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Memory:五十嵐雨音


 私の先輩は凄い人です。


「あ、五十嵐ー?他の住人の人達用の新しい生活用品、倉庫からこっちに出しといたから後で持っていってくれる?」

「分かりましたー!」


 元々、柊雛奈先輩は私の会社での上司であり、教育係であり、仕事以外の様々な事を教えてくださった方でした。

 それこそ、会社の近くのちょっとした穴場的なカフェだったり。

 仕事で失敗してしまった時に出来る気分転換の方法や、最近ハマっている物事なんかも教えてくれて。

……それが心地よかったんですよねー。

 仕事をする、というのは学生時代のバイトなんかとは違う責任感が必要となる行為です。

 自分1人の行動で自分以外の何人何十人何百人、多ければ千、万とかなりの数の人に迷惑をかけてしまう可能性もあるもので。

 そんな、大人からすれば考えるのが当たり前のような考え方も、柊先輩から教えてもらいました。


「ふぅ……草薙さん、この辺りに物資は置いておけばいいですか?」

「あぁ、大丈夫!いつもありがとうね、五十嵐さん。また柊さんにお礼言っておいてもらっていいかな」

「はーい、喜んでたって言っておきます」


 ただ、それだけならば私の中での彼女の印象はただの『良い上司』で終わっていた事でしょう。

 しかしながら、そうはなりませんでした。どうしてか?単純な話です。

……絶妙に、誰にも迷惑を掛けない程度のポカをやらかすんですよね。柊先輩は。

 良い感じに仕事を進めていたかと思えば、気が付けば入力する欄を間違えていたり。

 一緒に昼食へと行こうと会社の外に出た瞬間、何も無い所で盛大に転んだり。

 かと思いきや、財布を会社に忘れてきたのを会計時に気が付いてしまったり。

 人によっては面倒臭いとか思うかもしれませんが……私にとっては、それが愛らしく映って。人として尊敬すると共に『サポートした方がいいかなー?』、『大丈夫かなー?』と思う気持ちも湧いてきてしまって。


「あ、五十嵐さん。後で柊さんに畑の出来とか見てもらいたいから言付頼める?」

「了解です。作物は……今だと夏野菜ですか?」

「そうそう。トマトがでっかく出来たからさ。あ、持ってくかい?僕の異能ですぐ育つから」

「本当ですか?有難いです」


 そんな人だからこそ。

 突然会社を辞めてしまった時は驚きましたし、連絡もつかなくなってしまって酷く心配をして。柊先輩の家族についても、ちょっとした雑談の流れで知っていた私は色々とまた面倒に巻き込まれたのではないか、とも考えました。

 その上で……半ばもう会えないのかと諦めかけていた所で、世界がこんな事になってしまい……逆に私はそれがチャンスだと考えて。

 会社があるからこそ、自由に動けなかった。下手に柊先輩を探そうとすれば、柊先輩が教えてくれた仕事の責任を放棄してしまう事になってしまうから。

……で、無我夢中で生きていたら……異能なんてものが使えるようになっていて。

 異能を使いこなそうとしていれば。いつの間にか、こんな世界の中で人々が助け合う避難所の中の、ちょっとしたポジションについてしまったのは予想外でした。

 とは言え、私は積極的に避難所の外に……柊先輩が何処かに居るかもしれない世界に出る事を選んでいましたが。


「ん、美味しいですねこれ。柊先輩がオーケー出してくれたら、これら使って色々作ったりしますか」

「良いですね!料理とかも良いけれど……保存食なんかも作りたいですし」

「じゃあそっちの話は私が言っておきますよ。野菜で自給自足出来るようになってきてるとはいえ、バリエーションは欲しいですしね」

「お願いします!」


 ただ、ある日。共に行動していた三峰さんが負傷して。

 それを庇う様にしながら、何処かで休もうと住宅地へと逃げ込んだ所で……変な、こんな世界になってからは見なくなったドローンを発見して。

……あの時は嬉しくもありましたが……ちょっと、心配でした。

 ドローンから聞こえる声は、私が探していた人でありながら。同時に、何処か知らない人でした。

 何というか、私の知る彼女とは声のトーンも、声から感じる雰囲気も全く知らないものだったのです。


「では、また何かあったら来ますので」

「はい、気を付けて!」


 ドローンに連れられ、着いた廃村での柊先輩との再会。思わず、周りに人が居るというのにいつも通りのコミュニケーションを取ろうとして、抑えて。

 でも、やはりと言うか。

 私の知る柊先輩とは、少しだけ変わった彼女がそこに居たんです。この世界が決定的に変わってしまったのと同じ様に、柊先輩も何かがキッカケで変わってしまったのだと気が付いて。

……それでもいいんですよ。根っこの部分は変わってなかったですしね。

 そこから色々あって、また様々な事を教えてもらったり……何故かメイド服を着させられたりしましたけど。

 でも、彼女は私の知る彼女だった。それだけで十分だったんです。私にとっては。


「柊先輩、戻りました。今度、草薙さんが畑の様子を見に来てほしいそうです」

「おかえり。へぇ?異能系で何かあったかな。……それは?」

「草薙さんに貰った夏野菜です。美味しいですよ。今夜はこれで何か作りましょうか?」

「お、良いねぇ。お肉持ってきてカレーにでもしよっか」


 尊敬してる人の元で、また働けて。

 ゾンビとの戦いの為の訓練は大変ですが、その分自分の為にもなって。

 好きな事をしても、好きな様に過ごしても否定されない。それが出来る今の環境は、それをまた与えてくれた柊先輩には感謝してもし切れないんですから。


「柊先輩」

「ん?なぁに?」

「次は何処に行く予定なんです?」

「んー、そうだねぇ……。この辺の住宅地は大体把握出来たし……五十嵐達と会った所にまた行こうかな。あの周辺、まだ探索してない所がポツポツあるんだよ」


 ただ、1つ。気になることがあるとするならば。

 柊先輩が、何かしらの隠し事をしているという事です。

 話さないという事は、まだ話す時期じゃなかったり、私にも隠しておかねばならないんでしょう。なので、私から問う事はしません。

 ですが、願うならば。


「……いつか、話してくれると良いなぁ……」


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