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65「同列者」


 石集め……?


 その場に居た全員の頭の上に疑問符が浮かんだことだろう。

 そんな様子を見ながら、ヒオリはニコニコとしたまま説明を続けた。


「参加者の皆さまには今からこれを配ります」


 ヒオリが鞄から取り出した物は、三角形に近い木製の板のような形状をしていた。

 その中心部には三つのくぼみがあり、その内の一つには真珠のような白い玉がはまっている。


「この板に同様の石を三つ揃え、ここへ持ってきてください。それを成し遂げた方を剣聖といたします」

「待て、参加者は十四人だ。その板を全員に配っても三つの石を揃えられるのは四人までだろう? 剣聖は七人居なければならないはずだ」


 そう言ったのは確かアイツキ・ナギサとかいう剣聖だ。

 藍色の髪をなびかせ、知性を感じさせる鋭い瞳でヒオリを見ている。


「はい。仰る通りです。なのでこの石はこの森林に巣くう七体の魔獣が食っています。アマツ様が選ばれた強力な魔獣なので、探すのはそう苦労しないかと」

「なるほど……理解した。話を遮ってすまない」

「いえいえ」


 アマツの選んだ強い魔獣が持ってるね……

 逆だろ……


 あの石はどう見ても俺が拾っ【赫蒼合銀ミスリル】だ。【赫蒼合銀ミスリル】には魔獣の進化を促す力がある。

 それを仕込んだのはあの爺さんだったってわけだ。

 始まりの剣聖……まさか女神のパーツまで持ってるとは。

 もっと期待できそうだ。


「それとこの建物への攻撃は原則禁止です。破られた場合、その方は参加資格を失いますのでお気をつけください。同様に、この建物内部での戦闘行為もお控えください。ここには審判である私を含め王族の方も滞在するので壊されると困ります」


 安全地帯ってわけか。

 折角俺が(ビステリアとエルドたちが)建てた屋敷をぶっ壊されるのは気分が悪い。

 そうならないなら良かった。


「魔獣からの攻撃に関しては私が守るから安心して欲しい」


 そう言ったのはゼンマだった。

 なるほど、それでこいつがここに居るわけか。


「加えてこの森林から外に出ることもルール違反として即失格とします。森林全体には感知用の結界があり、誰が外に出たかは分かる仕組みになっています」

「ということはこの屋敷は安全地帯ということか?」

「はい。ですがこの屋敷内では石は手に入りませんので、石を入手するには外へ出なければなりません」

「了解した」


 タガレ・ミヤツグの問いにヒオリは表情を崩さず答える。


「でもいつでも来てください。食事は提供できますから」


 リョウマもまたヒオリほどではないが、営業スマイルでそう言っていた。

 ここにいるのは殆どが剣の達人だ。

 ヤミは少し例外かもしれないが、それでもこの場に居る全員が内包する魔力の圧は普通の奴を気絶させちまうくらいの力はある。


 その状況で、リョウマは気圧されなくなっていた。

 俺と出会った頃よりかなり肝が据わってる。


 けど、あのヒオリって女は魔力なんて殆ど感じないのに余裕の笑みを一切崩していない。冒険者ギルドの職員ってのはそういうモンなのかね?


「他にご質問などはありますか?」

「石が破壊された場合どうなりますか?」

「石を持ったままこの屋敷に引きこもる奴がでたらどうすんだ?」


 一つ目の質問はマシロ・リョウカという盲目の剣聖から、二つ目の質問はゲジョウ・トーヤという粗野が目立つ剣聖から、それぞれ出されたものだ。


「この石を破壊することは不可能だと思いますが、万が一そうなった場合は石の破片を最初に持ってきた方に変わりの石をお渡しします」

「承知しました」


 ヨスナでも解析不可能だった女神の欠片パーツだ。

 破壊するのは俺でも不可能だろう。

 製造や加工が可能なのは女神くらいなんじゃないだろうか。


「そして二つ目の質問ですが、この屋敷内の食料も無限ではありません。ここに常駐したとしても食料調達のために何れ外に出る必要があるでしょう」

「申し訳ありませんが、他の参加者が持ち込んだ食料はその方の許可がない限り他の参加者には提供しません」

「なるほどね」


 リョウマがそう付け加える。


「他にご質問は?」


 誰からも声は上がらなかった。


「私はここに常駐しますので何かあれば都度聞きに来てください」


 そう言って一息ついたヒオリは、笑みを崩さぬまま俺たちに向かって最後の問いを行った。


「これは試合ではありますが、剣聖を決めるための試練でもあります。皆さまの怪我、死亡につきましては自己責任とさせていただきます。なので最終確認をいたします。辞退される方はおられませんか?」


