目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

Episode8 - 鍛えた先を見てみよう


 目の前に迫ってくる足に対し、その進路上に薄い水の膜を何枚も生成。

 お構いなしにそれらを蹴り破ってくる相手に対し、


「甘い甘い」

「ッ?!きゃあ!?」


 その足に纏わりついた水を【液体操作】によって操る事で、勢いを落とすと共に体勢を崩す様に明後日の方向へと引っ張ってやる。自分が想定し、動いていた方向とは全く別の方向へと動かされ、尚且つ力が加えられたのだ。幾ら体幹を鍛えていたとしても、予想外の出来事には対応するのは難しいだろう。

 それを証明するかのように、相手は……トレーニングウェアへと着替えた五十嵐は体勢を崩し、そのままその場で尻もちをついてしまう。


「身体の強化を使って肉弾戦は確かに出力が低いなら十分使える手札だけど、こうやって対処される可能性だってあるんだから。相手の異能が分かってるなら兎も角、分かってない段階でそれをやるのは悪手だよ」

「っ、はい!」

「ほら、またおいで」


 現在、私と五十嵐が行っているのは異能を使った戦闘訓練だ。

 以前、彼女に【液体操作】による身体強化を教えた時とは違い、それなりに本気で相手を倒す事を目標とした組手であり、五十嵐には私を死なない程度に怪我させても良いと言ってある。

 彼女も彼女で、私が三峰を治療した時に使った薬の事を知っている為か、躊躇なく向かってきてくれる……のだが。

……ここら辺は本当に経験値と、異能の強さの差かな。

 訓練を始めて、約30分。未だに彼女は私の身体に自ら触れる事は出来ていない。

 というのも、だ。そもそもとして【液体操作】という異能が対人での性能が高すぎるのだ。

 流石に訓練ではやっていないものの、人は水たまり程度の水でも溺死する生き物であり。コップ一杯程の水を発生させる事が出来れば相手を殺す事が出来るのがこの異能のポテンシャルであるとも言える。

 その上で、今私が彼女に行った様に、相手の身体に纏わりつかせた液体を操る事で身体のバランスを崩したり……場合によっては、そこから身体の内部に侵入、内部から壊す事だって可能。


「ほら、もっと異能を使うの意識して!」

「ぁああ!」


 私の声と共に、五十嵐の周囲には5つ程のテニスボール大の水球が出現しこちらへと勢いよく迫ってくる。普通の、殺意を持った相手ならばその1つ1つが致命の一撃となるのだが……まだ甘い。

 ただ水球がそのまま迫ってくるだけならば、それは少し速度の遅い銃弾に過ぎないのだから。


「形意識!ただ飛ばすだけなら異能じゃなくても出来るでしょうに!」


 故に叩き潰す。

 優しく教える術も無いわけではないが、それは私と五十嵐の関係ではあり得ない教導の術。

 叩き潰し、厳しく教える事で堅く、芯の通ったモノが出来上がると信じての鞭。

……うーん、まだ甘い。実際に見せた方が早いかなぁ?

