「ピピ――」
そんな電子音を響かせながら斬りかかって来る機械の剣士の斬撃を魔力で強化した刃で受け流す。
身体強化の応用によって剣に魔力を薄く纏わせることで、同じように魔力を纏った剣を扱ってくるこいつと対等に剣戟を交えることができる。
だが、やはりこいつの技術は卓越していた。
「ッチ、剣術の腕だけで言ったら師匠に並ぶな……」
『師匠……?』
「剣術の師匠だよ。剣聖タガレ・ゲンサイ」
『なるほど……確かにこの機兵の技術は構造的に世界に七人しかいない剣聖にすら並ぶ領域にあるでしょう』
数百、数千という過去の剣豪の記憶をディープラーニングによって学習し剣士として完成された人工知能を保有するその機兵はこのダンジョンに存在する全機兵中最強の白兵戦闘能力を持つ。
こいつの特筆すべき構造は三つ。
その一、通常の人間の三倍近い骨格。
それはつまり膂力において人間を超えているということだ。
その二、魔力を断つ斬撃。
聖光と違って無効化している訳じゃないが、攻撃魔術は基本的に無傷に終わる。
その三、脳。
そんな基礎スペックを持ちながら一番
だが、それは所詮『剣士』としての性能でしかなく、こいつが元にしたであろう剣士の技巧は再現できても術式を再現できるわけじゃない。
こいつには剣以外に武装はなく、魔術的な攻撃手段を使ってくる気配もない。
あの時はピラミッド型と共闘されたせいと、ヤミを守る必要があったから使えなかったが……
「この斬撃も斬れるもんなら斬ってみやがれ。終奥――」
その一撃は俺の持つあらゆる術式の中で最強の切断能力を誇る。
お前が幾ら古代の剣士の戦術データをインプットしているとしても、それは所詮『剣術』に限った話。
タガレ・ゲンサイがそうであるように。
マミヤ・カエデがそうであるように。
他の、今まで出会って来たあらゆる強い剣士がそうであったように……
熟達した剣士は己の剣技に術式を混ぜて扱う。
魔力というエネルギーを剣術へ転換する機構が欠けたお前には、その本領は再現できない。
「――龍太刀」
放った斬撃は剣士の機兵、
「ピピ――」
そしてそのまま、刀ごと身体を上下に別った。
その程度の魔力による武装強化でこの奥義は打ち破れない。
「これで全種撃破だな」
シルヴィアと共闘を決めてから一月。
リンカを待つ間、そしてシルヴィアが準備を進める間に、俺は全ての
たった四体のガーディアンに一月も掛かったのは、ビステリアから機械について学んでいたからだ。
敵を分析する能力も強さの一環。
それに、機械という存在に対する理解を深めることで俺の強化にも繋がる可能性があると思った。
機械ってのは中々面白い。
人工物であるにも関わらずスイッチ一つで大規模な運動を可能にする。
その果てにはこのダンジョンを創った機構や、ここのガーディアンのようなものを造るに至る。
ちなみにその最上位がビステリアらしい。
ここに存在する技術レベルよりはるか上を行くのが自分だと自称していた。
過去に存在したのであろうこの文明が保有する技術レベルは、ビステリアに使われている技術と比較するとかなり低次元なもらしい。
まぁ、俺には違いなんかほぼ分かんねぇけど……
親父が求めている第六階層の遺物というのも、科学技術によって造られた機械のことなんだろう。
『ネル、貴方がこの機兵に負ける可能性は極めて低かった。故に、ここへ呼び寄せましたが構いませんね?』
「あぁ、あいつに会えるのは楽しみ……」
「私も楽しみでしたよ。ネル様」
塔の入り口から声が掛かる。
それは六年近く聞いていなかったはずの声なのに、誰のものなのかは一瞬で理解できた。
「早かったな、リンカ」
「そうですか? 三週間もかかりました」
「俺五年掛かったし」
『それは貴方が使い難い耐水魔道具に拘ったせいですよ』
「シュリアさんに色々と用立てて貰ったので。一人ならもっと早く来れたと思うのですが……」
リンカの後ろからゾロゾロと見知った顔が姿を現す。
シルヴィア、シャルロット、ケネン、バレッタ、コーズ。
王子王女の使用人っぽいのが一人ずつ。
確か最大十人まで近くに居た奴にも次の階層への侵入権限が与えられるんだったっけか。
後はミラエルとカエデも姿を現す。
「役者は揃いましたね」
一歩前に出たシルヴィアがそう言いながら手を広げる。
「みんなには既に事情は説明しているわ。ネル、君から何か言うことはある?」
「いいのかお前ら? 俺は王になる気はないし、お前らを王にするつもりもねぇぞ?」
こいつらの協力がなくても俺とリンカでこの階層を突破するつもりだ。
だが、この階層の
「いいわよ。ていうかそもそもお父様にその気がないなら私たちに勝ち目なんかないし」
「私はもう王に執着する必要がなくなったからな。バレッタと共に居られればそれでいい」
「私は探求がしたいだけだ。このダンジョンを攻略せぬことにはそれも叶わん。進歩には損得を捨てた方が良い時もある」
「僕も、ネルと戦ってから王様とかより魔術とか剣術の方が楽しいから」
どうやらこいつらも、ちゃんとした意志を持った上でここに居るらしい。
