取材日 20XX年九月二十八日?〜十月十六日?(メール)
年齢 三十代?
性別 男性
職業 不動産関係
メモ
ハンドル名はYukito
赤い自転車に纏わる怪異体験。体験者は行方不明である。
発端はYukitoと名乗る人物から届いた一通の電子メールだった。初めて来たメールから最後の不気味な内容のものまで、わたしからの返信文を含めてすべてのやり取りを掲載する。続いて起こった恐ろしい出来事については、そのあとのご報告とさせていただく。
♢
蒼井冴夜さんへ (20XX年9月28日)
Mail from:Yukito
Title:赤い自転車のこと
蒼井様、初めまして。
Yukitoと申します。
怪異体験を取集していらっしゃるとのネット掲示板の書き込みを拝見し、メールを差し上げた次第です。
作家さんなんですね。
自分の体験も公開していただいて構いません。
僕は東京近郊のとある街に住む平凡な会社員です。
不動産関係の仕事をしていまして、先日、奇妙な体験をしました。
それが想夏様が探しているような怪異かどうかわかりません。
自分の勘違いかもしれない。
でも身近にこんなことを相談する相手もいないので、話を聞いていただきたいと思います。
最初にその自転車に気づいたのは一ヶ月ほど前だったと思います。
その日は金曜日で、仕事が終わってから職場の近くにある居酒屋で同僚と軽く飲みました。
仕事の愚痴やら他愛のない話で一時間ほど飲んでから、店の前で解散し、自分一人で電車に乗っていつもの駅で降りました。
喉が乾いていたので、駅前のコンビニで缶コーヒーを買い、店の前に置いてあるベンチに腰を下ろしてふと横を見たら、一台の自転車がそこにありました。
俗に言うママチャリです。
コンビニ店内からの明かりで、全体がツヤのないくすんだ赤い塗料で塗られていて、ところどころ剥げて錆が浮いているのが見えました。
車体フレームを塗装するのはわかりますが、歪んだ前かごやサドルや前後の車輪、タイヤまでべっとり塗られている。
サドルまで塗ってしまったら、座った時に擦れて服に塗料が付いてしまう。
こんなの見たことがない。
とても変です。
入り口のすぐ横に置いてあるので放置自転車という感じじゃない。
店の客の物と思ったのですが、すぐに今さっきコーヒーを買った時には客は自分だけだったのを思い出した。
客の自転車でなければコンビニの店員の物という事になります。
しかし、この深夜に近い時間に店番している、二人の今風の若者のどちらもこんな自転車に乗りそうな雰囲気じゃない。
照明の具合によるのものか、分厚く塗られた赤が禍々しく感じました。
自分は何だか得体の知れない不気味なものを感じて、そそくさとその場を立ち去りました。
そのコンビニから歩いて十分ほどの場所にある自宅に帰り、風呂に入っている時に、急にあの赤い自転車をどこで見たのか思い出したのです。
しばらく前に、お客様をある物件にご案内した際、その家の門の横に自転車が置いてありました。
リフォーム済みの中古物件です。
当然ですが誰も住んでいません。
その時はどうしてこんなところにぐらいにしか思いませんでしたが、全体が赤く塗られた見た目に違和感を感じたので記憶に残っていたのです。
あの自転車に間違いありません。
ただ、おかしなことに、その物件の場所と、二回目に見たコンビニのある自分が住んでいる街とでは、距離にして十キロ以上かな、いやもっとか。
駅で言えば五駅分も離れている。
その距離を誰かが乗って移動して来たとしか考えられないけど、錆びて古ぼけた感じは長い間雨晒しになっていたらしいから、まともに動くかどうか疑わしい。
でも、いくら考えてもわからないので、その日はそれで寝ました。
その数日後に、今度は駅前のロータリーの鉄柵に立てかけてある、あの赤い自転車を見つけました。
そしてまたその数日後には、歩道橋脇のガードレールに寄りかかっているそいつを見ました。
初めて見たあのコンビニから誰かが乗ってきたのか?
べったり赤く塗られたあれを乗りまわしている変人がいるのでしょうか?
