住人達の居住エリアに拾った女子高生を連れ、食糧や彼女用の寝床などを与えた後。
私は拠点へと戻り、五十嵐からこの辺り周辺にある避難所などの状況、噂を改めて聞いてみる事にした。
結果として、五十嵐の口から語られたのは私の知る終末世界とほぼ変わらない状況のモノばかり……ではあったのだが。私が記憶している過去の終末世界とは違い、この辺りのゾンビによる被害が少なくなっているようだった。
……私がここで拠点を作ったから、かな?周辺も領地にしてるし、ドローンに巡回もさせてるからゾンビはすぐ駆除してるし。
五十嵐達も元はと言えば、この拠点周辺が何故かゾンビの数が少ないからこそ、移住出来るかどうかの調査を行う為にこちらへと向かっていた途中だったそう。
結果としてどうしてゾンビが少ないかが判明し、その中心に私が居るのが他の避難所に知られてしまったわけだが……特に音沙汰無い為、三峰が上手くやってくれたのだろう。多分。
「って、事で。お嬢ちゃんは名前なんていうの?」
「……音鳴。
「成程ね。何処からあの場所に来てたの?避難所?」
「あそこから駅の方に行った所にある避難所だよ。
「ふぅーん……五十嵐?」
聞いた事がなかった名前の為、共に話を聞く為に居住エリアを訪れていた五十嵐へと視線を向ける。
「火を操る異能を持ってる方ですね。結構出力が高いみたいで、私が聞いた話だと……弱いのだったら10体は余裕だそうです」
「それはまた……でも、そんな人がまとめ役やってる避難所だったら、そこに居た方が安全じゃない?」
「そりゃ、そうだけど……もう嫌なんだ、私。あそこで働かされるの」
言って、音鳴は一瞬だけ躊躇したかのように視線を巡らせた後。
軽く口を開き、
「『わッ!』」
「ッー……うるっさぁ……これ、普通の声量とかじゃないね?異能?」
「ごほっ……い、異能ってのが何か分からないけど、私の能力。声が大きく出せるってだけなんだけど……避難所じゃ、これを使って朝礼の時に人を集めたりとかしてたんだ」
成程、と私は軽く頷いた。
彼女の持つ異能は前世でもたまに見かける事が出来た、身体強化系の一種だろう。私達の拠点とは違い、外の避難所では安定した電力の供給が出来ない分、この手の異能を持っている人がスピーカー代わりとなって人を集めたりするのを何度か見た記憶がある。
……とは言え……ちょっと火征って人の避難所は要注意かなぁ。
だが、それだけの事で避難所から逃げてくるとは思えない。
若い女の子、という所からあまり考えたくはないが……男達の食い物にされていた可能性もあるし、異能の特徴から囮としてゾンビを集める役目をさせられていた可能性だってある。
「音鳴ちゃんはどうしたい?とりあえず、私達の居住エリア自体には空きはあるから、好きなだけ居てもらって構わないけど」
「……働かなくていいのか?」
「別に良いよ。音鳴ちゃんが手伝いたいと思ったら手伝えば良いし、食糧とかだって……最初の内は私側から出そうか。五十嵐、草薙さん達と今後の分配について考えてきて」
「畏まりました」
五十嵐に、遠巻きからこちらを見ていた草薙達と今後の食糧の分配について話し合うように言った後。
改めて目の前の音鳴へと視線を合わせる。
「正直、君の能力が無くても私達は間に合ってるからね。ここじゃただの女の子として……音鳴楓子ちゃんとして過ごしてもらっていいよ。少しの間は様子を見る為にちょくちょく私も顔出すつもりだけど、基本はあそこに居る人達と仲良くしてくれれば、それでいいから」
「……んで……」
「ん?何?」
「なんで、そんなに良くしてくれるんだ……?あんたらに私を保護するメリットなんてないだろ?ただ食い扶持が増えて、物資が減るだけだ。それに……」
そこで彼女の視線が私から地面へと落ちていく。
恐らくは、彼女の元々居た避難所の事を考えているのだろう。下手をすれば、ここが襲われてしまう可能性だってあると分かっているのだ。
