五十嵐が住人となってから数日。
拠点内で適当にくつろいでいると、
「柊先輩、ちょっと良いですか?」
「ん?なぁに?」
「ちょっと言いにくいんですけど……その、他の服とかってあったりしますか?これだけ物資が充実してるならあるかと思いまして……」
「あー……確かにずっと同じ服は嫌だよね」
彼女の服装は、私が住宅地で見つけた時と同じく動きやすいシャツにジーンズというラフな格好だ。
対して、私はその日の気分によって【空間収納】内に入れてある服を取り出し着替えている。そんな姿を見ていれば、着替えたくなるのも当然だろう。
……って言っても、どうするかなぁ。
確かに五十嵐に渡せるだけの服は持っている。但し、ただ普通の服を渡しても面白くはないだろう。
「んー……余ってるのはコレくらいかなぁ」
「えっと……柊先輩?」
「あれ、嫌だった?」
「い、いえ……着ます!着させて頂きます!」
私が渡した服に困惑しつつも、特に何か文句を言う事なく。
彼女は着替える為に他の部屋へと駆けていった。
暫くして、
「ど、どうでしょうか……?」
「おぉー!似合ってる似合ってる!髪の色明るいしそれっぽくなるって思ったんだよね!」
「柊先輩が満足そうで良かったです……」
私の前に、恥ずかしそうに頬を染めながらも着替え終わった五十嵐が現れた。
勿論彼女の困惑具合から分かるように、普通の服ではなく……着ているのはメイド服だ。
それも、秋葉原などで見るような丈が短く露出の多いものではなく、所謂クラシカルメイドなどと言われる英国風のメイド服の事だ。
ロングスカートに、ホワイトブリムを頭に着け、一見すればメイドにしか見えない五十嵐の姿がそこにはあった。
「じゃ、何着か渡すからこれからはそれで」
「えぇ!?」
「ほぼメイドみたいなもんだし、形から入ろう形から」
「いや、他の人も居るじゃないですか!一緒には住んでないですけど!私見られるの嫌ですよこんなコスプレ!」
とはいえ、既に五十嵐の脱いだ服は拠点内を徘徊しているドローンによって回収させている。
洗濯機自体は拠点内に設置してあるものの、それを使って回収した彼女の服を洗濯するつもりは一切ない。
これは後で確認をとってから焼却処分に回すつもりだ。
……ま、後回しにしてたけど、正直普通にウイルスとか付いてる可能性あるから残せないよねー。
既に他の住人にも、結構量産品ではあるが新品の服をそれぞれ渡し元々着ていたモノは焼却処分済みだ。
終末世界になるまでにゾンビ化していない状態で、外的傷害以外による感染は見た事ないが……それでも用心して然るべきだろう。
これで私の領地内に感染が広まったら目も当てられないのだから。って言っても、私の場合、A.S.Sが事前に気が付きそうな気もするが。
「って事で、メイドらしくちょっと報告お願いできる?最近のうちの施設の管理関係任せてみたよね」
「え、あっ、はい!」
五十嵐の意識をメイド服から他の事……今回で言えば、拠点周囲や村の施設情報の方へと無理矢理向けさせる。
A.S.Sから施設の状況を確認する事自体は出来るものの……そこで労働している住人達の声や、何かしらのトラブルなどは確認できないが為に、実際にはどうなのかを確認する時間は必要なのだ。
「確認した所、特に住人の皆さんの間でトラブルは起きていませんでした。野菜の育つ速度に驚いてはいましたけど」
「あぁー……まぁ正直私もそれは驚いた。でも避難所でもあんな感じなんでしょ?」
「いや、流石にあそこまで早く収穫は出来ませんよ。1ヵ月は余裕で掛かります」
「マジ?」
「大マジです!」
三峰率いる避難所メンバーが滞在してくれていたおかげで、農場は村の方へと本格的に移動させる事が出来た。
元々は家庭菜園より少し大きいかな?くらいの大きさだったそれが、今や立派な……農家が持っていそうな畑で想像して思い浮かぶ程度の広さにはなってくれたのだ。
とはいえ、問題はそこからだった。
