「【植物栽培】ィ!かーらーの!」
日本刀がゾンビの身体に当たり、手に鈍く硬い感触が伝わると同時。
私は【空間収納】を使う事で、ある植物の種を日本刀と入れ替えた。
私の持つ3つ目の異能……【植物栽培】を全力で行使すると、それに呼応するようにしてソレは急速にゾンビの身体に根を張って生長していく。その植物の名は、
「スズラン!」
白く、釣り鐘状の花が大量にゾンビの身体から咲いていく。
元々は対生物……どうしようもなく、他人と敵対してしまった時の為に考えていた手札であり、【植物栽培】という異能を活かした上で攻撃に用いる為のモノ。
スズランの持つ毒がゾンビに効くかどうかは置いておくにしても。全身を植物によって根が張られてしまえば……大抵の生物の動きは鈍る。そして、動きが鈍ってしまえば、
「至近距離での戦闘が出来るわけ、だッ!」
日本刀は【空間収納】の中に仕舞ってしまったが、私はもう1つ武器を片手に持っている。
異能による湿気、そしてそれによって発生した周囲の霧。状況が、環境がこの武器を使うのに適している。
当然、動きが鈍ったからと言って相手が使う異能の勢いが収まった訳でも、動きの力強さが変わった訳ではない。きちんとクリティカルヒットさせるのは難しいだろう。だが、ここでやらねばやられるのはこちらだ。
……この際、攻撃を喰らうのは仕方ないものとして……ある程度受ける!
日本刀を振るったが故に大きく開いた身体へと向かって、大量の水流とそれを纏うようにして振るわれるゾンビの腕。確実に受けてはいけない腕の一撃以外に関しては、自身の持つ異能を全力で行使する事で掠るまではいかずとも……出来るだけ自分の行動に問題が無い位置へと当たるよう誘導して。
「ッ……灼け、ろぉオ!」
一瞬、目に入ったゾンビの角に怖気づきそうになりながらも。それを勢いだけで飲み込んで。
私はバチバチと先端が輝いているスタンガンを、ゾンビの頭部へと力の限り叩きつけた。
当然このスタンガンは特別性でも何でもない。それ故……私の強化された膂力とゾンビの身体の硬さによって、命中すると同時に全体に罅が入り砕け散る。だが、それでいい。それが狙いなのだから。
『!?』
砕け散ると同時、これまで機能的に放電していただけの高電圧がより電気の流れやすい方へと……ずぶ濡れとなっているゾンビの身体全体へと流れ、その身体を大きく跳ねさせる。
生物の身体を動かしているのは筋肉の動きではない。脳から発される電気信号によって、筋肉が反応する事で動くのだ。だからこそ、スタンガンによって人は鎮圧する事が出来るし……高電圧を直に、全身に喰らえば最悪死ぬ事だってあるのだ。
「まだまだ終わらないってぇの!」
とは言えど、相手はゾンビ。それも角付きの異能持ちだ。【液体操作】に似た、水を操るであろうそれを持っているという事は、身体が痺れていたとしても無理矢理に身体を動かしてくる可能性だってある。
だからこそ。
まだ私の
「【空間収納】ッ!A.S.S!演算よろしくッ!!」
『畏まりました。――柊様の視覚情報より、全ての異能による攻撃の進路を計算、致命となるものだけを避けるルートへの誘導をウィンドウによって行います』
先程仕舞った日本刀を再度砕け散ったスタンガンの代わりに取り出して。
逆手に持ったそれを、大きく上へと持ち上げる事でゾンビの身体を斜めに斬り上げ……ようとした所で私の視界に警告の文字が書かれたウィンドウが小さく出現した。
咄嗟にそれに従う様に動きを変え、ゾンビの脇を抜けるように前転しつつしっかりと距離を取ってみれば。凄まじい音を立てながら、私の立っていた位置のアスファルトが地下から噴き上がった水によって吹き飛ばされていく。
……成程、地面の下を通ってる水道!周囲の霧や他のも全部コレが元か!
