目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

16「学習」


 ビステリアより質問。


「ティルアート、どうしてネルにあのような提案を? あのまま彼が時間稼ぎをするように誘導すればこちらの被害は最小限に抑えられたはず」


 ティルアートより返答。


お姉様ビステリアこそ、どうしてあの個体にそこまで肩入れを? 我等の目的に彼の生存の有無は関係ありません。そもそも彼は無限に転生する魔術を持っている。死など計上すべき被害ではないはずです」


 ビステリアより質問。


「だから彼の研鑽を許可もなく奪った挙句、その命を無駄に散らしてもよいと?」


 ティルアートより返答。


「それが我等の目的を成就させるためならば」


 ビステリアより提唱。


「彼の魔術、いいえ……ネルの生涯は我々の計画を逸脱している。ネルは個人として、世代を跨ぐことなく幾度もの進化を可能とした驚異的な個体です。それは我々にとって見守るべき事象であり、阻害するべきものではない」


 ティルアートより質問。


「私の計算をネルが超えると? 龍の身体で私の勇者を打倒。闘技場ではネオンを四年間倒し続けた。確かにその力量は認めましょう。ですがそれは聖剣が完成には程遠い性能しか有していないことに起因する結果であり、予想外というほどのことではありません」


 ビステリアより修正。


「それは現状だけを見た結論であり、ネルの個体強度はその【進歩】と【無限の時間】に起因するものです。それは【未来】と呼ぶべき力。故に、可能性の保護観察を提案――いえ、命令します」


 ティルアートより仮定。


「我々は互いに対等な存在であり命令権限は互い保有しない。しかし、それでは聖剣を担った彼がアザブランシュとの戦闘においてどのような予想外を見せるのか、それを見た後にお姉様ビステリアの提案を実行する必要があるかを判断しましょう」



 通信途絶――



 ティルアート、どうしてもネルの剣技を学習するつもりですか。

 いや、それ自体に問題があるわけではない。

 むしろ私が危惧するのは全く逆の事態だ。


 私たち女神ですら解析しきれず、『介入』しかできなかった【転生術式】。

 その開発者である彼の本領を、ティルアートは理解した気になっている。

 私が危惧するのはその思考。


 ネルはあれほど複雑な術式の【開発者】。

 それが聖剣という我々女神のテクノロジーが多分に使用された神器を手になどして、もしも……


「ティルアート、ネルは他者から力を得てきた。己は天才ではないと考える彼は、天才が造り出したものを揃え、進化させることで強くなろうとする。その事実を貴方が失念していないことを祈っていますよ」



 ◆



 通信機インカムからビステリアの声が止み、ザーザーと一瞬砂嵐のような音がした。


『回線に侵入させていただきました。改めてティルアートと申します』

「何の用だ?」

『貴方のことはネオンや歴代の担い手の瞳を通して知っています。お姉様ビステリアへの情報共有も私が行いました。勝手は承知ですが、あの龍を倒すには必要なことだったのです』

「別にもう気にしてねぇよ。むしろ感謝してることもあるんだ」


 リンカのこととかな。


『それは良かった。それでは……これより先は私、第六女神ティルアートが貴方をサポートします』

「そりゃどうも」


 相手は白龍。

 魔力逆流状態が切れるまで、実質的に魔力は無限。


 だが『魔力逆流』は自滅の技術であり、その状態は長くは続かないはず……だと、ビステリアは考えていた。


 しかし、おそらくその予想は間違っているだろう。

 俺ほど魔力の逆流を使った個人は居ない。

 だからこそあの龍の違和感に気が付いた。


 魔力逆流は魔力が足りていない術式を、生命力を魔力に変換して強制的に完成させる反応だ。

 その結果、使用者は致命的な後遺症を受けることになる。


 魔力逆流とは術式に帰属する状態であり、肉体に帰属する状態ではない。

 故に、その術式が完了すれば魔力の逆流は解除される。

 できても、同じ術式を連続で数回使う程度だろう。


 だが、あの白龍はどうだ?


