音鳴の件から数日後。
色々と葛藤はあったようだが、無事に住人となった彼女が居住エリア内で打ち解けられている様子を確認した後。私はいつも通りにドローンにて領地となった住宅地を巡回している様子を見ていると。
「ん、今度はなんだー……?」
何やら、数人程が動いているのが見えた。
一瞬ゾンビでもまた出てきたか、と思ったものの……どうやらそうではないらしい。
理性ある目、何かを恐怖するような表情。生きている人間だ。
……何かから逃げてる。ゾンビにでも追われてるかな。ちょっとドローンを操作してっと……?
画角的に見えていないのかと思い、ドローンの位置を操作してみれば。
見えてきたのは、逃げる人達に追従するように迫る大量の1、2級と思われるゾンビ達の姿だった。
とはいえ、凡そ10体程度のレギオンであり……3級が居ない以上、現時点での私にとってはあまり脅威とは言えない相手。だが、
「五十嵐!居住エリアの方にある住宅地にレギオンが出た!最低限の準備して!先行するから!」
「っ、分かりました!柊先輩の装備は!?」
「もう持ってる!向かいながら着けるから問題ない!」
見殺しには出来ない。
正義感とかそういうものではなく、単純に私のタスクの為に。
……4人は居たよね。って事は、救って保護、住人化しちゃえばタスク達成って訳だ!
ソシャゲではないが、ある程度ゲームチックなシステムを日常的に使っている為だろう。少し、というか、かなり人間味のない思考をしている自覚はあった。
だが、それを直すつもりは今の所ない。今の第一優先は、私がこの終末世界の中で豊かな暮らしを送る事。その為に必要なパーツ……今回で言えば、住人に成り得る可能性のある人達を助けに行く事に躊躇いはない。
「とは言えっ、と」
【液体操作】を使い身体能力を強化し、拠点から飛び出すように駆けだして。
辿り着いた先、そこにはまだこちらに気が付いていないであろう4人の男性と、彼らを追うようにして迫って来ているゾンビの姿。
「出力は……変に言われても困るから低くて大丈夫か。2級までなら十分倒せるだろうし!」
用意するは大量のビー玉程度の大きさの水球。
それを私の周囲で衛星の様に回転させ……そのスピードを徐々に上げていく。すると、だ。
「お、おいアレ見ろ!」
「は?!……なんだよアレ!?新手か何かか!?」
「水の化けもんとか見た事ねぇぞ……」
「はっ、ははっ……俺達もここまでかよ……!」
こちらに気が付いたのか、男達が何やら失礼な事を言ってきていた。
だがそれも仕方ないだろう。私が彼らの立場だったとしても同じ事を言っていただろうから。
「味方味方!人間だよ人間ッ!」
だからこそ、行動で示す。彼らに迫って来ているゾンビ達に対し、スピードを上げていた水球を一斉に放った。
全てのモノは、勢いが付けばそれなりの破壊を齎す事が出来る。その大きさが大きくなればなる程に広範囲に、小さくなればなる程に貫通力を増していく。では今回は?
