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第3話 File 149【ぶつかる女】

取材日 20XX年8月3日

年齢  ?

性別  女性

職業  ?

メモ

取材に至る経緯不詳。



 当時、仲が良かった会社の同僚で、大西麗子という人がいたんです。もうだいぶ前の話ですけど。


 ざっくばらんな感じの飾らない明るい性格で、仕事以外でも一緒にお酒を飲みに行ったり、個人的な悩みの相談に乗ってもらったり。あたしより二つ上だから当時は二十九歳ぐらい。仕事もできるし美人だったから男性社員にも人気があって。


 一緒にいると楽しかったんですけど、一つだけちょっとやだなと思うところがあったんです。


 彼女、見えるんですよ。他の人には見えない変なものが。それに、見えるだけじゃなくて……。


 ある日、いつも行ってた和食のお店でお昼を食べている時に、彼女が、電車の中でよく人にぶつかると言ったんです。それは麗子さんが不注意なんじゃないのと言ったら、そういうことじゃなくて、ちょっと後ろに下がったら、後ろに立ってる人に背中がぶつかって、ごめんなさいと振り返ってみると誰もいなかったって。


 あたしが、気のせいじゃないのって言ったら、笑いながら、そういうことがよくあるんだって言うんです。


 意味が分からなかったので、よくあるってどういうことなのって聞いたら、会社のエレベーターに乗っている時も、背中が誰かにぶつかったから、謝りながら振り返ると誰もいない。会議室でも、会議が終わって一人で後片付けをしている時に、肘が隣の人にぶつかった気がして、あっと顔を上げると誰もいない、とか。


 こういう話を笑いながら平気な顔で言うんです。気持ち悪いでしょう。彼女にそんな話をされる度に、気のせいよと否定してたんですけど、ある日、残業が終わって、一緒に残ってた彼女と帰ろうと、エレベーターホールで待ってたら、後ろからポンと肩を叩かれて、麗子さんだと思って振り返ると誰もいなかったんです。


 えっ!今確かに誰かに肩を叩かれたとキョロキョロしてたら、身支度を終えた麗子さんがやってきて、それまで笑ってたのに急に真剣な顔になって、あたしに「今、振り返っちゃダメだよ」って言ったんです。


 意味が分からなかったけどすごく怖かった。下りのエレベーターの中で私の肩をしっかり抱いて、一言も口をきかずに……。


 聞けませんでした。あたしの肩を叩いたのが何者なのか。聞くのが怖かったんです。


 そして、そのあと。また笑いながら、自宅のマンションの部屋で誰かにぶつかって、思わず謝っちゃったけど、いくらなんでも自分の部屋では謝ることないよねって、麗子さんが言った時、もうダメだ。これ以上この人とは付き合えないと思いました。


 彼女は一人暮らしで、あたしも何度か呼ばれて遊びに行ったこともあるんです。お酒をいっぱい飲んで終電がなくなっちゃって泊まらせてもらったこともありました。その部屋に見えない変なものがいpて、それなのに平気な顔で毎日生活していけるなんて、あたしには理解できない。麗子さんが怖かった。


 そのあと、あたしは体調を崩してしまって、他にも色々事情があったり、その会社を退職しました。麗子さんとはそれ以来会っていません。連絡先も消してしまいました。


 変な出来事ですか?


 ……これであたしの話は終わりです。ちょっと頭痛がするので。



 Yというその女性に、今は変な出来事は起きていませんかと尋ねたところ、急に顔色を変えてそそくさと席を立ち、逃げるように帰ってしまった。


 もっと聞きたいことがあったが仕方がない。体験談を録音したICレコーダーをショルダーバッグに仕舞う。そして伝票を取り上げて席を立った瞬間、後ろから来た人に勢いよく肩がぶつかった。


「すみません!」


 わたしの完全な不注意である。謝りながら落っことしたバッグを拾い、振り返ると誰もいなかった。


 さほど広くもない喫茶店の店内にお客さんはまばら。少し離れた席で、ゆったり足を組んでコーヒーカップを掲げていたスーツ姿の男性が、いきなり大きな声を出したわたしを訝しげに見ている。


 (なるほどね。怪異が感染ったらしい)


 気を取り直し、その男性に会釈してから、二人分の会計を済ませて外へ出た。


 当分のあいだ、後ろには注意しなければならないようだ。


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