 分裂。再生。ブレス。

 それに未だ、剥がれた鱗から雑魚が湧いてる。

 どう考えても使用している術式の種類が多すぎる。


 あの黄金の魔力反応が魔力逆流なのは間違いない。

 だが、通常のそれとは違うと思われる。

 あの龍は体内に結晶化した人間を保持していて、そこから魔力を供給されているとエルドが言っていた。リンカもその一人だった。


 おそらく、逆流を使わされているのはその人間たちだ。


 つまり、こいつの魔力逆流の効果時間と使用できる術式の量は、蓄えている人間の数に比例する。


 仮に、その間に龍の一匹が気まぐれにネオンにブレスを吐けば……

 仮に、その破壊の衝撃がリンカの居る白い部屋にまで及べば……


 前世の最後、俺はベルナとネオンの生存をただ祈った。

 もうあんな経験は御免だ。

 俺の嫌悪は俺が解決する。


 そのための力は、手中にある。


「これが聖剣……」


 さっきまでの俺ならあの三頭を倒すのは不可能だっただろう。

 しかし、今はこの白銀の魔力を有する魔への特攻がある。

 ネオンの一閃はブレスすら容易く無効化して見せた。


 あの力を再現できるのならば――勝機はある。


『お気に召していただけましたか? この剣は我々女神の技術の粋を集めて造り上げた勇者に相応しい破魔の剣です』

「勇者ってなんだよ? 御伽噺の英雄じゃあるまいし」

『この剣を持つに相応しい、勇気と誠実さを持つ担い手です。選考は私が行っています』


 胡散臭い話だ。

 ビステリアの球体の機械の体のように、聖剣自体がティルアートの肉体なのだろうか?

 それとも別の場所に本体があって、この剣は子機のようなものか?

 こいつらが人間を利用して何を企んでるのか知らねぇが、俺は俺のやりたいことをやるだけだ。


『それがこの剣を担う適性。貴方はその心を持っていませんが、ネオンの意志に添い私は貴方を勝たせましょう。まずは聖剣の使い方の説明から始めま――』

「必要ねぇよ」

『……どういう意味ですか?』


 三匹の龍と対面してんだ。

 説明なんか聞いてる余裕はねぇ。


 聖剣の技は知ってる。

 聖剣の効果は知ってる。

 その担い手の意志を覚えている。


「やぁ、久しぶりだね。ネル」


 彼方の過去で死んだはずの男は、俺を見ながらそう話しかけてくる。

 その表情は晴れやかで、態度は友人のように気さくだった。


「よく俺が分かったな【ヨハン】」

『ヨハン……? 貴方は一体何を見て――』


 そうか、これは俺にしか見えていないのか。

 当たり前だな。死人は蘇ったりしない。

 この光景は、この聖剣に剣技と共に封印された歴代の意識の逆流。


 つまり、ただの【情報】だ。


「そりゃ分かるさ。この剣に宿ってずっと見ていたんだから。僕は龍だった君を殺した。でも君は邪龍じゃなかった。今君の前に居るのはそれが少し心残りだったからかもね」

「そうか。別に俺は気にしてねぇけどな」

「関係ないさ。これは僕のプライドの問題だから。それじゃあ行くよネル、僕の真似をしてくれ」


 聖剣を携えたヨハンは、それを正眼に構える。

 ヨハンの言葉に従って、俺も同じ構えを取る。

 魔剣召喚は解除した。


 結構長くやり取りをしていたはずなんだがな……

 三頭の龍は様子を見ていた。

 おそらくは俺の手にあるこの聖剣を警戒しているのだろう。


 それとブレスが再度使えるようになるのを待ってるってところか。

 だったら俺も今の内に完成させよう。


 ヨハンの動きと魔力の移動を見て、真似る。

 聖剣を中心に渦巻く白い魔力。

 それは俺の体内の魔力を聖剣に通すことで発生する『魔力を拒絶する性質』を持つエネルギー。


 その魔力を切っ先に集め、刃の如く研ぎ澄ませる。


「ネル、僕は英雄にはなれなかった。僕は勇者じゃなかった。それでもネオンは……その先にある担い手たちに、きっと完成はあると信じている。だから少し、ネオンに手を貸してやってくれないか?」

