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Episode13 - 奪い合ってみよう


「ッ、ここは……」

「三峰さん!柊先輩、三峰さんが!」

「あー見れば分かるよ、大丈夫。……三峰さん?今、自分がどういう状況か分かる?」


 ほぼ日課となっていた包帯の取替をしていると。

 頭を押さえながらも、三峰が目を開いた。


「えぇっと……成程、助けていただいたのですね。ご迷惑をお掛けしました。……して、私はどれくらい眠っていましたか?」

「約4日間ですね。負傷しているのを見つけて、処置してからの期間なので正確な所は分かりませんが」


 そう言うと、彼女はゆっくりと息を吐きながら目を瞑る。

 整った顔立ちに少しばかりの苦悩が浮かぶのを見ながら、


「身体の調子はどうですか?一応、出来る限りの手当と増血剤などを飲ませてはいたんですけど」

「問題ない、と言いたいですが……まだ動ける様になるまでは少し掛かりそうです。他のメンバーは?」

「こっちの判断ですが、場所を貸している代わりに私がやってもらいたかった仕事をやってもらってます。呼びますか?」

「お願いします」


 テントの外へと出て、農作業や建築作業をしている4人を呼びに行く。

 三峰が起きた事を聞くと、皆一様に喜んで駆け足でテントの中へと入っていった。

 積もる話もあるだろう。テントの外で適当に空を見ながら待っていると、中から五十嵐が顔を出した。


「柊先輩、三峰さんが話したいそうです」

「そう?怪我人だしあんまり急な話じゃなかったら寝かせてあげようかと思ってたんだけど」

「いえ……私の事で」

「あぁ、成程ね。確かにそれは急な案件だ」


 目が覚めたら、メンバーの1人が引き抜かれていたのだ。確かにどういう状況なのかは聞きたいだろう。

 とは言え、相手は目を覚ましたとは言えど怪我人。そこまで長く話をするつもりはない。

 五十嵐に連れられ、テントの中へと入ると。

 申し訳なさそうな顔をした4人の姿と、先程よりも苦痛に歪んだ表情を浮かべた三峰の姿があった。


「すいません、柊さん。話は大体聞きました」

「いえ、問題ないですよ。……で、五十嵐の件ですか」

「そうです。柊さんがどれ程理解しているかは分かりませんが、五十嵐はうちの避難所にとって欠かせない存在です。治療をしてもらった身で言うのは礼に欠けている、とは思いますが……考え直して頂くことは出来ませんか?」

「んー……ちょっと難しいですね」


 既に五十嵐は私の拠点内部を見ているし、何なら少しではあるがA.S.S由来の力についても知ってしまっている。

 元より今の私にとって、使い勝手の良い駒であるのも間違いない。一度手に入れたものを手放す、なんて事は出来ない。


「そう、ですか。彼女が抜けた事によって避難所が被る損害を加味してもですか?」

「えぇ。そもそも五十嵐1人抜けた程度で瓦解するような避難所は避難所ではありませんし、五十嵐は自分の意志で私に着いてくる事を選びました。なので……言っちゃえば、私に言うより五十嵐を説得した方が良いと思いますよ?」


 と、渦中の五十嵐へと視線を向けると。

 彼女は彼女で既に意志は固まっているのか、首を横に振る。どうあっても三峰達の元へと戻るつもりはないらしい。

……ありがたいけどね。可哀想と言えば可哀想だなぁ。

 負傷し、目が覚めたら部下の1人が何処の誰とも知らない相手についていくと言って聞かないのだ。頭を抱えたくもなるだろう。

 現に、三峰は五十嵐のその様子を見て苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。


「五十嵐……分かってます?」

「分かってますし、三峰さんこそ私が避難所に入った時の事……覚えてますよね?」

「……確かに、探し人が居るとは聞きましたが……彼女が?」

「そうです」

「……はぁー……」


 どうやら五十嵐はずっと私の事を探していた様だ。

……まぁ、普通に知ってる人が居ない山の中で過ごしてたし……探されもするか。

 特に懐いていた五十嵐ならば、躍起になって探すだろう。それをしそうなくらいには何故か彼女は私の事を慕っていたし、それを分かった上で私は連絡もせずに会社を辞めたのだから。


「分かり、ました。柊さん……で合ってますか?」

「はいはい、何でしょう」

「私がある程度動ける様になるまで、お世話になります。その間、他のメンバーは今まで通り労働力として使ってもらって構いません。……後は、五十嵐をよろしくお願いします」

「隊長!?良いんですか!?」

「良い訳ないでしょう!……ですが、五十嵐とは元々そういう話で避難所に協力してもらっていたのも事実。約束を違えては、三峰の名が廃ります」


 ベッドの上からこちらへと向かって頭を下げた彼女に対し、こちらは苦笑いを浮かべながら応じた。

 苦渋の決断、と言った風だが……少し見方を変えれば、ただ我儘を言っているこちら側2人の意見を大人な対応で飲み込んでくれただけの事だ。

……うん、良い人……なんだろうな。多分。

 出会い方や、私がここに至るまでの道筋が変わっていたら……恐らくは協力できた筈だ。だが、そうはならなかっただけの事。

 それから、今後について……三峰の身体がある程度、ゾンビに対して問題なく対応出来るくらい快復するまでの間はこの村に滞在する事を決め、それまでは改めて他の4人を労働力として使わせてもらう事を確約させた。