「ダジルお兄様はどうする? もう争う理由もないでしょ?」
「却下。俺あいつ嫌いだから」
「子供みたいな理由ね」
「つか必要ねぇよ。塔の問題さえクリアできるなら、メインは俺が壊す」
そもそも俺がこのダンジョンへ来た目的は……
いや、俺という生命体の目的はずっと同じ。
【世界最強】。
それに至るため、俺はより強い相手と戦わなければならない。
「それじゃあこの面子でいいわね。決行はいつがいい?」
「俺はいつでもいい。お前らは?」
「自分の能力を深める時間が欲しい。少し待ってくれ」
「私も、ちょっと貯蓄しておきたいし」
「僕はいつでもいいよ。師匠は?」
「いつでも問題ありません」
「私は今からでも構いませんよ、ネル様」
ケネンの能力は最近芽生えたものだから少し時間が欲しいようだ。
シャルロットも何か準備を要するらしい。多分、シュリアの商会から使えそうな魔道具とかを見繕ってくれるとかその辺りだろう。
「コーズお兄様はどうですか?」
「ん? 好きにしてくれ。どうせ私にできることは何もない。私はこの階層の見学でもしておくさ」
コーズは戦闘要員じゃねぇからな。
後ろ盾を考えても戦闘に参加させる必要はないだろう。
まぁ分析官としては使えそうだし、シルヴィアが選んだんのも使える場面があるかもしれないってことなんだろう。
「ケネン、シャルロット、どんくらい掛かる?」
俺の問いに二人は指を二本立てた。
「「二週間」」
「おっけ、二週間後に決行だ」
「配置とか作戦は私が決めていいわよね?」
「あぁ、好きにしてくれ。俺はアガナドとタイマンできりゃそれでいい」
「分かったわ」
「そんじゃ解散」
俺がそう言うと殆どが転移でダンジョン外へ出て行った。
残ったのはミラエル、カエデ、リンカの三人。
「ミラエル、貴方は修行の続きです」
「えー? ネルと手合わせした方が修行になるくない?」
「ミラエル、貴方の師匠は誰ですか?」
「そりゃ、カエデちゃんだよ」
「では、行きますよ」
「はいはい」
そう言って二人は塔を出て行く。
この階層を探索するようだ。
「ネル様」
「おう、久しぶり」
「あの人たち要りますか? この階層の概要は聞きました。私が全部の塔を一時間以内に攻略すればいいんですよね?」
「違う。塔の
塔のガーディアンには復活機能だけじゃなく再生機能もある。
アガナドも同じだろうから結界が再構築された時点でダメージも消えると見た方がいいだろう。
要するに、全部の塔を同時攻略するのが俺にとって一番都合が良い状況だ。
「なるほど……」
「それに俺が負けた時はお前がアガナドを倒せ。疲弊してたら無理だろ?」
「それは……」
「もし俺が負けるようなことがあればお前が他の王子や王女を守ってやってくれ」
「無理ですよ。ネル様が勝てない相手に私が勝つなんて……」
「そいつは……どうだろうな……」
リンカの身体が溢れる魔力は完全に統制されている。
それはまるで熟練の魔術師を思わせるほどに。
だが、こいつの真骨頂は獣化による身体能力の増加。
そしてビステリアが与えたであろう勇者の力。
こいつの性能が俺を超えている可能性は十分に存在する。
少なくとも俺にはそう見えた。
「お前ともその内戦いてぇな」
「私もネル様と手合わせしたいです」
「ふっ、まぁ今はこのダンジョンの攻略の方が優先順位が高い。手伝ってくれるんだろ?」
「はい。でも、勝ってくださいね」
「負ける気はねぇよ」
◆
たった一人の人間に私がここまで固執する理由を私は言語化できていない。
恋愛? 尊敬? 親孝行?
どれも正しいようで、どれも間違っているような気がする。
もう少し男性経験が欲しいな。
でもあの人以外に興味が湧かない。
まぁいい。
今はただ与えられた仕事を熟すだけ。
正直私にはこういうのが性に合っているのだと思う。
私が古代型迷宮【銀庫】の第五階層に到達してから二週間。
作戦は決行された。
東西南北に存在する各塔にはシルヴィアという王女によって選定された強者が向かっている。
私、マミヤ・カエデ、ミラエル王子、ケネン王子。
その四人を中心に塔を攻略する予定だ。
私の仕事は東の塔に居る
だけど苦労はしないだろう。
二週間の準備期間で何度も倒した敵だ。
そんなことを考えていると塔の前に付いた。
シュリアさんが用立ててくれた『腕時計』に目を落とすと作戦時間丁度だった。
ネル様の制限時間を長くするため、倒すタイミングはできるだけ合わせる必要がある。
でも多分、私が一番早く終わるけど……
「さてと」
そう思いながら中へ入ると――
「えっと、どなたですか?」
三角錐の形状をしたそのガーディアンは、数百本の黄金の剣によって串刺しにされ、破壊され尽くしていた。
その光景の中心には一人の女性が居た。
黒い制服に身を包んだ黒髪の女性。
「こんにちは、リンカさん」
その女性は私を見るなり気さくな雰囲気でそう声を掛けてきた。
「貴女は?」
「私はヤミ・グラレスと申します。王宮の図書館で司書をしている身です。私は貴女を殺しに来ました」
その言葉と同時に彼女の手にした杖の先端から光の弾が発射された。