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第10話 猫遊び

 日向ぼっこをしながら、ごろごろ振動している喉を撫でていたら、こっちまで眠くなってきた。柔らかで温かい感触。尻尾だけが別の生き物のように、時々ぴょこんと動く。


 ねえピート。

 わたし、大変な目にあったんだよ。


 日曜の朝ぐらいは、ゆっくりごろごろしていたかったのに、にゃあという声で起こされた。平和だ。抜糸した傷跡が少し引き攣る感じがするぐらいで、あんなことがあったのがまるで嘘のように平和だった。


 一週間も欠勤した理由に関しては、会社への申告をどうしようか迷った。


 まさか魔物に襲われて大怪我をしたなどと、それが本当であっても言えるはずがない。頭が狂ったと思われるか、さもなくば仕事に行きたくない言い訳(そんな言い訳が通じるなら)だと疑われるのはオチだ。


 だから「急に降ってきたガラスの破片で怪我をした」と言っておいた。嘘は言っていない。


 医師から言われたとおり、病院でダウンした直後から高熱が出た。二日後に退院したものの、痛みが酷くて仕事どころではない。処方された痛み止めと抗生物質を飲んでも動けば痛いから、こんな状態ではとても無理だと仕事に行くのを諦めた。


 杖をつき、うんうん唸っているわたしを、親切にも病院から自宅マンションまで車で送ってくれたのは平川刑事だ。覆面パトカーでのドライブという貴重な体験のおまけつきで。


 甘えるわけにはいきません!なんて強がったくせに、結局、甘えてしまった自分が恥ずかしい。


 まったり微睡んでいたはずのピートがムクッと起き上がり、わたしの手をすり抜けて、トットッと部屋の中へ入ってしまった。慌てて後を追う。


「だめよ。ピート。おいで」


 抑えた声で呼びかけても、人間の言うとおりにならないのが猫である。部屋じゅうをすばしっこく逃げ回り、なかなか捕まえることができない。


 わたしは必死だが、ピートにとっては楽しい鬼ごっこなのだと思う。ぜいぜい息を切らしながら追いかけているうちに見失ってしまった。


 どこ?

 どこへ行ったの?


「ピート。出ておいで」


 目の端で素早い動き。

 それがベッドの下へ飛び込んだ。


 もう。

 まったく、絶対にわたしを馬鹿にしているよね。


 床に腹這いになってベッドの下を覗き込んでみる。二つの黄色い光と目が合った。奥の方だ。手を伸ばしても届かない。


 追いかけるから図に乗って逃げるのだろう。わたしが追いかけるのをやめたら、きっと大人しく出てくるに決まってる。そう思い、立ち上がろうとした時、ベランダで、にゃあんと猫の鳴き声がした。


 四つん這いの格好で振り返ったら、ベランダからこっちを覗いているピートと目が合った。


 あれっ、いつの間にと、再びベッドの下を覗いてみる。もちろん、そこには何もいなかった。



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