「よし、じゃあ今日から宜しくお願いします」
「「「「お願いします」」」」
翌日。私は五十嵐を連れ、村へと訪れて彼らにやってもらいたい事を説明していた。
まずは急務として、私の持つ【植物栽培】が十全に効果を発揮出来る程度には巨大な農地を作成する必要がある。
元々私が作った農場はあくまで家庭菜園を少しばかり巨大にした程度のモノ。その程度の規模では【植物栽培】レベル7の効力は強すぎるらしく。まだ春だと言うのに夏野菜がボロボロ収穫出来てしまっている状況だ。
……流石に収穫速度が早すぎて、他の住人の人達もおかしな目で見てたしなぁ。
ある程度の広さで、ある程度の速度をもって成長する。それぐらいが丁度良い。
まだ広さに対して成長速度が変わってくるかは分かっていないものの、それを確かめる為にも巨大な農地は必要なのだ。
「男性陣は元々あって手入れされてない農地の整備から。残った女性の貴女は……とりあえず、また別の仕事を割り振ります。異論は?」
「ありません。質問良いですか?」
「どうぞ?」
「農地の整備自体は良いですが、この辺りに奴らは……暴徒化した人は居ないのですか?」
一瞬何の事を言われているのか分からなかったものの。
それがゾンビの事だと理解して、外の認識はまだその程度のモノなのかと納得した。
……確かに、情報を得る手段も終末前より少なくなったし……まだまだ終末世界始まったばかりだもんね。
暴徒なんて生易しいものではなく、彼らが不可逆のゾンビになってしまった事をまだ知らない……もしくは、薄々気が付いていたとしても認めたくはないのだろう。
まるでただのパニック映画、それも出来の悪いB級や……下手をすればZ級とも言われかねない状況なのだから。
「出てきますよ。ほら、噂をすれば」
「!?ッ、総員戦闘たいせ――」
「ほいッと!」
「――は?」
まだまだ村の周囲の領地化が進んでいないからか、自然を掻き分けるようにして村へと入ってきた1級ゾンビに対して、私は一気に駆け寄って。
ふらふらと揺れるその頭を勢いのままに横から蹴り抜いた。足に何か硬い物を砕く感触と、風船が割れるような音が鳴り響くと共に、首が耐えきれなかったのか千切れ飛んでいく。
……うん、大分戻ったかな。まぁ
その様子に、銃などの武装を取り出し戦おうとしていた4人は唖然としている。
私だって、普通の人間が頭部を蹴り飛ばしたら唖然とするだろう。当然と言えば当然だ。
「ま、こんな感じで。別に気にする必要もないんで大丈夫です。ただ全部を全部私が見れる訳じゃないんで、武装はそのまま持っててくださいね」
「は、はぁ……?」
「じゃ、早速仕事に移ってください!ほら、行った行った!」
私が手を叩きながら急かすと、彼らは慌てたように農地の方へと走り出す。
長らく使われていなかったのか、雑草や小石等が大量に在る農地だ。三峰とやらが動けるようになるまでに使い物になると良いのだが。
「さて、残った貴女には……ここの村の清掃作業でもやってもらおうかな」
「清掃活動、ですか?」
「うん、畑の方は必要だし力仕事だから男性達にやってもらってるけど……それ以外に君達に任せられる仕事なんてそれくらいしかないんだよ」
言外に、私も貴女達を信用していないと伝えると。
彼女も彼女でそれが理解出来ているのか、
「成程……分かりました。清掃用の道具は何処に?」
「あっちの民家跡の前に運ばれてくるから、そこで待っててくれる?」
「……はい、では行ってきます」
そう言いながら、彼女は不承不承と言った様子でありながらも示した民家跡へと向かって歩いていく。
……ま、信用されたいとは思ってないから良いけどね。
彼ら彼女らに信用されたとて、私にとってはメリットが1つもない。否、何かしらのメリットがあるのかもしれないが、今こうしてパっと思いつかない程度には小さく、希薄なメリットの為に奔走する必要もないだろう。
「さて、と。五十嵐」
「はい!何ですか柊先輩!」
「
「……言ってあります。戦闘にも使える有用な超能力ですから」
私の手から生じた小さな水球を見つつ、五十嵐は頷いた。
五十嵐に対しては、詳しい事を話してはいないものの……私も似たような能力が使えるとだけ出来るとだけ伝えてある。故に、彼女の持つ水を操る異能……【液体操作】に関しても話をしていたのだ。
元々人となりを知っていて、尚且つ五十嵐の性格、私に対する感情等を加味した上で少しばかり打ち明けた訳だが……結果として問題はなさそうで良かった。
……元々私への好感度が高いからか、昨日夕飯を作っただけで住人化してくれたのは助かったよ。本当に。良い異能も持ってるしねぇ。
単純に空気中の水分を集めても良し、先程の様に衝撃の瞬間に一瞬だけ空気中の水分を集め纏わせる事で威力を跳ね上げても良し。
そもそもが空気中の水分を集める事が出来る、というだけでも生きていく為に必須となる水を得る事が出来るのだ。かなり価値のある異能であると言えるだろう。
「なら良し。変に隠し事してても仕方ないからね」
「良いんですか?……私が言うのも何ですが、私の能力を狙って避難所から人が派遣される可能性もありますが……」
「ま、その辺りの人には負けないくらいの物資はあるよ。昨日見たっしょ?」
「それは……まぁ、見ましたけど」
一応、昨日は五十嵐を拠点に連れて帰った訳だが……そこで色々と見られはした。
水力発電に、巨大な冷蔵庫。大量の犬達に加え、自堕落な私の生活スペース。
現状の世界でそんな生活空間を持っている人間だ。変に切羽詰まっている人間よりは余裕も、打てる手も多いはずだ。
「五十嵐にはやってほしい事っていうか……私が出来たら良かったんだけど、苦手な事があってね」
「仕事ですか?お任せください!」
「うぉう、前のめり。……ほら、私って元々人を使うのあんまり上手くなかったでしょ?」
思い出すのは、私がまだ会社勤めだった頃の記憶。
五十嵐がサポートしてくれてはいたものの、どうにも人に指示をして仕事をしてもらうというのが苦手だったのだ。
恐らくは家庭環境から……長らく、自分が使われる側だった為に、人を使うという立場が合わなかったのだろうとは思う。
「そうですね……確かに私が間に入って色々やってた気がします」
「うん、直球ありがとう。って事で、今後も似たような事をやってほしいんだよ」
「お任せあれ!」
「早い早い。話が早すぎる。もうちょっと話聞こうよ五十嵐」
話を聞いていない、という訳ではないのだろう。とは言え、やってもらう事は私の補助……以前と似た事をやってもらうだけなのだから、話が早いのも納得出来る。
そもそも会社でも私と五十嵐はセットで1人として扱われていたような節もあったのだから。
「じゃ、今後のここでの作業の展望を共有していくから、頭に叩き込んで」
「はい!」
「じゃあ、あそこが――」
そうして、私は五十嵐を通して他メンバーへと仕事を割り振っていく事にした。
まるで、というかそのまま小間使いのようにされている五十嵐を見て、メンバー達は私に対してそれなりに負の感情が込められた視線を向けてきてはいたものの……五十嵐自身の充実していそうな表情を見てか、次第に彼らは無理に引き戻そうとする意志を失ったらしい。
時折、私に対して「あの人を宜しくお願いします」等と言ってくる事から明らかだろう。
そんな事をして、約3日。清掃活動や畑の整備などの様子を見つつ、侵入してきたゾンビを倒しているうちにそれだけの時間が経ち……眠り姫が、やっと目を覚ましたのだった。