「うわ、ちょっと予想以上」
私が辿り着いた先にあった光景は、悲惨とも言える程に破壊された住宅地の姿だった。
災害にでも遭ってしまったかのように、街路樹はなぎ倒され。民家を主とする建造物は見る影もない程に破壊され。人の手によって作られた景観が、その全てが何かの爪痕に侵されてしまっている。
……霧……?
だが、そんな光景を目の前にしても。明朝でも、雨が降った訳でも無いのにも関わらずかかっている霧の所為で幻想的に感じてしまうのは……私がロマンチストという証明だろうか。
その光景を少し眺めていたいと思う場違いな考えを隅に片づけた後、私は目を凝らす。
周囲に複数のゾンビらしき影は見当たらない。だからこそ、霧の中にでも居るのか?と思ったのだが、
「……あれ、まさか……!?」
見えたのは、1つの影。
レギオンの様な複数のゾンビ達が集まった訳ではなく、1つの……何者かによって引き起こされた災害の様な破壊。この情報が出揃った時点で、私の脳裏には思い出したくはない存在の事が過っていた。
私の声に反応したのか、ゆっくりと。霧の中から近づいてくるソレは……やはり1体。
人型であり、見た目は何処にでも居そうな女学生にしか見えない。終末世界では、そんな姿のゾンビくらいは嫌になる程見てきたのだが……ソレには他のゾンビとは違うモノが付いていた。
……角がある……って事はやっぱり3級以上!
角。1、2級には決して付いていないそれはある2つの事実を表している。
1つは、目の前のゾンビが3級以上のゾンビであるという事。
「ッ、逃げないと――」
私の頬を掠めるようにして、何かが飛んでいく。
鋭く、しかしながら鉄や何かの様な固体ではなく……液体。水だ。頬が切れたのか、ぬるりと垂れてくる暖かい液体を感じながら、私はどうするべきかを考える。
……最悪、遠距離攻撃持ち……しかも、同系統じゃんか……!
もう1つの事実。それは……私や他の人間の様に、角を持つゾンビも異能を持っているという事だ。
過去では、鍛えた身体能力と武装のおかげで2級までなら何とか倒す事が出来たものの……異能を持っている関係で見つけた瞬間、逃げる事に全力を注いでいた。
『柊様、申し訳ありません』
「何!?今必死でどう逃げようか考えてる所なんだけど……ってこのパターン前にもやったね?!」
『そういう事になります。新規タスクが発行されました。――【3級ゾンビを討伐せよ】です。報酬は……すいません、現状の私では閲覧不可能な情報となっています』
正直な事を言おう。ここで、私が目の前のゾンビと戦う必要はない。
この場に居る、という事が分かっているのだから急ぎ装備を整え、万全の準備で再度見つけ出し挑めば良いのだから。例えそこに、A.S.Sに気になるタスクが追加されたとしても、だ。
……普通に考えるなら、そう。ここで戦う必要なんて全くない。
だが、私の身体は思考に反して一歩前へと踏み出していく。
最初はゆっくりと、しかしながら次第に速くなっていく足にぎこちない笑みが零れながらも、
「でも……でも、やってみたい!私が今、どこまで出来るようになってるのかって確かめてみたいんだよ!」
近付いていく私に向かって、いつの間にか周囲に浮いていた水球からウォータージェットの様に水が放たれる。直撃すればどこに当たっても致命傷。ゾンビの前なのだから当然だ。
しかしながら、当たらない。私の身体に掠る事はあってもそれらは全て、直前になって軌道が逸れて明後日の方向へと飛んでいく。理由は簡単だ。私も同系統の……【液体操作】をそれなりに高いレベルで持っているのだから。
……あぁ、本当に馬鹿!こういうのをしない為に拠点とか整備した筈なのにさ!
戦いなんてしたくない。そもそもとして、命の危険がある事なんてやりたくない。それが普通だ。
それでも今、私はこうして命を懸けて……過去、足元にすら及ばなかった存在の前へと立っている。
ここから逃げ出す理由は幾つも思いついているし、さっきから目の前のゾンビの殺気によって冷や汗が止まらない。だけど、私は更に前へと進む。片手には取り出した日本刀を、もう片手には警棒型のスタンガンを持ってゾンビに向かって進んでいく。
「……タスクとか関係ない……」
近付く度に増えていくウォータージェットに、周囲の水分を集めて放出しているのであろう鉄砲水も加わっていく。だが、それも当たらない。当たってやらない。
知性というものが蒸発してしまっているからだろう。効果が薄いというのに似たような攻撃を繰り返し続けるゾンビに対し、私はその1つ1つを丁寧に異能を使って逸らし防ぎ、相殺して足を進める。
……3級以上が脅威だったのは、異能を持っているから。だけど。
自分がどこまで出来るのかと興奮している外側と、それを全て分かった上で冷めた目で状況を把握して動く内側の自分。その相反する2つの自分が、目の前の敵を打倒する為に身体を動かしていく。
「――
加速する。迫ってくる水の対処に遅くなっていた脚の速度が上がっていく。その分、逸らし切れない攻撃も増えていくものの……強化された身体能力と、ここまでの私が紡いできた経験から何とか回避して。
やがて、私の身体はゾンビの目の前へと躍り出た。
……3級、角付き、私と同系統の異能持ち!警戒すべきは!
ゾンビも流石にここまで近づかれてしまっては異能だけに頼って攻撃するつもりはないのだろう。
私の事を捉えようと、2級よりも幾分か早く。そして力強く自らの腕を振るう……ものの。
「受ける訳がないっての!」
攻撃を受け止めるなんて選択肢は最初からない。
幾ら私が【液体操作】によって、常人よりも身体能力が高くなっているといっても結局は人の範疇だ。
脳のリミッターが外れ、尚且つ同じ様に身体能力が上がってしまっているゾンビの攻撃なんて、力を受け流す前に潰される。
故に、体勢を低く。地面と水平になるように身体を倒しながら……更に前へと進んでいく。
『――ァ!』
「ッ」
避ける。避けた。行った。
身体の真上で風を切る音が聞こえ、髪が何本か持っていかれたものの。私の身体は真っすぐと前へと進み、ゾンビの背後へと回り込んで。
その勢いを殺さないよう、身体を横に回転させ体重を乗せながら日本刀を薙ぐように振るう。
日本刀というモノを持って数日しか経っていない素人が何処かを狙って斬る事も、人間大の生物の骨を断ち斬るような斬撃を放つ事も出来るはずがない。だからこそ、私は狙いを付けず当たれば幸いに任せて振るうのだ。
だが、当然ながらそれだけで終わらせるつもりはない。
日本刀だけしか武器が無いならば自身の技量と経験に頼るしかないが、私には