 ヒオリの言葉に応える声は一つも上がらなかった。


「では参加者の皆さま、どうぞお外へ。出た瞬間、始めとさせていただきます。この建物を破壊しないようお気をつけください」


 ヒオリの手が催促するように屋敷の出入口へ向く。

 それに従って各々が席より立ち上がる。


 俺は出口の真横の席に座っていたが、俺が立ち上がる気配を見せずにいると他の参加者たちは俺の横を通り抜けて外へ出て行く。


「ネル、一緒に行かない?」


 リアが俺の目の前で止まり、俺に右手を差し出す。

 椅子に座る俺に目線を合わせるように屈み、垂れた髪を右手で耳に掛けながら小首をかしげる。

 エルフがやるとそんな動作一つでも芸術作品のような高貴さを放つのだから参ったものだ。


「組んだ方が有利でしょ? このルール」


 確かに参加者の中でチームを作ることについて、ヒオリは一切言及しなかった。

 そもそも、それをしたとしても咎めるための監視装置がこの試合には存在しない。

 勝手にしろ、ってことなんだろう。


「そうだな……」


 正直どっちでもいい。

 リアとも戦いたいが、それは後半でいい。

 俺には暗庭紅聚蝙蝠アブラダヴァドから手に入れた石があるから、俺だけ二つ保持した状態でスタートできる。

 前半から焦る必要はない。


「ね? 行きましょ?」


 俺の肩に手を回すリアからなんだか女性特有の良い匂いがし始めて、もう思惑とか無視してついて行けばいいんじゃないか、なんて思考が頭を埋め始める。


「えー、でもなー」

「一緒に行った方が絶対効率いいわよ。一緒に迷宮探索してた頃より強くなったってところを見せてあげるわ」


 思い出すのはリアと初めて会った騎士の養成学校だ。

 王国が管理する迷宮の付随した学校で、俺は毎日迷宮探索をしていた。

 そんなところに現れたのがリアで、いつも一人だった俺は同じように一人だったリアに押される形で一緒に迷宮を探索することになった。


 結局、半年から一年くらい放課後は毎日一緒に居たんだっけ?


