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第9話 File 151【蠢く指】

取材日 ?

年齢  ?

性別  女性? 

職業  ?

メモ

取材した覚えなし。いつの間にか音声データが記録されていた。




 取材データを整理していたら、そのメモリスティックに覚えのないデータが混じっていた。若い女性の声が、淡々と会社の同僚についての怪異体験を語っている。しかしわたしにはこんな話を取材した記憶がない。


 いったいどういうことなのか、考えてもわからない。とりあえずご報告しておく。



 ポケットのあたりが変に膨らんでいるなって思ったら、それが見えたんです。毛むくじゃらの黒い蜘蛛の足のようなもの。それが上着の胸ポケットからニュッと出てきて、いやらしく蠢いていました。


 見ているうちにそれはゆっくり増えて三本になりました。細く長いその足には関節があって、そこだけプクッと膨らんで、足の先には爪があったんです。まるで人の爪のような。


「どうしたの?」

「いえ。なんでもないです」


 入社して二年目だったわたしは、会社の先輩に誘われて、よく利用するイタリアンレストランで昼食をとっていました。その先輩の上着の胸ポケットから、変なものが覗いたんです。


 あれはなんだろうな。なんだかわからないけど気持ち悪い。


 先輩は異変に気がついている様子はありません。その不気味な足は、ポケットまで届いている先輩の髪先を、いやらしい感じで撫で始めました。その様子を見ていたら、蜘蛛の足ではなく人の指のように思えてきました。不気味に細く長い指に。それが愛おしげに髪を撫で続けているんです。


 わたしは食欲が失せてしまいました。


 あんな気味の悪いものを先輩がポケットに入れているはずがない。あれは、よくわからないけど、とても悪いものなんじゃないかなって思ったんです。


 でもなぜか、それのことを先輩に伝えるのはためらいました。だから黙っていました。


 先輩はわたしより四つ上で、同じ大学出身だったこともあって、何かにつけてわたしを可愛がってくれました。兄妹のいなかったせいもあるかもしれませんが、わたしは姉のように慕っていました。美人で仕事もできる先輩は、当然ですが男性社員の憧れの的でした。でもアルコールが入った先輩本人からの、愚痴混じりの告白によれば、恋人ができてもなぜか長く続かないとか。


 もしかしたら、先輩が幸せになれないのは、この気持ち悪い指のせいなんじゃないか。なんとなくそう感じたんです。


 今でもたまに、その先輩の上着のポケットから、毛の生えた細く長い指が突き出しているのを見かけます。


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