしょうしね」
無論、そんなのは上辺だけの理由でしかない。
他の人達には少しだけ離れてもらい、凡そ10メートル程度の間隔を空けて須藤の目の前に立った。