「対価はどうしますか?」

「労働の対価、ですか?ここに滞在を許してもらっている事がその代わりでは?」

「まぁ当初はそうだったんですけど……もう食糧とかの物資切れてますよね?」


 1人のメンバーに視線を投げかけると、気まずそうに首を縦に振る。

 その様子を見た三峰は軽く溜息を吐き、


「……お願いします。最低限で構いませんので」

「了解です。後で保管場所から持ってきますね」


 他の住人と同じ様に、インスタント食品と水で良いだろう。

 幸いにして、五十嵐が来てくれた事によって水は実質無限に手に入る資源となった。こちらの財布は傷まないし、向こうが勝手に良心を痛んでくれればそれで良い。

 足りなくなってきたら五十嵐が頑張って出した水、という事にでもしておけばいいだろう。当の本人の異能のレベル的に、そこまでの量は出せないが。

……恩は売れるだけ売っとけば後がお得だからね。

 実力者に対して恩を売れる機会はそうそう訪れない。

 特に、三峰は言動からして何処かの避難所で実権を握っている類の人間だ。今回の恩を返して貰う機会が巡ってきたら……便宜を図って貰う事にしよう。


「じゃ、安静に。後で食事を持ってきますね。他の人達はやってた仕事に戻ってもらって」

「はい。ありがとうございます。……皆、迷惑を掛けますが出来る限り調子を戻しますので、それまではよろしくお願いします」

「「「「はい!」」」」


 こうして、私は三峰の許可を得た上で4人分の労働力を期間限定で手に入れる事に成功した。

 次いで、他の手の余っている住人達も呼び、村の開拓を行っていく事……約2日。

 私が作ったものよりも巨大な家畜小屋がある程度完成した所で、三峰が走れる程度には快復し避難所へと戻る事を伝えてきた。


「御世話になりました。避難所用にと物資まで分けていただいてしまって……」

「良いんです良いんです。インスタント食品は結構貯蓄してますし、水なんかも必要でしょう?」

「そう、ですね。これからは確かに水の確保の仕方を考えねばなりませんから」

「はは、彼女の能力で賄えた水の量はそこまでではないでしょうに」

「綺麗な水、というのは今の世の中では量に勝る希少さなのが分からないのでしょうかねぇ」


 村の出口に彼女は立ち、他のメンバーも一歩後ろで横に整列して敬礼していた。

 と言っても、軽口を叩き合う私と三峰の様子を見て冷や汗をかいてはいるが。

……うん、やっぱり手際とか考えると……自衛隊とかの出身かな?それか、それに類する知識持ちかなぁ。

 私の横に立つ五十嵐に何度か視線を投げながらも、彼女はこちらへ手を差し出して握手を求めてくる。

 流石にここで手を取らないのは失礼だろう。


「何かあればここに来てくれれば対応出来るかと思うので」

「えぇ。もしかしたらまた近いうちにお会いする事もあり得るかもしれませんね」

「あはは」

「ふふふ」


 表面上は和やかに、しかしながら握られた手には私も三峰もかなりの力が入っていた。

 向こうは五十嵐を持っていかれた分を。こちらはそれを見越した上での返しとして。

……ま、無理矢理奪おうとしてきた所で……見せてない手札が大量なんだけどね。問題はこの人の異能だけど……それも、情報さえ持ってれば対処は出来るし。

 略奪、という形を取るかは置いておいて。次はある程度の武力行使をしてくる可能性もある。

 先の貸しを加味した上での交渉を持ちかけてくる事も考えられるだろう。だからこそ、もしも彼女達に次会う事があったとしたら……私は一切姿を現さず、出会った時と同じ様にドローンだけで対応するつもりだ。


「では、また」

「はい、また」


 お互いに一礼した後、三峰達は去っていった。

 横に立つ五十嵐に一度視線を向けてみれば、


「?どうしましたか?」

「いや、感傷とかないの?曲がりなりにも結構一緒に過ごしてきたんでしょ?」

「んー……まぁ柊先輩に出会うまでの仲でしたし!あんまり!」

「そっか……」


 可哀想に、とは思うものの。五十嵐は元よりこういう性格をした人物だ。

 それを理解出来ていなかったのは向こうで、理解した上で利用したのが私、というだけの事。

 今回の出来事をまとめるならば、それに尽きる。

……ん、なんだろうこれ。

 と、ここで先程握手した手に違和感を感じた為に視線を落としてみれば。

 そこには、三峰の名前と共に周波数の様な数字が書かれた小さな紙切れが指の隙間に挟まれているのが分かった。握手の際に忍ばせたのだろうが、全く気が付けなかった。

 困ったら、トランシーバーか何かしらでこの周波数に接続しろ、とでも言いたいのだろう。不器用な彼女に対し、私は一つ苦笑を浮かべてから、


「――よぉーし、なんかドッと疲れたし拠点帰って肉でも食べようかな!」

「あ、焼きます焼きます!柊先輩よりも私の方がお肉の世話上手いんですから!」

「じゃあ任せるよ。リン達の分もお願いね」

「はーい!」


 こうして、終末世界を過ごす仲間がまた1人増えた。

 他人を信用できないからこそ、元より自分に忠実な人間を仲間にする……なんて行動を咄嗟にとってしまった自分に自嘲しつつ。

 明日やるべき事を考えながらも私は拠点へと帰るのだった。

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