皆で苦労しつつ種蒔きした後、私以外が寝静まった後に畑の中心付近で【植物栽培】を使ってみた所……次の日には芽どころか収穫寸前のモノが多数生えてしまっていたのだ。
……草薙さんを褒めてその場は何とか乗り切ったけど……ちょーっと視線が痛かったなぁ。
薄っすらと私が超常的な力を持っている事に気が付いてる住人は居る筈だ。
言ってこないのは……恐らくは、私に直接聞いた所ではぐらかされるからだろうか。確かにはぐらかすし、全力で知らないフリはさせてもらうが。
「うーん……ってなると、流石にもしも避難所とかから物資提供してくれって言われた時に野菜を出すのはやめておいた方がいいかな」
「やめておいた方がいい、というよりは数は少なくした方がいいかと。その手の異能持ちは私と同じ様に重宝されますから」
「小さい規模で食糧と水をどうにか出来る異能持ちが居るって知られたら確かに面倒か……オーケィオーケィ」
聞いてみると、思った以上に外の状況は悪いらしい。
人間社会が崩壊した結果と言えばそうなのだろうが、食糧の為に争いは絶えず。庇護が無い女性や子供は食い物にされるのが私の領地の外の常識との事だ。
物資に関しても力を持っている者……例えば、先の三峰の様な異能を含めた実力者だったり、避難所などをまとめ上げている指導者、単純に暴力などの恐怖政治で下から搾取している者などが優先して貯め込んでいる為、うちの様にインスタントとは言え分け与える……なんて事は起きないそう。
「外は殺伐としてるねぇ……」
「ある意味天国ですよ、ここは。新鮮な食材もあるし、物資も外へ無理矢理繰り出して探す必要もない。時折入ってくるゾンビが厄介ですけど、それも柊先輩やわんちゃん達がすぐに対処してくれる。下手な避難所よりは安全で生きやすいです」
「ふふ、そこまで言ってくれるのはありがたいよ。ありがと」
「いえいえ!」
外との違いは中々に多いようだ。
当然と言えば当然なのだが。
「で、家畜の方はどう?」
「そっちの方も問題はありませんね。始めは慣れない新しい小屋だったからか落ち着かなかったみたいですけど、今はすっかり慣れていつも通りです」
「それは何より。……五十嵐は家畜の繁殖とかの知識ある?」
「……申し訳ないですけど、流石に……」
「だよねぇー……仕方ない、後で調べるか」
新しい家畜小屋も村の方に完成し、そこへ家畜を移動させる事が出来ている。
一応、世話をするという点では住人達も問題無く仕事を回せているのだが……その先、家畜が家畜であるが為の繁殖に関しては誰も知識を持ち合わせていなかったのだ。
……急務だなぁここは。繁殖が出来れば食用加工……については捌けば良いから、大体勘で何とかなるだろうし。
一応【空間収納】内に入っている大量の本を使って調べるつもりはあるが、出来ればその手の知識を持った新たな住人か、A.S.Sに補助が頼めないかを確かめる必要があるだろう。
だが、逆に言えばそれくらいしか現状パッと浮かぶ問題はないという事。
「うん、順調に回ってるね。良い感じ良い感じ!」
「それでは、住人の皆さんは今まで通りの仕事をしてもらうという事で?」
「大丈夫。その間に私はまた周囲の調査とかするから。……アインス達でもう十分ゾンビは倒せてるし大丈夫だよね?」
「そこは問題ありません。私もわんちゃん達と一緒に山の中のゾンビを狩りに出てますけど、私が何もする事ないくらいには強いですよ、あの子達!」
「しっかり訓練したからね。良かった良かった」
今後のタスクは大体定まった。
領地を増やしつつ、領地内の施設が十全に機能を回せるように手配する。言うだけならば簡単だが、中々に難しい課題だ。
だが、だからこそやりがいもあると言えるだろう。
「よぉーし、目指すは何もしないでも施設が回るスローライフ!五十嵐も頑張って!」
「はい!出来る限りのサポートをさせて頂きます!」
とりあえずはやるべき事から。
少しずつ、のんびりとやっていこう。