とっても嫌なイメージなんですが、誰も乗っていないそいつがギーギーと耳障りな音を立てながら、深夜の誰もいない道をヨロヨロ移動している姿が浮かびました。
いったいこれはどう考えればいいのでしょう。
何かお考えがあれば教えていただきたいのです。
Yukito12@xxx.co.jp
Yukito様へ (20XX年9月29日)
Mail from:蒼井冴夜
Title:Re赤い自転車のこと
初めまして。
メールありがとうございます。
赤い自転車のお話、拝読させていただきました。
とても不思議なお話ですね。
Yukito様があちこちの離れた場所で見かけたその自転車が同じ物だとしたら、タイヤまでペイントするなんて変だとは思いますが、やはり誰かがそれに乗って移動しているのではないでしょうか。
まだ学生の頃、そう、中学生ぐらいの時にわたしが通学に使っていた愛車は、放置自転車として市役所が撤去し、条例で定められた保管期間が過ぎても所有者が取りに来ないものを再整備してから、市民を対象に安価で提供された自転車でした。
その赤い自転車のように全体を再塗装(もちろん、フレームのみですが)してありました。
自治体によっては新しいオーナーの希望する色で仕上げることもできるようです。
わたしはつや消しの真っ黒な自転車を見たことがあります。
ちょっと異様な雰囲気でした。
元は放置自転車ですから、長い期間、雨ざらしになっていたものもあるでしょう。
再塗装されても新品の頃のピカピカの状態に戻る訳ではありません。
夕方以降、辺りが暗くなってからその再生自転車に乗って街を走っていたら、巡回中のお巡りさんに呼び止めらることもしばしば。
古い自転車は彼らには盗難車に見えるのか。それともそんな対応をしろなんてマニュアルがあるのか。
何にせよ失礼な話です。
だからそのお巡りさんに対して、防犯登録もちゃんとしているし、古ぼけた自転車というだけで根拠なく疑うのは失礼ですと、大いに抗議した記憶があります。
すみません。話が逸れてしまいました。
でも、Yukito様のその赤い自転車も、雨ざらしと再塗装を繰り返しているのではないかと思ったものですから。
変わり者のオーナーさんがタイヤまで赤く塗ってしまったのは悪趣味ですが、あまり気にすることもないのではないでしょうか。
いずれにせよ、貴重な体験を教えていただきまして、ありがとうございました。
From 冴夜"sa-ya"
sa-ya@——.ne.jp
蒼井冴夜さんへ (20XX年10月2日)
Mail from:Yukito
Title:赤い自転車のこと
またあの自転車を見ました。
今度は自宅からさほど離れていない場所にある児童公園の入り口の横でした。そして、はっと気づいたのです。
この赤いやつが自宅へ徐々に近づいていることに。
初めて見た場所から通勤に利用している駅の前のコンビニへ、そしてそれから徐々に少しずつ近づいている。
間違いありません。
昨夜から夢にまで出て来るようになりました。
赤い赤いこいつが、暗い道の向こうからキーキーと耳障りな音を立てながらゆっくりやって来るんです。
夢の中の自分は、逃げたいのに道の真ん中に突っ立ったまま動けない。
周りは真っ暗でも、ぼうっと赤く光るそれがヨロヨロ近づいて来るのが見える。
そして、そいつの上には誰かが、何かが乗っている。
赤い何かがいる。
いやそうじゃない。
赤いそいつがそれなんです。
でも見たくない。
見てはいけない。
もし見たらおしまいです。
どんどん近づいてきて、そしてそこで目が覚めました。
Yukito12@xxx.co.jp
Yukito様へ (20XX年10月3日)
Mail from:蒼井冴夜
Title:Re赤い自転車のこと
Yukito様
返信ありがとうございます。
変事はまだ続いているのですね。
今回のような怪異への対処として、気づかないふりをするという方法があります。
赤い自転車に気づいてもそちらを見ない。
決して立ち止まったり近寄って確認したりしないで知らん顔で通り過ぎる。
放置自転車として警察に通報するのも一つの手です。
それで撤去されてしまえば一件落着ですから。
もしかしたら怪異ではなくストーカーの可能性も捨てきれません。
時には怪異よりも人間の方が危険な場合もあります。
やはり今のうちに警察に相談した方がよいと思いますよ。
From 冴夜"sa-ya"
sa-ya@——.ne.jp
蒼井冴夜さんへ (20XX年10月7日)
Mail from:Yukito
Title:赤い自転車のこと
一昨日、会社の宴会がありました。