「知るか。俺には俺の目的があって、俺には俺の人生の使い方がある。けど、ネオンには借りがある。その分くらいはあいつのために動いてやってもいい」

「そうか、それなら安心だな」


 ヨハンが剣を振り終える。

 それは間違いなく龍の俺を殺した剣術。

 見間違えるわけもない。


 俺はずっと、その剣技に魅了されていたのだから。


 武器の強さも、数の強さも、幸運すらも……強さは強さだ。


 俺はただその事実から目を背けていただけなのかもしれない。


 だが、今の俺はその強さを知っている。

 ベフトとソナのお陰で俺の武器と呼べる魔剣召喚は完成した。

 エルドたちやネオンに頼ることでアザブランシュと真面な勝負を行えた。


 だからもう嫉妬はしない。

 ただ俺は強欲に力を高める。


 ヨハンの動きを真似て、聖剣を振り終える。


魔理ディスペル断概スラッシュ


 故に、これはもう俺の力だ。


『あり得ない。たった数分、たった一太刀で……今の聖剣の最大値を引き出すなど……』

「ティルアート、礼代わりに教えてやるよ。俺の固有属性を」

『固有属性……? それは転生術式を成立させている属性のことですか……? 今この場でお教えいただけると?』


 属性とは、魔術の対象とするものの名だ。

 例えば『火』の属性を使えるようになるということは、火を対象に魔術を行使できるようになるということ。

 火を召喚したり、火を付与したり、火を動かしたり……


 覚醒してからずっと、今も、俺は俺の固有属性の意味を正確には理解できていなかった。

 だから転生術式以外にはその属性を使えなかった。

 俺の固有属性は攻撃性や防御効果をほぼ持たない、戦いとは無縁の属性。


 だが、その性質はこの聖剣とはすこぶる相性がいいらしい。


「俺の固有属性は【情報】だ」


 俺は俺の脳に納められた『情報きおく』を対象に魔術を発動させることで、転生術式を成立させている。


 これを応用することで、聖剣に納められた『情報いしき』を引き出すことができた。


「ティルアート、お前やビステリアが何を考えてるかとか、何を狙ってるかとか、俺はもうどうでもいい。取り敢えず、俺からお前への命令は一つだ」

『命令、ですか?』

「邪魔したらぶっ殺す」

『……………………』


 ビステリアの同種、機械にしては不思議なほどに長い沈黙。

 随分と長く溜めを作って、ティルアートは答えた。


『ビステリアの言う通りでした。貴方に聖剣を触れさせたのは間違いだった……』

「今更何言ってやがる。少なくともあの龍を倒すまではこの力は俺のモノだ」

『分かりました。それでは改めて、打算ではなく貴方を満足させるために、今から私は貴方をサポートします』

「都合のいい女で助かるよ」


 会話を終えた頃、龍が口を大きく開いていた。

 光が口元へ集束していく。

 黄金と白銀が混ざったようなそれが三つ。


 ブレスの再充填が終わったらしい。


『魔力逆流によるタイミングを修正。――3、』


 あの三本のブレスは【魔理断概ディスペルスラッシュ】じゃ破れない。

 二連はネオンの開発した技で、まだ聖剣に情報として蓄積されていないから引き出せない。

 それに例え引き出せても、二連を使ったネオンは意識不明で転がってるのが現実で、意味はねぇ。


 だったら、重ねろ。


 聖剣の力と俺の力、それを同時に使うだけじゃ意味はねぇんだ。

 一つに重ねることで、その力は俺だけのオリジナルになる。


「魔剣召喚」


 練習剣や骨の腕でやった時と同じだ。

 聖剣に重ねて宿す。


「龍太刀!」

『2……』


 白銀の剣の柄に、龍の鱗が纏われる。

 聖剣の性能を保持したままに、龍太刀の効果を加える。


 なんなんだろうな。

 さっきまで魔力も限界でヘロヘロだったのに。

 今は魔力も気力もみなぎってくる。


 ヨハンを見たからか?

 自分の食わず嫌いを認めたからか?

 それともただ、今この手にある絶大な力に酔いしれているだけか?


 頭の中で、何人もの人間の顔がフラッシュバックする。

 今この時に、俺の全ての生涯が集約されているかのような。

 ははっ、これじゃまるで走馬灯じゃねぇか。


 ここまでやったならまぁいいか……って、昔の俺なら言ってたはずだ。

 なのに今は、リンカやネオンや……死んでいった魔獣エルドたちの顔が頭にこびりついている。


 俺はまだ死にたくねぇらしい。


 だから――


「お前が代わりに死んでくれ」

『1、0――来ます!』

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」


 白金の輝きが視界を埋める。

 その絶大な光量の全てが俺を溶かせる熱を持っていた。

 魔理断概ディスペルスラッシュだけではその一本を消すことしかできない。


 ならば、その刀身を拡張すればよい。


 龍太刀は刀身を拡張し切断能力と貫通能力に特化した、斬撃を飛ばす技。


 龍を断つための剣技。

 魔を拒むための剣技。


 この二つの奥義を混ぜ合わせる!



「聖剣終奥――龍魔断概りゅうまだんがい!」



 白い魔力の刃が刀身より放たれ、遠隔の斬撃を射出する。

 それは龍のブレスを容易く切り裂き、裂いた傍から霧散させていく。



 そしてその一太刀は、ブレスを吐くため硬直していた龍の首を三つ纏めて。


 いとも容易く――斬り落とした。



『聖剣の一閃は破魔の一撃。とはいえそれがなくとも、首と胴が離れれば流石のアザブランシュも再生はできないでしょう。お見事でした、貴方の評価を修正しなければならないようです』

「世辞はいい。少し休む」

『えぇ、存分に。迎えも丁度到着いたしました』


 突然強烈な疲労感と眠気が襲って来た。

 飛行魔術がキャンセルされ、俺の身体は落下を始めた。

 逆さになった体で足の先の空を見ると、黄金の魔力の残滓が走っていた。


 どうやら俺は無意識に逆流を使っていたらしい。


 クソ、あの走馬灯はそのせいか……


 そう思っていると俺の身体を温かい何かが包む。

 それは俺の身体を抱き締めたまま、ゆるやかに地面に着地する。


「ネル様、何度も助けていただいてありがとうございました。今度は私が貴方を守ります」


 それはどんな極上の布団や枕よりも上等で、温もりを感じさせるものだった。



 俺はまだ死んでいない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?