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第17話 File 071【さくらさくら】〜木の幽霊の話・その2

 売りに出されていた土地を買って家を建てたんです。昔の大きな開発区画の中の土地です。私たち夫婦が購入した時には空き地でした。


 それまでは東京の賃貸マンションに住んでいました。子供が大きくなって手狭になってきたのと、コツコツ貯金してきたマイホーム資金も予定の金額になっていたので、そろそろ夢のマイホームをと、適当な物件を探していたんです。


 周りには古いお宅もありました。建て替えて新しいお宅になっているところもポツポツありました。お隣はこの地域が開発された当時からある古い家でした。古いといっても立派な家です。敷地もうちよりもずっと広かった。その家には中年のご夫婦と二人のお子さんが住んでいました。なんでもご主人は東京にある大学の助教授をなさっていると、奥さまからお聞きしました。


 素敵なご夫婦でした。引っ越してきたばかりの私たちに、いろいろ教えてくれたり、親切にしていただきました。佐久間さんというんですが、その佐久間さん、何度かお邪魔したことがある家は、中も外も手入れが行き届いていて、古くても綺麗で素敵だったんですけど、お庭が、広いお庭に何もないんです。


 うちは佐久間さんより狭い庭でしたけど、ガーデニングを始めたら楽しくて、花とか実のなる木とか、いっぱい植えました。だからどうしてと思ったんです。だってせっかくの広いお庭なのにもったいないでしょう。


 その何もないお庭なんですけど、私、見たんです。何もないはずなのに、大きな木があって、いっぱい花が咲いているのを何度か見かけました。佐久間さんのお庭は、うちと同じように、道路に面した建物の向こう側です。南向きのお庭です。道路からは見えないけど、うちから見えるんです。佐久間さんのお庭が見渡せる。


 日当たりも良いのに、何もなくて、でもなんだか気味の悪い緑色のコケがびっしり生えていて、そのお庭に、あるはずのない木が、日によって、見る時間によって、あったりなかったりする。それが冬だろうと、夏だろうと、雪が降っている日も、カンカン照りの暑い日も、昼間でも夜でも、見える時はいつも同じ、いつも枝いっぱいに花が咲いている。桜だと思います。大きな桜の木。


 不思議なんですよ。その桜の幽霊が見える時は、私しか家にいないんです。主人も子供たちもいない。昼間は会社と学校で、夜は主人は残業だったり子供たちは遊びに行っていたり、いつも肝心な時にいない。夜中に桜が出現して、起きてと頼んでも誰も起きてくれない。だからその変な桜を見たのは私だけです。


 佐久間さんはどうなんでしょう。ご自分のお庭なんだから知っていたはずですよね。でも私は最後まで聞けませんでした。お宅のお庭に、木の幽霊が出るなんて、言えないでしょう。はっきり見えたから目の錯覚だったとは思っていません。幻覚を見るようなお薬も飲んでいないし。いったいあれは何なんでしょうね。本当に木の幽霊だったんでしょうか。


 せっかく建てたマイホームなのに、主人の突然の転勤とか、主人のお父さんが急に亡くなってしまって、主人は長男なので相続で継ぐことになった実家に私たち家族で引っ越すことになり、手放してしまいました。だから住んでいたのは三年ぐらい。売りに出した不動産の買い手がついて、所有権移転登記とかの手続きが終わったあとは、どうなったのか、一度も行っていないので知りません。佐久間さんも、今も住んでいらっしゃるのか、何もわかりません。



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