数日後。
日本刀の扱いにある程度慣れ、異能を組み合わせた戦い方も考え付いた為に。
「よし、五十嵐準備終わった?」
「終わりました。……一応聞きますけど、他に準備って?」
「要らないかなぁ。私達は異能があるし、最低限必要なのは護身用の武器と食糧くらいだし」
私は五十嵐を連れ、新たな領地を獲得する為の行動を起こそうとしていた。
……スタンガンの警棒タイプがあって良かったよ。本当に。
人間用の装備が付けられないリン達と違い、私と五十嵐はそれなりにガチガチの装備を身に着けている。
【空間収納】内に入っていた暴漢相手用の警棒タイプのスタンガンに、私は日本刀。五十嵐はナイフを何本か持ち。システムのポイント交換によって得た防弾チョッキや膝当て、ヘッドセットを付け、パッと見ではちょっとした軍隊員のように見えるような恰好をして、今回は出発する事にする。
普段だったらここまでガチガチに装備はしないのだが、
「流石に軽装すぎます。柊先輩が強いのは分かってますが、もうちょっと装備をつけてください」
なんて言われてしまったら頷くしかなかったのだ。
前回住人を獲得した時の様に、ほぼ普段着の様な状態でゾンビと戦う方が今の世の中では頭のおかしい事ではある。力と知識があるとは言えど、何処かゾンビ達を嘗めていたのだろう。今後は気を付ける事にする。
「さて、出発前の確認ね。今回の私達の目標は?」
「はい。ある程度の範囲にある住宅地の清掃、及び保護出来る人が居ないかどうかの確認です」
「よくできました。じゃあ清掃活動……ゾンビと出会った時の対処法は?」
「私の場合は……異能の水をぶつける事で一瞬怯ませて、その後スタンガンを使う事で感電。その後はナイフを使って急所である頭を破壊する、です」
「よろしい」
今回、数ある武器の中からスタンガンを選んだのは五十嵐の持つ異能が主な理由だ。
彼女の異能は言ってしまえば便利だがまだ弱い。身体能力の強化が出来るとは言えど、攻撃的な性能は低く、私の様に出力が高いわけでもない。相手を一瞬怯ませるので精一杯だろう。
故に、その一瞬の隙を突く事を考え、相性が良いであろうスタンガンをチョイスしたのだ。
「大量のゾンビと遭遇した場合は、基本は柊先輩に任せます」
「おや、自分が倒すとか言わないの?五十嵐なら言いそうなものだけど」
「自分の力量くらいは分かってますよ。それに……私の知ってる柊先輩だったら、ある程度の量のゾンビは余裕でしょう?」
「そんな笑いながら言われたら……応えられるように動くしかないなぁ」
悪戯っぽく笑う彼女に苦笑しつつ。
雑談はそこそこに、私達は今回の目標である住宅地へと移動を開始した。
ここを領地に変える事が出来たならば、拠点である山も連鎖的に領地に出来る。そうなればもう少し色々と自由が利くようになるのだから……気合を入れていこう。
―――――
目的地へと移動し、五十嵐と二手に分かれて清掃活動をする事暫し。
『地域内の領地化が可能となりました』
「おっ」
ゾンビの影響か、それとも元々ここいらに住んでいた人がゾンビから逃げる為に意図的に壊したのか。
家等の建築物の瓦礫等を片づけていると、A.S.Sからのアナウンスが入った。
……とりあえず、あんまり遅くなってもアレだし早めに撤収してもいいかも。
現在位置は大体住宅地の中央辺り。五十嵐の方にはリンとわんこ達を7匹程つかせている為、1級や2級のゾンビ程度ならば問題なく対処出来るだろうが……それでも、夜の闇というのは恐ろしい。
わんこ達は兎も角としても、人間である私達にとっては電気の通っていない夜は活動時間外に他ならないのだから。
「あーあー、五十嵐聞こえる?」