 こちらへと迫ってきた水球を1つ1つ、私は手足に水を纏いながら破裂させていく。蹴りで、拳で、格闘の技術の術で、獣の様な野生の業で。

 全てを砕くように、彼女の放った水球を生身の身体1つだけで正面から突破してみせる。

 そこに異能の力はほぼ関係していない。手足の保護の為に纏っているだけで、他は全て素の膂力だけだ。


「異能持ちじゃなくても、異能それを武器に使うんだったらこう!」

「くぅ……!」


 同じ様に、自身の周囲に水球を5つ発生させ……しかしながら、そのままの形で発射はさせない。

 蛇の様に、鞭のように。長くしならせたそれは、見よう見まねで私の様に対応しようとした五十嵐の拳や蹴りをすり抜け、胴体へと打撃を加えていく。

 訓練であるが為にそこに強い衝撃はないものの、だからこそ五十嵐の中にフラストレーションが溜まっていくのが見て取れた。


「ふぅー……はい、終わり。一旦休憩入れようか」

「は、はいっ……お疲れ様です」


 と、ここで一度休憩を入れる。

 延々と組手を続けても良いが、見せたモノや指摘したモノを考え身に着ける為には一息入れてやらねば人の頭には入ってこないものなのだから。


「ここまで……大体1時間くらいかな?どう?異能の方は」

「はい……訓練の成果か、少しずつですが前よりも扱いやすくはなってます。柊先輩の教え方が上手いからかもしれませんけど」

「そりゃあ無い無い。教え方が上手かったら組手なんて形じゃなく座学だけで終わってるよ。単純にそれは五十嵐の努力の結果だね」


 異能が扱いやすくなった本当の理由は、ここ数日水に薄めて飲ませている精製液のおかげではあるのだが……言わなくても良い事はあるだろう。


「でもどう?形状変化はまだ咄嗟には難しくても……前より大量の水が操れるようになったでしょ?」

「はい!柊先輩の戦い方みたいにはまだ出来ませんけど……その分、ちょっと考えてるものもあります。楽しみにしておいてください!」

「お、それは楽しみだなぁ。私が驚く類の使い方?」

「そうですね。多分、柊先輩があまりやらない方法での使い方だと思います。私にしか出来ないわけではないですけどね」


 そう言って、彼女は今まで以上に意欲的に訓練の内容を反芻している様だった。

……うんうん、問題なさそうだね。良かった良かった。

 正直な話をすれば、今日の訓練は強化された彼女の異能の確認だけではなく……精製液を飲んだ彼女の身体に何かおかしな変化が起きていないかの確認も兼ねていた。

 自己責任として治療薬も手に入れやすい私は兎も角、彼女はただの普通の人間だ。そこに異能の有無は関係なく……私が行ったのは、本人に同意を取らない人体実験でしかない。

 その事実に少しだけ申し訳なくなり、贖罪のような、ただ自分が赦しを得たかったからこそ、今まで以上に真剣に彼女の面倒を見ているだけではあるのだが。


「あぁ、後ですね。柊先輩」

「ん?どうしたの?」

「何か悩んでるようですけど、それが私関係の事だったら気にしなくて良いですよ?私が文句言ってないって事は大体納得済みで、柊先輩がそういう人だから着いてきてるので」

「……いつから気付いてたの?」


 少しだけ冷や汗を流しつつ、高鳴る胸の鼓動が聴こえない様にと心臓の前に手を持ってくると。

 彼女は申し訳なさそうに眉を寄せながら、


「数日前くらいからですかね?柊先輩がボロボロになって帰ってきた次の日辺りから?」

「そっか……うん、そうだね。オッケー、ありがとう」

「はい。前からずっと見てたんですよ?こっちは。流石に様子が変だったら気が付きます。隠し事は……まぁ、しても良いですけど、私の事について悩むくらいだったら素直に打ち明けてもらった方がこっちも気が楽です」


 どうやら私は自分で思っていた以上に、彼女の事を……彼女の私に対する気持ちというのを見くびっていたらしい。

 もしくは……まだ、他人に対しての不信感が拭いきれないのだろう。一度、人によって死んでいる身だ。しつこい汚れの様に私の心にこびりついたソレは、未だ彼女に対して完全に心を開く事が出来ない要因となっているのだから。

……でも……何処かで、自分の心に折り合いが付けれたら……信じてみたいよね。まず第一に。

 一息。軽く溜息を吐きながら。

 私は軽く笑みを作って。


「ま、それだけ口が動くならもう休憩は終わりで大丈夫かな?」

「えっ、ちょっ」

「何をどう考えてるのか分からないけど、それを形にするにも基本は重要だからね!まだ教えてない至近距離での異能の使い方とかもあるんだから!時間は幾らあっても足りないんだよ!」


 誤魔化すように、訓練を再開させる。

 今後、彼女とどのような関係になるかは分からない。だが、今この時間は……私にとって心地の良い時間になるように。

 そう願いながら、私は今日も後輩に教えていく。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?