とりあえず、という事で。
まず私は自身の拠点がある山を領地とする為に、周囲の住宅地等の領地化を進めていく事にした。
拠点として扱っている施設がある場所が未だに領地でない、というのは中々に格好がつかない事もあるし……何より、ドローンなどによって清掃活動やゾンビ等の外敵侵入通知が行われるというのが中々に便利である為だ。
「とは言え……今回のここで終わりかな?リンー?」
「わふ!」
「うん、他の皆と一緒にゴミ掃除出来たっぽいね。おっきい粗大ゴミとか無かった?」
「わん!」
「よしよし、無かったなら大丈夫」
現在、私が居るのは山の周囲の廃棄された村。
廃棄された、と言っても生活感がある……比較的最近、ゾンビウイルスの蔓延によって人が居なくなってしまっただけのちょっとした村だ。
小さいながらも農地があり、交通の便が悪い事を除けば自然豊かな良い村だと言えるだろう。
……うん、広さも中々あるし……住人達はこっちに移動させてもいいかもしれないね。
家畜小屋などもこちらに移しても良いかもしれない。
そんな事を考えていると、突如頭の中に電子的な警告音のようなモノがなり始めた。何事かと驚いていると、
『柊様、領地の哨戒に当たらせていたドローンからのアラート通知です』
「……何?ゾンビ?」
『いえ、人間の様です。映像出します』
A.S.Sが私の目の前にウィンドウを出現させ、ドローンに付けられたカメラからの映像を表示させる。
……うわ、武装してるじゃん。それも物資も結構持ってる……どっかの避難所の物資確保隊かな?……んん?
そこには、女性3、男性3の計6人で構成された武装集団が周囲を警戒しつつ住宅街を進んでいく姿が映し出されていた。
だがその内の1人の女性は酷い怪我をしており、すぐにでも処置しない限りはそう息は長くない事も分かる。
「んー……あ、思い出した。あの人、めちゃくちゃ強かった人じゃん。確か……前世の強さランキング!みたいなのの上位に居た人だよアレ。いつの間にか話聞かなくなったけど……そっか、こんな感じでゾンビに殺されちゃってた訳だ」
過去ならば彼らを助ければある程度の物資や、避難所での便宜を図ってもらう事も考えられただろうが……現状、物資も便宜を図ってもらう必要もない。
ドローンも見つかってはいない為、彼らが去った後に改めて掃除を行えばいいか……と考え始めた所で私は見てしまった。
「……ッ、えぇー……君、そこに居たの?マジかぁー……」
丁度、ドローンが見つからないよう移動し始めた所で画面に映った、怪我人を支えている女性の顔。
先程の様に名前を思い出せず、顔しか知らない有名人とは違い……こちらは私と嫌と言う程に関係がある人物だった。
明るい色をした長い髪を、頭の後ろでまとめた……所謂シニョンと言われる髪型をした女性。
知り合いの髪型に似ているな、とは思っていたが……まさか本当に知り合いとは思わなかった。
……ちょっと話が変わってきちゃったな。どうしようかなぁー……。
彼女……五十嵐雨音は私の仕事の後輩であり、私が教育係を担当した為か、それなりに懐いてくれていた印象がある……のだが。私が持ち合わせている彼女の情報はそれだけではない。
五十嵐は過去の終末世界でも、家族に虐げられていた私のサポートを行ってくれていた人物であり、何故か異様に私への好感度が高く様々な頼み事を喜んで行ってくれていた。恐らくは一度、彼女が暴漢に襲われそうになっていた所を救い出したからだとは思うのだが。
その流れで過去ではよくバディを組んで行動をしていた。その為、今の私の中でも信用しても良いくらいの位置には居るのが彼女だ。
「んー……小間使いとして……アリ、か……?手は足りてないと言えばまだ足りてないし……うん。ちょっと色々交渉してみよう」
彼女のスペックは高い。
鍛えていた過去の私と同等レベルの動きを行うことが出来ていた事から、それは明らかだろう。
その上で、私の記憶が正しければ……水を生み出す事ができる異能も持っていた筈だ。住人にする必要はあるものの、それをコピーする事が出来れば私1人で出来ることの幅が大きく広がる。
それに、私の身の周りの世話を任せられる存在も欲しかったのだ。過去の記憶からも、五十嵐がそれなりに家事スキルが高い事も分かっているし、仕事上の経験から事務仕事も出来るときた。
故に、
「A.S.S。ドローンにマイク機能あったよね?」
『搭載されています。起動しますか?』
「うん、お願い。私達も戻りながら交渉だね」
私は【空間収納】からマイク付きのヘッドセットを取り出し、今もなお監視を行なっているドローンと接続して、取り敢えず話し掛けてみた。
「あーあー、聞こえるかな?そこの人達」