「分かったよ。行くか」


 そんな会話をしている傍をヨスナとアルが通り抜けていく。

 その時、一瞬だけヨスナと視線があった。

 あふれ出る闇属性の魔力を、しかし屋敷を壊さぬように無理矢理抑えたことで、ヨスナの周囲には超高密度の魔力が滞留している。


 そのままヨスナは何も言わずに外へ出て行った。


 続くようにリンカが外へ出て行く。一瞥もくれることなくリンカとヤミは無言のまま外へ。

 その後ろに居たネオンは俺の顔を見ると、微笑みを浮かべて手を振っていった。俺を俺と気が付いているのかは知らんが、相変わらず陽気な奴だ。


 その後も、他の参加者が出て行くのを見送って俺たちは最後に屋敷の外に出た。


 屋敷の周辺三十メートルほどの木を切り倒している。

 地形も平坦で見晴らしがよく、魔獣が近寄ってきてもすぐに分かるようにしてある。

 まだ他の参加者が出て行って数秒しか経ってないのに、彼らの姿はなかった。


 たった一人を除いて――


「他の皆は随分と急ぎ足ね」

「そうですね」


 肩の辺りで切り揃えられた黒い髪をなびかせながら、真っ黒な巫女服に身を包んだそいつは深淵のような瞳をリアへ向ける。

 となりにアルはいない。


「で、私になんか用?」

「貴方はネルのなんですか?」

「あらネルの知り合いなの? 何って言われても困るけど……」


 周囲には確かに誰の姿もない。

 平地を越えた森の奥から幾つもの視線を感じる。

 他の参加者たちは様子見ってところか。それか単純にヨスナの魔力にビビったか。


「あんたよりは仲の良い関係なんじゃない?」


 小馬鹿にするようにリアが笑う。

 その瞬間、戦いは開始された。


「多分、今回の戦いに参加している方の中でネルの次に強いのは貴方だと思います。だから貴方から潰させていただきますね。第四さいしゅう段階――【龍化の法ドラゴンフォース】!」


