「勝敗の決め方は?」
「大怪我してもアレですし……一撃当てられたら、でどうですか?」
「あい分かった。草薙くんは開始の号令を頼む」
「はっ、はい!」
武器を何処からも取り出そうとしない私を見て、須藤は少しだけ眉を顰めたものの……構わず木刀をしっかりと構える。
だが、これが今の私の本気を出せる状態であり……逆に、変な武器を使うよりは良い動きが出来るはずだ。
……ま、目的は今の私が異能無しでどれくらい身体能力が戻ってるかの確認なんだけどね。
以前の、転生前の私の身体能力は今にして思えば、無能力者にしては相当に高いものだった。
それこそ、大人の男性と1対1で戦ったとしても負けないレベルで、だ。
だが、時間が経つ毎に薄れていく感覚と記憶に、自身が今どの辺りまで力を取り戻す事が出来たのかが分からなくなってきていた。故の、この組み手。
「では――開始!」
草薙の号令と共に、私は地面を強く蹴る。
……後の先狙い、剣道は詳しくないけど……まぁ無手相手だったらそうなるよね!
向こうは無理に攻めていく必要はない。私のリーチが短いが為に、勝手に間合いへと入って来てくれるのだから。
故に、
「――ッ」
「卑怯とは言わないでくださいね」
「言うまい!そちらこそ、綺麗な顔に傷が付いても文句は言うなよ!」
「言いませんよっと」
私は竹刀のリーチギリギリの所で大きく足元から地面を蹴り上げる。瞬間、巻き上げられた土が煙となり、私達の視界を塗り潰していった。
土煙……自然由来の、昔ながらの姿を隠す為の小細工。だが、私の戦い方はこういうものだ。
その場にある物を、その時の発想、アドリブで何でも使って泥臭く勝つ。戦いに綺麗だとか、正々堂々なんて物は……終末世界の訪れと共に消え去った概念なのだから。
「だが、嘗めてもらっては困るッ」
土煙はそこまで広範囲に広がる訳ではない。精々が彼我の間1メートルも広がったら良い方だろう。
それに、高さもあまり出ない。だからこそ、私は姿勢を低く……這う様に上半身を傾けて。土煙の中に身体を隠す様にしながら距離を詰めていく。
だが、向こうも向こうだ。
須藤はその様子を見てなのか、それともある程度勘で対応しているのか。
剣道の構えを解き、竹刀をその場で振り回す事で風を起こしていく。
……しっかり煙を消しに来たし……何より近付けさせない為かな……!
その勢いは凄まじい。空気を切る音が聞こえ、当たってしまったら痣では済まないと分かる程度には竹刀の速度は速い。
折角立たせた土煙も、彼の竹刀で起こされた風によって散ってしまう始末。
それを見て私は、
「ッ」
更に前へと一歩踏み出した。
目の前を我武者羅に、しかしながら明確な意志を持って振るわれる竹刀が通り過ぎていく。――だが、それだけだ。
何を恐れる事があろうか。私ももっと酷い世界を生きてきたのだ。ただの竹刀に怯え、前へ出る事が出来ないなんて……あり得ない。
「ぬぅ……!」
竹刀の間を潜り抜け、私が須藤の懐へと入り込めば。
反射神経は良いのだろう。どうにか対応しようと、無理矢理に振るっていた竹刀をコンパクトに扱う為に刀身の部分を持ち、ただの棒のように私に向かって突いてくる。
……良い判断。
顔を狙わずに、私の胸を狙う一撃。故に、軽く身体を逸らす事で避け……すぐにしゃがみ込み足払いを掛け――ようとして、相手が軽くその場で跳んだのを見た。
一度ゾンビとの戦闘でやっていたのを見ていたが為に、予想出来たのだろう。
その行動に頬が緩むのを感じ、しかしながら。
「終わりです」
「~~~ッ!」
私はそのまま、空中の足を掴み地面へと叩きつけた。
無論、成人男性の重さはしっかりと腕に感じている。だが、力の使い方次第でそれ自体はどうにでもなるのだ。
