翌日。
私は五十嵐を連れ、居住エリアへと訪れていた。
……いやぁ、ポイントでRPTのタブレットを沢山交換出来るようになってて良かったよ。
人数分、五十嵐の分も含めた11個のタブレットを段ボールの中に入れ、それを荷車で運んでいる形……ではあるのだが。
これくらいの重量ならば、【液体操作】で身体強化を行って自らの手で運んでしまった方が早かったかもしれない。
「――と言う事で、皆さん。配られたタブレットに入っているアプリを起動してみてください」
居住エリアの中央、元々は何もなかった広場の様になっていた場所で集めた10人の住人に対してRPTの簡易的な説明を行っていく。
私も私で、A.S.Sが表示させた説明ウィンドウをカンペの様にしながら改めて確認しつつ、ではあるのだが。
「おぉ……なんかもうポイントが貯まってる」
「コレで物資が交換出来る訳だね、説明通りなら」
「……あ、生理用品は無料だ。ありがたいなぁ」
住人達それぞれが仲の良い者同士や家族で集まり、タブレットに表示されている自らの現在ポイントと交換出来るものを照らし合わせていた。
だが、まだ彼らは猜疑的……とまではいかないものの。本当に物資がポイントで交換出来るのかと疑問視しているようだった。当然の反応だとも言える。
……ここまでは予想通り。寧ろ、疑うのが当然だしね。私もA.S.Sで物交換するまでは本当に出来るのか疑問だったし。
私は近くでタブレットを弄り、自身のポイント量を確認していた五十嵐へと視線を向けた。
彼女は私の意図が分かったのか、薄く微笑んだ後、
「はい、じゃあ試しに私が交換してみます。何が来るかは……柊先輩にも伝えなくていいんですよね?」
「うん、良いよ。皆気になるだろうし……私に言わずに欲しい物とかも欲しいだろうし?」
「それじゃあ……これで」
五十嵐がタブレットを操作した瞬間、ポップな電子音が広場に響いた。
そうして待つ事約1分。私の拠点がある方向から、物資が入っているであろう段ボールを載せたドローンが飛んできて五十嵐の目の前の地面に着陸する。
……ん、拠点のある方向から来ちゃうのはちょっと問題だけど……うん。十分早いし良いね。
ドローンは段ボールが地面にしっかり置かれた事を確認すると、再度飛び上がり拠点のある方向へと戻っていく。
その姿を、住人達は感嘆の声で見送った。
「えーっと……で、五十嵐は何を頼んだわけ?」
「折角なので、新しいものを、と思いまして」
五十嵐は早速段ボールの梱包を解き、その中に入っていたモノを取り出していく。
それは、
「……またメイド服ぅ……?」
「良いじゃないですか。これ着てみると意外と使いやすいんですよ。それに別にアキバとかに居たミニスカ系じゃないんですから」
以前着せてから、何故か私服にする程に気に入ってしまったクラシカルメイド。
一部の住人からの視線が私に突き刺さっているものの、別に私は彼女に強要している訳ではない。初めは確かに着てもらったものの、それ以降は五十嵐自身の意志によるものだ。
……でも、これでハッキリしたね。これも立派なチートの部類だ。
ポイントが足りるならば、住人目線では物資を何でもすぐに手に入れる事が出来る。
今までは色々と調達の難しかった肉など調達する事が出来るし、娯楽品も手に入れる事が出来るのは住人達にとっては大きい利点だろう。
「質問良いですか?」
「はいはい、何でしょう?」
「RPTというシステム、その有用性については今の一連の流れで分かりました。ですが、コレを僕達に提供する意味がイマイチ分からないんですよ。月に一度、家賃の様に払うポイント量もそこまで多くないし……正直、柊さん側にメリットがあるかと言われると……」
「あー、まぁ確かにメリット自体は薄いですよ」
住人の中の1人が昨日五十嵐と話し合った内容を質問してきた。周りの、他の住人も同意するように頷いている。
当然、私のメリットは薄いのは百も承知。何ならA.S.Sという五十嵐にも晒していない私の秘密がバレる可能性もあるくらいにはデメリットの方が大きいモノだ。だが、踏み切ったのにはきちんとした理由がある。
――単純に、不労所得が欲しかったのだ。
不労所得。良い響きだ。スローライフを目指しているというのに、ここまで私は自分で考えてもかなり働いてしまっている。それではいけない。