『――ッ!?』
『――ァア!!』
散弾の様に射出された無数の水球は、いとも簡単にゾンビ達の身体を貫いて。まるで蜂の巣のように変えていってしまった。
私のコントロールが甘く避けられてしまったとしても、再度呼び戻すように操作してやれば問題ない。
水球によるゾンビのキルゾーンが一時的にそこには存在していた。
「ま、こんなもんかな。……さて、お兄さん達。私の姿は見えるよね?人間ではあるんだけど……」
「は、はいッ!人間です!」
「助けていただきありがとうございました!」
「大変助かりました!はい!」
「……あちゃー刺激強かった?」
少しして。レギオンの殲滅が終わり、4人の方へと向き直ってみると。
私の一挙手一投足に身体を震わせる成人男性の姿がそこにはあった。異能の出力的には低めで対応していたのだが……どうやら一方的に蹂躙したのが彼らの琴線的には恐怖の対象だったらしい。
「まぁいいや。一応聞くけど、怪我とかしてない?お兄さん達を助けに来た手前、怪我とかしてるんだったら治療とかする用意もあるっちゃあるんだけどさ」
「怪我はしてないです!」
「あー……畏まらないで、大丈夫だから。ほら、一旦話を聞きたいから移動しようか。丁度うちの子も来た事だし」
見れば、私の様に身体能力の強化を施した五十嵐が、家の屋根を器用に伝ってこちらへと向かってくる姿が見えていた。これがライダースーツなんかだったら格好良かったのだろうが……普段着にしているメイド服でやられると、何処かフィクションじみてしまって現実感が無い。
4人も同じような感想を抱いたのか、渇いた笑いを漏らしながらも私と五十嵐の誘導に従って移動を開始してくれた。
「――と、言う訳でね。恥ずかしながら、不当な扱いには耐えきれなかったから逃げてきた訳だ」
「成程、成程ねぇ。やっぱりその手の人達か……」
住人達の居住エリア。その中でも、以前三峰を治療した時に使った簡易テントをまだ仕舞っていなかった為、その中で4人から事情を聞いてみると……凡そ、彼らが住宅地に居た理由は音鳴と同じ様なものだった。
彼ら自身には異能は宿っていない、もしくは自覚していないものの。男だからこそ、避難所では力仕事を任せられる。だが、彼らの居た避難所はかなりハズレの部類だったのだろう。そのトップに当たる人物が、異能持ちではない人達の事をまるで家畜の様に扱っていたのだ。
そんな扱いに痺れを切らした彼らは隙を見て避難所を脱走。あてもなく彷徨っていた所でレギオンに遭遇してしまい……後は私の知る通りだろう。
「すまない、虫のいい話だとは思っているんだが……数日、ここに泊めてもらっても良いだろうか!その間、仕事はさせてもらうし食糧なんかは自分達でなんとかするから……休める所が欲しいんだ」
「え?いやいや……別にここに住んでもらっていいよ?食糧には困ってないし、人手はあって損はないし」
「は?」
私の言葉に、話すのを担当していた男性が表情を困惑に染める。
少しでも外の……この終末世界の現状を知る者だったら、私の言った事は理解に苦しむだろう。
「畑があるから野菜なんかの収穫は幾らでも間に合うし、牛とかの家畜も飼ってるから時間は掛かるけど肉なんかも手に入る。さっきのゾンビみたいなのは私や五十嵐、他にも討伐出来る子達が居るし、常時巡回してるから突然襲われるなんて事もない」
「……話が美味すぎる。何か言ってない事があるんじゃないか?あの避難所の奴らみたいに、俺達をこき使うつもりとか」
「んー……じゃあここに住んでる人達に話を聞いてもらっても構わないよ。似たような境遇の女の子も居るしさ。話を聞いてみて、お兄さん達がここに住むかどうかを決めれば良い。そこを強制はしないからさ」
無論、住人達に口裏を合わせるように等は言っていない。
普段から理不尽な接し方はしていないし、そもそも過度な干渉も行っていないのだ。独裁者のように振る舞うつもりは一切ないし、住人達と心を通わせようとも思っていないが故の接し方……ではあるのだが。
……ま、住人になっちゃえばこっちのもんだからね。
4人は小声で私に聞こえないように話し合った後。
自分達の当初の要求と私の提案がそこまで変わらない事に気が付いたのか、最終的には数日間滞在する事を決めてくれた。
期間中はあまり私は居住エリアに顔を出さないようにするものの、住人達に彼ら用の食糧としてインスタント食品を渡しておけば住人化には問題はないだろう。多分。
数日後。
結論から言えば、彼らは住人になった。そもそもとして、現状のこの世界で安定して食糧が手に入り、寝床があり、ゾンビの脅威に怯えずに済む生活が出来る……それだけで彼らにとっては良かったのだ。