骨を軸に。腱を、筋肉を意識して。体重を少し掛けて勢いを付け……投げる。
「そっ、そこまで!大丈夫ですか、須藤さん!」
「あ、あぁ。問題ない。この辺りの土は柔らかくて助かったな」
「すっごいねおねえちゃん!キレイなのにつよーい!」
「ふふ、ありがとうね」
須藤は背中から叩きつけられた……とはいえ、流石に訓練もまだ始めていない、実力を見る為だけの組み手で怪我をされても困る為、勢いはそこまで付けていない。
精々が少し背中が痛む程度のモノだろう。
こちらに駆け寄ってきた女の子の頭を撫でつつも、
「お嬢さん、手合わせありがとう」
「こちらこそ。――どうです?」
「あぁ……正直、女性だからと言って嘗めていた。見くびってすまない。そして……私も共に協力させてもらっても良いだろうか」
「もちろん」
受け身は取っていたらしい。すぐに起き上がった彼に対して手を差し出し立ち上がらせると、頭をしっかりと下げ謝罪をしてきた。
こちらもこちらで別の目的があった為に謝られる必要はないのだが……こういう時は素直に受け取っておくべきだろう。
と、ここで。
『条件の達成を確認、【領地を運営する為の住人を集めよ】が達成されました。それぞれの情報が解禁されます。タスク報酬は私、A.S.Sのシステムアップデートとなります』
「ん……?なんだこの感覚は……?」
「あれっ?早くない?」
『どうやら、隠された好感度上昇条件をクリアしたようです。今後は見つかり次第追記していきます』
A.S.Sの声と共に、タスクが達成した事を理解した。
それと共に、私の周囲には5枚の見慣れないウィンドウが出現する。そこに記されているのは……須藤達5人のプロフィールだ。彼らがいつ生まれ、何歳で、尚且つ何が出来るのか。能力値というゲームチックな状態で確認できるようになっているのが分かる。
そして、もう一つ。私と目の前の須藤、そしてそれ以外の4人と何か見えない糸のようなモノで繋がったかのような感覚を新たに感じる事が出来るようになっていた。
「あー……成程?――皆さん、ちょっとお話しましょうか」
「何だろうか?」
代表して聞いてきた須藤に対し、私はにっこりと笑みを浮かべる。
「一応、私の協力者になる上で……この小屋は使ってもらって構いませんし、その上で必要な物資は理由を教えてくれれば渡しましょう。――ですが!」
「ですが?」
「働かざる者食うべからず。最初にも言いましたが、今の私には肉球は足りていても人手は足りていないんです。あと情報も。だからこそ」
「これから食いたいなら働けと、そういう事だな?だが幼い子はどうする?我々大人は力仕事でも出来るかもしれないが、出来る事と出来ない事があるだろう?」
言われ、先程から撫でていた小さい女の子の方へと視線が集まるのを感じる。
確かに幼く、そして女の子に力仕事を任せるのは難しいだろう。だが、私の拠点周りには別に力仕事だけが必要な訳ではない。
「大丈夫。そこら辺はしっかり考えてますよ。それに……」
私は一瞬、自身の周囲に展開されている彼らのプロフィールへ視線を向ける。
そこには、予想だにしていなかった掘り出し物の存在も書かれていた。
「適材適所、ってのがあるでしょう?ね、草薙さん」
「ッ、そ、そうですね……」
「?ふむ、まぁ無理な仕事は割り振られんという事なら文句はあるまいよ。これからよろしく頼む」
こうして、新規の住人が5人増え……仕事を割り振る話をしている最中、外の避難所の話も聞く事が出来た。
近場にあるのは1つ……私が物資を回収し尽くしたショッピングモールを拠点に、数人の実力者が中心となって人々を匿っているらしい。
噂では彼らが助けてくれる時には気温が上がったり、突如ゾンビが凍り付いたりと不可思議な事が起こる為、少しばかり宗教の様にもなっているそうだった。