……とは言え……ちゃんとした表向きの理由は必要だよね。ふざけてると思われそうだし。
だが、そのまま心の内を話す訳にもいかない。
働きたくない、不労所得を得たい、怠惰でありたい……これらをオブラートやなんやかんやで包み込んで、
「ほら、皆さんが私にお世話になってるって思ってるのと同じように、私も皆さんにお世話になってますから」
「それは……」
「違うとは言わせませんよ?農業もそうですし、家畜達の世話、この居住エリア周囲の害獣の駆除なんかもやってくれてるでしょう?その手のノウハウが私には無いので、地味に助かってるんですよ。そういうの。その日頃のお礼として、このRPTを……って感じで」
咄嗟に口から出た言葉にしてはしっかりしているだろう。
勿論、感謝しているのは本当だ。物資が増えるのは単純に有り難いし、彼らが持っている知恵は私には無いモノ。それを活かした生活を垣間見るだけでも、こちらとしては参考になるモノがあるのだから。
……とはいえ、納得は……半々くらいか。仕方ないよねー。話が美味すぎるし。
彼らもロボットではなく人。美味い話には飛びつきたくなるものの、ある程度余裕がある状態では考えもする。
だが、結局はこれは施しでしかない。下に見る訳ではないが、どうしてもここには領主と住人という差が生じてしまっているのだから。
「まぁ、現状は今リストにある物を交換出来るって感じで。それ以外は今後……物資の貯まり方次第で解禁していく形で考えているので、あんまり遠慮せずポイントの許す限り交換してみてもらってどうぞ」
「あ、はい質問」
「ん、どうぞ?」
「月イチのポイント回収の時に、その分のポイントが手元に無かったらどうなるの?」
続いて、家賃の質問。
じゃんじゃん交換して生活水準を上げるのは良いが、家賃分が無くなったら追い出されるかもしれない……となればあまり考え無しに交換が出来ないだろう。
その為、
「それについては、現状持っているポイントを回収後、次の回収タイミングで残ってる負債を追加で徴収する形にします。まぁ出来るだけポイントには余裕を持っててほしいですけどね」
「よかった、追い出されるとかじゃないんだ」
「その辺厳しくしすぎてもアレですし……そもそも、困るのは皆さんの側だと思うので」
「確かに、ポイントが無くなるくらい交換してたら……元の生活に戻るのが辛くなりそう」
抜け道は勿論ある。毎月毎月、回収タイミングで自身の持つポイントを0にしておく事で徴収から逃れる……というちょっと狡い方法だ。
だが、それの対策についても考えてはある。
……そんな事する人がいたら、残念だけど追い出すだけだしね。……住人が減るのはちょっと厳しいけど、ズルしてる人を残すデメリットに比べたらどうってことないし。
何か月か……最低でも3ヵ月は様子を見て、払う気が一切無さそうだったら力尽くでも居住エリアから追い出す。
それも、何も持ち物を持たせない状態で、だ。厳しいようだが、待ってる時点で慈悲は与えているし、こちらも慈善事業を行うつもりはないのだから。
「あと質問は……なさそうですね。じゃあ数日くらい試用期間としてRPTの運用を行って、また意見や感想を聞きに来ます。その時の反応次第で運用を続けるかどうかは決めようかと」
「了解しました。僕達は普段通りに生活してればいいですね?」
「それで。要所要所で欲しいものを交換、という形で使用してもらうのが理想なんで」
これでRPTのお披露目、そしてタブレットの配布は終わり。
残りの問題は、使われるかどうかだが……それについては考えなくとも良いだろう。
五十嵐がメイド服を交換した際に数人の目が輝いていたのを確認できているのだから。
……ふぅ、変な事が起こらずに終わって良かった良かった。
五十嵐と共に拠点へと帰る道の途中、私は一つ息を吐く。
会社員時代、人前でプレゼンする事も少なくはなかったが……やはり、少なからず緊張はしてしまう。
「まるで上司達の前でプレゼンするみたいでしたね、柊先輩」
「五十嵐もそう思った?いやー……緊張したよ」
そこから、拠点に帰って夕飯を食べるまで。
かつて働いていた会社での思い出話に華が咲いた。どれも懐かしく、今は決して手に入らない思い出だ。