 あちゃ。最初っから全開だよ。

 そしてそれはリアも同じ。


「あはっ、私も思ってたのよ。面倒な石集めなんてせずに、さっさと全員倒しちゃった方が早いのにって。断絶空創【風雲幻想大界域エアリアル・ファンジア】!」


 黒い龍が天を覆うほどの巨体を現す。

 滞空するそれは、しかし即座に結界術に飲み込まれていく。

 それはリアとヨスナ以外の生物を弾くよう設定されていた。


 結界に押される形で、俺は屋敷の出入り口ギリギリまで下がる。

 外から見たリアの結界は、白い球体のような形状をしていた。

 触れると風で弾かれる。中へ入るにはこの結界を破壊するしかない。


 けどリアの結界を壊すためには『龍魔断概』が必要だ。

 つまり、今の俺には破壊できず、中へ入る手段はない。

 見物したかったが仕方ない。つうか一緒に行くんじゃねぇのかよ。


「ネル様」


 忍者のような無気配で俺の隣に姿を現したのは、茶髪の上に犬耳を生やした獣人。


「リンカか、俺に気が付いてたんだな」

「ビステリアさんからネル様の転生先は共有して貰っていましたから」

「プライバシーの侵害だろ」

「私に隠したいことがあるのですか?」

「ねぇよ。それでなんの用だ? 森の中から様子を伺ってたんじゃねぇのか?」

「最初から動くつもりはなかったのですが、これは少し予想外でした。まさか開戦と同時にリアファエスさんとヨスナさんがぶつかるなんて」

「困ってるところだ。あいつら俺抜きで勝手に始めやがって……」

「ちなみにどちらが勝つと思いますか?」


 リアとヨスナ、魔術的に考えれば二人はほぼ同じ境地まで達している。

 だが、二人は扱う系統も属性も全く違う。

 勝敗を分けるとすればその相性。


「俺が知ってることがあいつらの全てじゃないだろうけど、まぁリアが勝つだろうな」

「理由を聞いても?」

「リアの術式は空間内の気体を支配する。ドラゴンにとって呼吸を潰されるってのは致命的なんだよ」


 龍の生涯を経験したからこそ分かる。

 龍が持つ圧倒的な魔力量と魔力回復量は、その呼吸によって大気から大量の魔力を吸い込むことで行われている。

 言わずもがなブレスは息を吸い込まなければ使えない。


 だが、リアの結界術式は空間内の全ての『風』を操ることができる。


「なるほど」

「そういやお前、なんでネオンやヤミと一緒に居るんだ?」

「友達だからですよ。私が剣聖になりたいって言ったら付いてきてくれたんです」


 何故か視線を逸らしたリンカの耳元には、俺が使っているのと同じビステリアのインカムが見えた。


「友達ね。お前居なかったもんな、良かったじゃん」

「そうですね。心強いです」


 そんな会話をしている間も、目の前ではリアが造り出した結界が翡翠色の輝きを放っている。


「さてどうすっかな、ヨスナとも戦いたいんだけど……」

「同感です」


 頷きを一つ、リンカは拳へ力を集中させていく。

 それは聖光の力を内包しながら、同時に龍太刀の魔力循環を行っている。

 本来、龍太刀は他の術式と併用できない。

 だが、リンカが使う聖鎧はビステリアから与えられたもので、それが聖剣と同じ仕組みなら術式演算はビステリアが代行している可能性が高い。


 だから、龍太刀と併用できる。


 身体から放出された白と紫の魔力の渦は、リンカの体表を伝い拳へ集約されていく。

 集められた聖光を、龍太刀――リンカの拳を用いたそれは龍拳というらしい――によって射出する。


「ネル様、貴方と同じです。私もあの二人と戦いたい」


 それは俺の龍魔断概とほぼ同じ効果を有する拳撃だった。


「龍魔、一擲」


 力強く紡がれたその言葉と共に、リンカの拳がリアの結界へ向けて放たれる。


 白い魔力の奔流は、あらゆる魔術の破壊。

 弾丸のような白い魔力は、一切の抵抗力を無視して結界に風穴を開けた。

 リンカの龍魔一擲はリアの到達した結界術の最奥すらも、容易に貫く。


 バリ……バキ……パラ……


 結界が砕け、翡翠色の欠片が大地へ降り注ぐ。

 そしてその中より、見目麗しい二人の美女が直立の姿勢のままゆっくりと降りてくる。

 一方は黒い巫女服に身を包んだ大和撫子。もう一方は透き通るような黄金の髪と整った目鼻立ちをしたエルフ。

 風景と美貌が相まった幻想的な光景だった。


 だが――


「邪魔が入ったみたいね」

「そうですね。もう少しで殺せたのに残念です」

「馬鹿ね。このまま続けていたら勝っていたのは私よ」


 降り立つ二人の表情は、その神々しい雰囲気とは全くマッチしていない。

 獰猛でギラギラとした、捕食者の笑み。


 リアの右腕と、ヨスナの左頬にそれぞれ赤い線がある。

 どうやら俺の読みは外れ、ヨスナとリアの内部での戦闘はほぼ互角だったようだ。

 龍の形態をとっていたはずのヨスナは、中で呼吸が封じられたことを感知して人型へ姿を戻したのだろう。


 引きこもっていた時とは違う。

 この数十年で、ヨスナは確かな戦闘経験を手に入れている。


 二人共自分の傷口に触れながら治癒術式を発動させ、一撫でで傷跡は完全に消えた。


「それで、どんな理由で邪魔をしてくれたのかしら? そこの獣人」

「それは私からも問いたいところです。勝手な真似をしたからには、矛を向けられる覚悟があると、そういう了見でよろしいですね?」

「想定よりも早いですが問題はありません。今の私の力がお二方に到達しているのか、確認させて貰います」


 リアとヨスナの視線はリンカへ向く。

 その瞳には隠し切れない苛立ちが込められていた。



 ◆



 開始後、ほとんどの者が考えることは同じだった。


 まずは『様子見』だ。


 剣聖七人、挑戦者七人、そしてこの森には多くの強力な魔獣が生息している。

 ならば最初に戦うのは悪手だ。どれほど自分の技に自信を持っていたとしても、漁夫の利を狙われれば石を守り抜くことは難しい。

 他の者達の戦力がどれほどか、ほとんどの者は身を潜め、敵の力を探ろうとしていた。


 しかし、彼らの戦術を上から目線で嘲笑うかの如く、その三人は圧倒的な実力差を見せつけた。


 開戦と同時に発動されたのは『龍へ至る魔術』。

 そして、その対抗策として放たれたのは『世界を創造する魔術』。

 更に、そこへ向かって放たれたのは『あらゆる魔術を消す魔術』。


 剣聖、挑戦者に限らず、その場を観察していたほぼ全ての人間が直観した。



 ――【この戦いに勝利するためには、あの三人と戦ってはいけない】



 達人故に、彼らは己の力量を理解していた。

 達人故に、彼らは敵の強さを理解できる。


 故に、その心はその一合を見ただけで粉々に砕け散った。


 剣聖は思い知る。

 挑戦者は自分達の方だと。


 挑戦者は思い知る、あるいは知っていた。

 己が力では介入できない世界があると。


 三人、いや三体の怪物を見て、彼らの取った行動は一様に『逃走』だった。

 どんな行動が彼らの逆鱗に触れるか分からない。なんの拍子にその牙がこちらへ向くか分からない。

 目を付けられないように、少しでも距離を取る。



 争いは、同列の者同士でしか発生しない。

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