このところ寝不足が続いていたので酒席を楽しむような気分ではないし、だいたいこんなご時世で宴会をするなんて、うちの会社はどうかしてる。
できればさっさと家に帰りたかったのですが、上司から幹事を任されていた都合上、仕方なく出席したんです。
そういう心理状態なので僕自身は楽しめなかった。
でも宴会は盛り上がっていたみたいです。
その帰り道で体験した恐ろしい出来事を聞いてください。
ああ、今思い出しても怖くて泣きたくなるほどです。
宴会中は早く帰りたいと思っていたはずなのに、会計を済ませて店の外へ出たら急速にその気持ちがしぼんで行きました。
このまま帰りたくない。
ひとりになりたくない。
なんとなく嫌な予感がする。
自分でも変だと思いました。
でもその時の正直な気持ちです。
同僚たちと連れ立って二次会へ行きました。
こじんまりした居酒屋で一時間ほど飲んだと思います。
その店を出てから今度はカウンターバーで終電近くまで飲みました。
しかしいくら飲んでも酔えない。
楽しくない。
時間ばかり気になって、始終、時計を見てしまう。
いつか帰らなければいけないのに、帰りたくない気持ちは時間が経てば経つほど強くなります。
ふと我に返ると、僕はひとりで空のロックグラスを片手に腕時計を睨んでいました。
いつの間にか、一緒にいたはずの同僚は先に帰ってしまったようです。
それどころか、他の客の姿も見えません。
客は自分だけになっていました。
そして、ガランとしてしまった薄暗い店内を眺めていると、急に得体の知れない寒気を感じたのです。
時計に目を落とせば、終電までもうあまり時間がありません。
次の日も仕事だから、いい加減で帰らなければならない。
頭ではわかっていても、気分が重くてなかなか席を立つことができません。
そんな僕が逃げ出すようにそのバーを後にした理由は、無口で慇懃なバーテンダーの言葉でした。
彼は僕に向かって、こう言ったのです。
「表の自転車は、お客様のでしょうか」
跳ねるように顔を上げ、僕はバーテンダーの若い男性を見つめました。
嫌な汗が吹き出し、背中を冷たく濡らしました。
「じ、自転車?」
「ええ。入り口に置いてある赤い自転車ですよ」
無理やり押し出すように聞き返した僕に、彼は相変わらず丁寧な口調で続けます。
「先程見たら鍵がかかっていないようなので、不用心かと思いまして」
自分のものじゃないという言葉は、小さく震えてしまい、彼の耳には届かなかった。
あいつです。
あのタイヤまでべったり赤いやつだ。
あいつは僕をつけ回しているんだ。
僕の行く先々に先回りして、僕が来るのを待ち構えている。
早くここから逃げなくては。
急いで立ち去らないと、ものすごく嫌な事が起こる。
そう感じた自分は、そそくさと身支度を済ませ、いざ店を出ようとしたその時、はっと気づいたのです。
あいつから逃げるには、地上の入り口で待ち構えているあいつのすぐ横を通らなければならない。
それは嫌だ。
もうあの赤いのを見たくない。
このバーは、表通りから急な階段を降りた地下にあります。
つまり、やつが待っているのは、その、通りに面した辺りなのでしょう。
「あの、他に出入り口はないですか」
すがる思いで聞いた僕に、バーテンダーの声が冷たく突き刺さりました。
「ありませんね。一ヶ所だけです」
どうしよう。
あいつの横をすり抜けて逃げるしかないのか。
全身びっしょり冷や汗をかきながら、なす術もなく突っ立っていた時、急におかしな点に思い至りました。
このバーに入った時から、店のスタッフは目の前の男性バーテンダーだけでした。
他のスタッフの姿は見ていない。
そして彼はずっとカウンターの向こう側にいた。
自分はトイレにも行かなかったので、彼が一度も持ち場を離れていないのは確実です。
だとしたら、店の外に自転車があると、いったいどうやって知ったのか。
急速に周りの気温が下がってきたみたいで、ゾクゾク寒気がしました。
照明が先程よりも暗くなり、ただでさえ薄暗かった店内がどんどん暗くなって、その闇の中から声が…「どこにも逃げられないよ」。
「うわあっ」
僕は恐ろしさのあまり叫びました。そして夢中で手探りをしながら、真っ暗の中でドアを探り当て、転がるように外へ出た。
四つん這いの格好で地上への階段を登りました。
途中で膝を打ちつけたり、手を擦り剥いたりしましたが、それどころではなかった。
訳にわからない恐怖から逃げるのに夢中で、赤い自転車のこともその時には頭にありませんでした。
やっとの思いで地上へ出て、何度も転びながら走った。
バーテンが言っていたように、赤いあいつが入り口にいたかどうか、わからない。気がついた時には駅の改札口にいました。
そうだ。急がないと終電が行ってしまう。