噴き上がった水は、無数に分裂しながらも私へと向かって突き進んでくるものの。私の視界にはそれらを避けるルートだけが見えている。
無数には無数を。小さく、しかしながら私が見失わないように赤く点滅するウィンドウを辿る事で、自ら取った距離を再び零へと帰していく。
「――ふふっ、あははッ!私、こんなに戦えるようになったんだ!すっごいじゃないの!」
ついに、しっかりと。私の表情に笑みが満ちる。
3級のゾンビなんて、前世の記憶を持っている私からすれば戦う事なんて放棄して逃げを打つ様な存在だ。だが、それを今。こうして外付けの力を借りながらではあるが、一撃も二撃も、そして三撃も加え。あまつさえその活動を止めようという所まで健闘出来ている。これが笑わずにいられるものか。
しかしこの感情に浸っている暇はない。
今も、私の身体は再びゾンビの前へと立ち。ゾンビの身体はと言えば、スタンガンの放電によってか身体に根を張っていたスズランが焼けてしまった所為で、動きの鈍さは無くなってしまっている。
もっと、もっともっと。自分の成長を感じられるこの時間を味わっていたい。
「でも」
一息。
しっかりと狙いを付けて。こちらへと腕を伸ばしてくるゾンビに向かって、日本刀を構えながら。
「これで終わり」
『……ァッ?』
突然、ゾンビの動きが止まると同時。その頭部がゆっくりと重力に従うように落下していく。
目の前で、何が起こったのか分からないと言った風な呆けた表情を浮かべながら落ちていくソレを見ながらも、私は残された胴体の四肢を水を纏った日本刀によって無理矢理斬り刻む。
「真正面から戦い続けるわけないじゃん。同じ能力持ちなんだからさ」
日本刀に着いた濁った血を振り払ってから、再度収納して息を吐く。
戦闘終了だ。
『条件の達成を確認、【3級ゾンビを討伐せよ】が達成されました。タスク報酬は――』
「あー、A.S.S。ちょっと流石に今聞くのと確認するのは無理かな。疲れちゃったから、このゾンビの核回収してすぐに撤収したい」
『了解しました。では報酬は受け取らず、肉体精神ともに休息を挟んだ後に再度通知します』
「うん、ありがと」
静かになったゾンビの頭部へと近付き、ナイフを取り出してその頭の中からクリスタル核を回収しようと作業を開始した。
……上手くいって良かった。異能の通り方的に出来そうだなとは思ってたけど。
最後の一撃、致命打となったの単純。相手と同じ様に【液体操作】を使った遠距離攻撃だ。
相手が使っている水の支配権を一部無理矢理奪い、三日月状の水で出来たカッターのようなものを射出。そのまま首を刎ね飛ばした……と言えば簡単そうに聞こえるものの、実際の難度はかなり高い。
A.S.Sが視界に表示する比較的命が安全なルートを進み、ゾンビ本体の動きを見ながら、日本刀による一撃もどう通すかを考えながらの異能の全力行使。サポート系の他2つとは違い、ゾンビの肉体に命中してからも接触面を鋸の様に高速回転させるなど、意識をある程度割かねばならない為に、失敗したらどうしようかと冷や汗をかいていたくらいだ。
「私自身を囮に使ったから意識がこっちだけに向いてくれてて助かったよ……ってなんじゃこれ」
ぼやきつつ、手慣れた作業を進めていくと。
何やら普段手に入るクリスタル核とは全く様相が異なる、青く輝く何かを発見する事が出来た。
「これがこの角付きの核って事?……うわ、なんか中に液体みたいなのが入ってる?」
太陽に透かしてみれば、何やら核を形成しているクリスタルの内側に水か何かの液体が入っているのが目にとれる。
しかしながら、私の異能によって操作が出来ず……何より水音の様なモノも聞こえない。
「まぁーた不可思議系?そういうのはA.S.S周りだけで十分なんだけどな……まぁいいや。持っていこう」
詳しく調べるのは拠点に帰ってから。
そう考えた私は、傷付いた身体にA.S.S産の傷薬をその場で交換し身体全体に振りかけながら。疲れた身体を推して帰路へとついた。