『『『?!』』』
五十嵐以外は自身の持つ武装を手に、周囲への警戒を強めたものの、
『その声……もしかして柊先輩ですか?!』
「あー、他人の空似とかじゃなく本当に五十嵐?一応知り合いかなって思って確認も兼ねてたんだけど……」
『そうです、五十嵐です!……皆さん、取り敢えず問題はありません。柊先輩は敵ではないです』
五十嵐の声によって、彼らは警戒を解いてはいないものの構えを解いていた。
あの武装集団の中ではそれなりに信用されているのかもしれない。
だが、それ自体はどうでも良い。私にとって重要な事ではないのだから。
『柊先輩!この方……三峰さんが怪我をしてしまって……この辺りに治療が出来る人か、物資はありませんか?』
「うん、手配出来るよ」
『っ、じゃあ――』
「但し、条件付きでね」
『……条件、ですか』
そもそもとして、私がもしもA.S.Sを始めとしたチート系能力を持っていなかったとしても、この終末世界で無償で何かをしてやるというのはあり得ない。
物資はタダではないし、治療系の異能にしたってほぼ伝説や空想上の存在。怪我の絶えない世界において、薬品というモノはかつての金品以上に価値のある代物だ。
「あ、でもそんな難しい事は言わないよ。ただ……五十嵐、貴女はこれからは私と一緒に来る事。今の所属を捨てて、その三峰さんを救う為に私のモノになってくれるかな?」
『なっ……』
『五十嵐さんが欲しいとか……そんなの許せる訳ねぇだろ!?』
『彼女は我々の隊の中でも重要な役職に就いているんだ!そう易々と引き抜きなんて出来るはずないだろう!』
「あーもー、五月蝿いな。私は五十嵐に聞いてるし、五十嵐以外はどうでも良いんだよ。別に三峰さんを助けなくたって良い訳だ。関係無いしね。でも助けてあげるって言ってるんだから、少しは信用してくれても良いんじゃない?」
嘘だ。
出来るならば彼ら全員を住人化して、もしかしたら持っているかもしれない異能をコピーしてやりたい。だが、興味がないのは本当だ。
……悪役だなぁ、私。それもステレオタイプの。
とは言え、このまま領地内で死なれても困る為、しっかり治療はせねばならない。
【空間収納】内には何かあった時用にと、それなりの量の薬品を入れてはいるが、
「A.S.S、あの状態の怪我人を快復させるのに必要な薬品を教えてもらうことって出来る?」
一度マイクをオフにして聞いてみると、私の目の前に新たなウィンドウが出現した。
『【空間収納】内の薬品を使うよりも、こちらのポイントで交換できる回復薬を使った方が宜しいかと。自己治癒能力を向上させると同時、発汗作用によって体内の毒素を排出させる効能があるものです』
「うわ、またチート系のアイテムじゃん。……しかも100ポイント」
A.S.S内のポイント交換機能が開かれており、そこに表示されていたのは緑色をした飲み薬だ。
まるでゲームに登場しそうなその見た目に、少しだけ興奮しつつも。私は再度マイクをオンにして彼らに話しかける。
「で、どうするの?五十嵐が私と一緒に来てくれるって言うならほぼ無償で治してあげるって言ってるんだよ?」
『……分かりました。柊先輩、三峰さんを助けてください』
「良いの?その人達に未練とかあるかなって思ったんだけど?」
『確かに御世話になりました。そんな方の命を、私が1人抜けるだけで救えるなら安いものじゃあないですか?それに……先輩がいる所に行くというのは、別段私にとってはデメリットには成り得ませんからね』
何処から監視されているのかも分からないというのに力強い視線を宙に向かって投げるその姿は、私の良く知る五十嵐の姿と重なり……その上で。
私は深く溜息を吐いた後に、彼らの前へとドローンを移動させた。
「オーケイ。じゃあそのドローンに着いてきて。私も治療用の道具とか準備して待ってるから」
『……ッ、分かりました!』
ドローンの操作をA.S.Sに任せ、マイクをオフにした後に再度大きく息を吐く。
やはり交渉というのは慣れない。しかも今回は前回の草薙達とは違い、私の事を知っている相手だ。下手な事を言えば人読みされてしまう可能性もあった為に、変に気を遣ってしまった。
「よし、じゃあそれっぽい準備をして……村の方に移動させようか」
拠点には連れていかない。
今回、私が領地にしようとしていた村と五十嵐達が居た住宅地はそう離れてもいない距離にある。その為、そちらへと一度移動させた後に治療を施した方が色々と都合が良かったのだ。
……これから忙しくなるぞ。
変にチート的要素を人に見せる訳にはいかない。故に、隠せるものは最大限隠し……その上で五十嵐を手に入れるというルートを選択せねばならないのだから。