机には雑誌が一冊。
隣で弟が勉強中にもかかわらず、変な自己アピールを仕出かした前科に加え、今度は自分が載った表紙を見つめて微笑んでいる。胸がでかい。誰の目にも明らかだった。
さすがに自分の机に足を乗せるようなことはできなかった。この机は小学校入学時、亡くなった祖母が買った大切な机だ。唯でさえ短いスカートで、そんなことはできなかった。
「見本、届きました。ありがとうございます!」
電話の向こうにNがいた。創刊号の目玉、オーディションで朗読した掌編『放課後の果実』の作者である。
「ママ以外、見せてないんです。なんか急に恥ずかしくなって……ていうかこれ、雑誌名長すぎで笑いました」
「春野ゆき氏作」
「私、二人の子供を産み分けるために、旦那様と裕福な友達を使ったはいいけれど、その感情と甘い判断が、いつまでも尾を引いて、新たなる生命の誕生に後悔したくないと決意した、ある日の夜について」
「パーフェクト」
「ところでNさん。どうして作家になろうとしたんですか? ついこの間まで学校の先生だったじゃないですか。覚えてます? 登校日、一緒に歩いたこと」
「忘れていると思ったかい? まさか」
「私、〈面白くないとはっきり言える、そんな自分を高める場所に行けばいい〉って言葉、ようやく実行できた気がするんです! だって今回の表紙、それの証明ですもん! なんでここまで時間かけなきゃいけないのかって、ずっと思っていたんですよ。オーディションの時はつまらないと感じたけど……報われました!」
電話を支える手に汗が出ている。こんなことは初めての体験だった。
二次オーディション当日、じっと見つめる作家の顔が有希の頭から離れていない。隣にいたゴンザレス編集長の血走った目と言ったら。
表紙を見つめた。きっと天国のおばあちゃんも喜んでくれてる。別に学校で目立ちたいからではなかった。自分から口にするつもりもない。男子が勝手に噂すればいい。
長く話す癖をやめたかった。聞きたいことがあって、大人の手を止める。年齢を武器にできている証拠だった。どうして。子供の頃から、何度も繰り返した言葉だ。
「どうして、作家になったんですか。私、Nさんの短編読んで、この人って変態だと思ったんです。そのあと、なぜ作家の人は小説を書くのか、知りたくなって……」
「春野さんにも、同じこと聞かれた。でも有名な登山家みたいに、かっこいいこと言えないし」
「そこに紙があるから、ですか」
「ああ、それでいいと思う。マロリーさんだって、プライド賭けて散ったんだ。こうして話している間も、春野さんとゴンザレス氏は僕を応援してくれてる。編集部で噂でもしてると思うよ」
「Nさん、質問」
うざい。最後にしよう、と有希は思う。
電話の向こうでNの声が弾んでいた。
「〈為せば成る〉。これで僕のペンネームの由来、言わなくていいよね?」