『おわぁ!?……あ、柊先輩ですね。あっあっ、皆大丈夫だよー、ゾンビとかじゃないからねー』
「仲間の声にびっくりしないでよ」
ヘッドセットを通して離れた位置に居る五十嵐へと連絡し、合流地点……この住宅地へと入った場所へと戻るように伝えていると。
『了解です!見つけた物資とかでリュックも重くなってきて――』
「五十嵐?どうしたの?」
『……いえ、周りのワンちゃん達が一方向を警戒し始めたので。2級とかにもさっき遭遇しましたが、ここまでの警戒度は初めて見ます』
「……成程?」
最初は明るくいつも通りに喋っていた彼女の声が、数段落ち緊張したようなトーンに変わる。
ゾンビとの交戦経験が少ない五十嵐が過剰な警戒をするならまだしも、かなりの数の戦闘経験を積んでいる筈のわんこ達が警戒するのは確かに異常事態だ。
……大きめのレギオン?領地にする前に駆除しておこうかな……流石に私が合流してから行動してもらうようにしないとだけど。
1体や2体、多くて5体程度までならば交戦経験はあるが、それ以上となればわんこ達が警戒するのも頷ける。
とりあえず、五十嵐にはわんこ達を連れその場から退去、私との合流を優先するようにと伝えた後。私は【液体操作】を用いる事で軽い身体強化を施し、急ぎ足で合流地点へと駆けていく。
「……なんかおかしい。A.S.S」
『清掃済みエリアとして記録されています。後から荒らされていますね』
「だよね。これは……やっぱりレギオンかな」
その途中、瓦礫などを片づけた筈の場所が何かによって荒らされているのを発見した。
何を目的にするでもない、単純な破壊の跡。地面が抉れ、民家の壁が何か巨大な物によって壊されている。
……濡れてる?
急いでいる為、その場で立ち止まる事はしなかったものの。
今日昨日と晴れているにも関わらず、その破壊の跡が水か何かによって濡れている事だけは光の反射によって分かった。
「あっ、柊先輩!無事ですか!?」
「大丈夫大丈夫、五十嵐達は……平気そうだね。良かった良かった」
「すぐに撤退してきましたので!柊先輩の指示は会社員時代から絶対遵守をモットーにしてますから!」
「ふふ、ありがと。……それにしても」
ヘッドセットでの報告を信じていなかった訳ではないが、実際に見てみると確かにわんこ達の警戒度、緊張度合は異常としか言いようがない。
訓練し、ゾンビとの戦闘を多数行ってきた彼らはゾンビを目の前にしても震える事はない。だが、今の彼らは小さく震え、出来る限り自身の身体を小さく見せようとしている様に見えてしまう。
……連れていけそうなのは……リンと、まとめ役してたアインスくらい。でもこれだったら……。
小さく息を吐き、
「よし、私がちょっと確かめてくる。五十嵐達はそのまま帰ってもらっていい?」
「そんな、柊先輩だけ置いて帰れませんよ」
「大丈夫、私が強いの分かってるでしょ?」
そう言いながら、五十嵐達が清掃していた方向へ向き直る。
先程見た破壊の跡、そして彼女の報告からそちらに何かが居るのは分かっている。恐らくはレギオンだろうが……まぁ、ある程度までの集団ならば問題は無いだろう。
……嘗めてる訳じゃないけど、【液体操作】と……【植物栽培】も組み合わせれば2級くらいなら簡単に倒せるだろうし。
だが、本気を出すには五十嵐の目は無い方が良い。
「じゃ、行ってくるから!リン達は五十嵐連れ帰って!」
「あ、ちょっ、柊先輩ッ!?」
自分が決めた事は何がなんでも押し通そうとする五十嵐の事だ。ここで問答していれば、いつかは連れて行く事になってしまうだろう。
それを避ける為、私は無理矢理にその場から駆け出す事で会話を断ち切った。
目指すは、私達が折角掃除した住宅地を荒らすモノの元へと。