時計を見ると発車時刻まで数分しかありません。
帰宅を急ぐ人たちにジロジロ見られているのを感じ、急に人目が気になりはじめた僕は、息を整えて急ぎ足でホームへ向かい、そこにいた満員状態の終電に乗りました。
すみません。
疲れたので、この続きは次のメールで送ります。
Yukito12@xxx.co.jp
Yukito様へ (20XX年10月10日)
Mail from:蒼井冴夜
Title:Re赤い自転車のこと
返信が遅くなりましてすみません。
このところ体調が悪くて、メールを見られませんでした。
宴会でのお話を拝読しました。
バーでの出来事は、とても興味深いと同時に不気味なものを感じます。そして…まだお話の続きがあるのですね。是非、教えてください。
メールお待ちしています。
From 冴夜"sa-ya"
sa-ya@——.ne.jp
蒼井冴夜さんへ (20XX年10月16日)
Mail from:Yukito
Title:赤い自転車のこと
駅から自宅までの帰り道のことです。
普段はバスを使うのですが、やっと間に合った電車が終電でしたから、もうその日のバスはとっくに終わっています。
歩くのが億劫だったのでタクシーに乗ろうかと思ったものの、歩いても十分ちょっとで着く距離なので、無駄な出費はバカバカしいし、歩くことにしました。
今思えば、タクシーを使えば良かったのです。そうしていたら、あんな悍しい体験をしなくても済んだはずなのに。
駅から離れ、商店が並ぶ通りから住宅街に入った途端に、人の気配が絶えて周囲がさっきよりも暗くなりました。
バーから逃げ出す時にぶつけた膝が痛みだしたので、いつものルートではなく近道を選んだのですが、やめておけば良かったかと少し後悔しました。
でも今更引き返すのも面倒です。
足を引きずりながら、僕は自宅を目指して前へ進みました。
すると、後ろから物音が聞こえた気がして立ち止まりました。
振り返っても暗くてよく見えない。
ポツンポツンと立っている街灯の光は、道を照らすにはとても不十分な明るさです。
気のせいかと、再び歩き出そうとしたその時。微かな音が僕の耳に伝わってきました。
ぎっ。
ぎぎっ。
ぎぎっ。
擦れた金属が軋むような音が、闇の中から聞こえてきます。
まるで、油の切れた自転車を漕ぐようなそれが、僕のいる場所へ次第に近づいてくる。
夢の中で聞いたあいつの音が、紛れもないあいつの音が、こっちへ向かってやって来る。
「ひぃぃっ」
我ながら情けない声が飛び出しました。
くるっと振り返り、そこから逃げ出そうとしたのですが、なぜか足が重く感じてなかなか前へ進まない。
まるで誰かが足を引っ張っているみたいな感じです。
「ああっ。くそっ」
自分を罵りながら、無我夢中で一歩ずつ足を進めていたら、今度はさっきとは違う音が聞こえてきて、思わず立ち止まってしまいました。
それは「ぴちゃ」とか「ぺたっ」とか、まるで、まるで裸足の人間が歩いているような、少し湿った足音が後ろから。
僕は泣いていたと思います。
恐ろしさのあまり、しゃくり上げながら、それでも前へ進もうと懸命に足を持ち上げようとしました。
でも、急にある思いが頭を占め出したのです。
それは、足音の正体を確かめたい。振り返り、この目であいつなのか確かめたいという思いです。
だから立ち止まりました。
不思議なことに、なぜか背後の無気味な物音も止みました。
静かでした。
静寂の中、冷んやりした夜気が降りてきます。
そして僕は、ゆっくり振り返りました。
五メートルほど離れた所に、そいつがいました。
赤い。
赤黒い。
あの自転車?
いや。
そうじゃない。
四つん這いの、なにか、まだらに赤黒いもの。
大きさは大人の人間ぐらい。
毛も何もないつるんとした頭をうなだれたようにガクンと下げ、手と足を地面について、ゆらゆら身体をくねらせている。
遠い街灯からの弱々しい光に、そいつの身体がぬらぬら光っているのがわかる。
絶対に人間じゃない。
止まっていたそいつが、身をいやらしくくねらせながら、頭を下げたままの格好で這いはじめました。
ぴた、ぴちゃ、という、耳を覆いたくなるような足音を立てながら、僕に向かって来ます。
でも身体が動きませんでした。
次第に速度を上げて、そいつがやって来ます。
動かない身体。
赤くて忌まわしいそいつから目が離せない。
やがてそれが、僕の足元にたどり着きました。
そしていきなり立ち上がって、硬直している僕に覆いかぶさりました。
それのいやらしい手に肩を掴まれ、がしっと背中を抱えられて、肩にそいつの顔が。
それから、それから、耳元でそいつの声が、こう言€$の%$§
「戻€}こ※&
§]$ito12@¥%#!c€$>p