……うーん、賢い。変に賢いから、反抗とかせずに使われてたって感じかな……ちょっと突けば避難所の内情も透けそうだ。
だが、別に避難所の面々が……それこそ、火征とやらが襲ってきた所で対処は可能だろう。
火の異能がどの程度の出力かは分からないものの、こちらには水を操る事が出来る私と五十嵐が居る。それに加え、水だけなら大量に確保出来るのだ。最悪、襲ってくるのが分かった時点で【空間収納】内に水を入れておけばいいだけの話でしかない。
「……ま、メリットに関しては無いわけじゃないよ?あんまり賑やかじゃないからね、この居住エリア。女の子が1人増えるだけでも、十分賑やかになるでしょ」
「……そんな理由?」
「そんな理由だよ。結局ね」
そんな風に口に出しているものの、勿論それだけではない。
私が彼女を連れ帰った本当の理由……それは、A.S.Sから発行された新規タスクに関係するからだ。
……丁度良かったよ、本当に。進めにくいタスクだから、チャンスは掴んでいかないとね。
そのタスクの名は【住人の数を一定数以上にせよ】。達成条件としては、住人を10人以上にする事……ではあるのだが。現状、私の拠点や領地内に居る住人の数は五十嵐を含めて6人のみ。
その上で後4人をどうやって確保するか、と途方に暮れていた所だった為に彼女の存在は本当に有り難いのだ。
「私達は君を受け入れる。君はそれを享受して、楽しくやる。それだけなんだよ本当に。仲間が増えるってのは嬉しいからね」
「変に裏がありそうな言い方をするんだな」
「何かあるって思ってくれてもいいけど、こっちがする事は変わらないからさ」
別に初めから信用される必要もない。その上で、食糧を渡し普通に接するだけで……恐らく、彼女は住人となる条件を満たしてくれるのだから。
……どんな状況に居たかは分からないし、憶測でしか考えられないけど……でも、少しでも虐げられていたなら。この居住エリアの環境は甘い毒になるんだよ。音鳴ちゃん。
終末世界と成り果てたこの世界で、1人の人間として普通に接され。尚且つ安全な寝床と食糧を与えられ。その上で、働く事も自由であると言われた相手は……結局の所、強い意志でもない限りは堕落する。
そういう生き物なのだ、人間というのは。
「じゃ、とりあえず食糧持ってくるね。保存食だから……まぁ、結構持つと思うけど足りなくなったら言って」
音鳴の返事を待つ事なく、私は山の中へと入っていき。
少ししてから、【空間収納】内から取り出した荷車にカップラーメンなどのインスタント食品を入れた段ボールを乗せて戻っていく。
約3日分程度の量ではあるが、まだまだ在庫には余裕しかない。こうしてタスクを進める為に必要ならば喜んで切るべき物資だろう。
運ばれてきた食糧を見て音鳴は驚いた表情を浮かべていたが、思考よりも食欲がまたも勝ってしまったのか、礼を言いながらすぐに荷車を自分の与えられた寝床へと押していってしまった。この様子ならば、住人化はすぐだろう。
「柊先輩、こっちの話は纏まりましたが……」
「あーお疲れ様。こっちもこっちで色々と話し終わったとこ。取り敢えずは、暫く私が食糧を拠点の方からあの子に持っていく事にしたよ」
「そうですか。草薙さん達も食糧に関しては収穫量に余裕があるので問題ないとの事です」
「おっけおっけ。じゃあ特に衝突とかも起こりそうにないね。良かった良かった」
先の住人達も、特に拒否反応は現時点では起こしていないのは幸いだ。
その報告を受けた後、私と五十嵐は居住エリアから離れ拠点へと戻っていく。今回の音鳴の事についてはこれで終わり。
ここから始まるのは、
「――で、柊先輩。聞きそびれていたんですが、あの子を拾ってきたって事は住宅地まで降りてた訳ですよね?」
「……っぅー……」
「お話、詳しく聞かせてもらっても、良いですよね?」
「……はい」
少しでも危険がある場所に、軽装で行った私に対する五十嵐からの説教タイムだ。