詳細は分からないが、単純な肉体のスペックを上げる。シンプルだが頼りになる。
本当にそうなのかは知らないが、それに近いものではあるはず。
(だが、もしそうだとしても化け猪に圧されているのはまだ目覚めたばかりだから。せめてまともな武器があれば……)
見た感じあの化け猪は化け熊より強い。
それを本能で察知していたからこそ、棚見は時間稼ぎと口にしたんだ。
こんな剣じゃ相手にならないって。
せめて武器……まともな武器がありさえすれば――。
そう思った瞬間だった、俺の手に握れているボロボロの剣が淡い光を放ち始めたのは。
(な、なんだいきなり!? ……いや、これは!)
さっきまでボロボロだったはずの剣、それが光が収まると、まるで新品かのような刃こぼれの無い鈍い輝きを放っていた。
これが、俺の……? いや、そんなことを考えてる時間はないッ!
「使えぇええッ!!」
「ッ!?」
ありったけの声で叫んだ俺は、手に持っていた剣を力一杯に見を振り回して投げた。
俺の力だから大した飛距離は出なかったが……。
「っ! サンキュー香月くん!」
棚見は化け猪の牙を両手で掴むと、その頭に蹴りを入れる。
――ブォオオオオオ!!?
ひるむイノシシを余所に、反動で後方へ下がる。
そのまま背後に落ちた剣を両手でガッチリと握りしめると、腰を落としたまま足に力を入れ――勢いよく飛びかかった。
「おらぁあああああッ!!」
気合の入った雄叫びと共に横薙ぎの一閃。
化け猪の牙ごと脳天から股間までを綺麗に切り裂いた。まさしく真っ二つに。
血をまき散らしながら二つに切り裂かれた肉体は、想像以上に静かに大地へと倒れていった。
「大丈夫かな?」
剣先でツンツンと化け猪の体を突くも、やはりその見た目通り何の反応も見せない。
「やった……、やったぜ~い! イエイイエイ!! オレ達のカッコイイデビュー戦がカッコよくコンプリートじゃん! ほら香月くんイエーイ!」
剣を放り投げて両手にピースの形を作りながらこっちに突きつけてくる。
制服に化け物の血が、べっとりとは言わないものの付着してるのに、それでいてやたら笑顔が眩しいのが不思議と爽やかに見えた。
(そんなに嬉しいことか? ……いや、そんなに嬉しいことなんだろうな)
ごくわずかな付き合いであるが、打算の見える性格とは思えない。やはり単純に感情を表に出すタイプなのかもしれない。
もしそうでなかったら俺が間抜けなだけだ。
(そうだな、しばらくはこのままでいいかもしれない。どのみちあんな化け物がいる世の中だってわかったんだ、戦力として必要なのかも)
少なくとも、俺の能力を完全に把握するまでは……。
先の事を考えていた時、不意に体に衝撃が走った。
「うお!?」
「へへ。やっぱさ、オレたちってマジイケてるコンビになりそうじゃない? コンビ芸だよ! コンビ芸……ってそれはなんか違うかな?」
何でこいつは急に抱き着いてきて頭の痛くなる事をほざいてるんだ?
ていうか暑苦しい!
「ちょ、ちょっとはな」
「離れろなんて寂しいじゃ~ん。今くらい一緒に喜ぶべ? ハッピーだよハッピー!」
「は、ハッピー?」
「そうそ、ハッピーだって! キャハハ!」
目を細めながら喜びを表すのは結構。で、それで抱きつくのは意味不明!
離れろ鬱陶しい!!
「離れろってんだ!!!」
「つれないにゃあ。……でもさ、香月くん? やっと普通に話してくれるようになったじゃん」
「………………ッ!?」
「しししっ。さっきはカッコよかったぜ? あんがと!」
◇◇◇
『これ返すね』
そう言ってさっきまで使ってた剣を再び渡して来た棚見、いやお前の方が適任だろう。
そう思って抗議の睨みを向けるも、口笛を吹くだけでさっさと道を歩き始めた。
一体奴の思考回路はどうなっているのか? 今日だけでそんな事を数回考えたが、答えはいつも考えるだけ無駄という結論だった。
とっくに答えが出ているのについ考え込んでしまうのは、こいつに振り回されてる証拠だろうか?
正直嫌になるな。
手に切った剣を見る。ボロボロだった刀身は今は新品同様。
これを俺が成したというのだから、いよいよもってファンタジーの実感が強く沸き上がってくる。
(こうなると俺の能力とやら物を新品に戻すってことか? いやそう決めつけるのはさすがに早いか)
こういう場合、転移物の小説だと……。
「……ステータス。ステータスオープン……」
聞こえないようにボソッと呟く。しかし、何も起こらない。
空中にゲームのようなステータス画面が表示されて、自分のスキルやら職業やらを閲覧出来たりするんじゃないかと思ったが……あてが外れてしまった。
俺だけが出来る特殊スキルで成り上がり! といきたかったが。
出来ないものにこだわっても仕方ない
俺たちをここに呼び寄せたあの女、やはり相当性格がねじ曲がってるんじゃないか?
せめて何が出来るかくらい教えろっての。
「見て見て! 森を抜けたぜ香月くん! はぁ綺麗だなぁ……」
しばらく歩いてやっと森の出口を通り抜けた。
夕陽も降りた森の中は薄暗く、正直あの状況で化け物に襲われたらひとたまりもなかったが、結局あの猪以来何も出会わなったな。
はしゃぐ棚見じゃないが、森を抜けた草原の夜空はきらびやかだった。
満天の星空。
言葉にするとなんてことはないが、都会育ちの俺にはテレビやネットの中の産物でしかなかったそれが、まさに頭上に輝いてる。
「イエーイ! やっぱラッキーじゃんオレたち! 明日もきっといい事あるって」
何がそんなに楽しいのか、天に手を掲げて一人でやいやい騒いでいた。
(調子のいい奴……)
でもこの光景は素直に興奮出来た。
それにもう一つ、幸運な出来事があったのだ。
「見てよ、向こうの方ピカピカしてるっしょ! あれ町だよ町! あ、でももしかしたら村かもね」
そう、森の出口からそう遠くない場所に町らしきものを見つけたのだ。
「町……か」
目的の一つを達成出来そうになって、感慨深いものを感じる。
とは言ってももう夜だ。町の散策だなんだっていうのは今日はもう諦めた方がいいだろう。
「よーし競争だドーン!!」
「……は?」
突拍子もないことを言い放ちながら急に走り出した棚見。
これだから陽キャは意味がわかんないんだ!
「くっ、くそ。こっちは剣持ってんだぞ……!」
別に張り合うつもりはないが素直にムカつく。
「ホラホラ、置いてくよー!」
散歩時の犬のようなはしゃぎっぷりで、俺を置いて奴は走り去っていく。
その後ろ悪態をつきながら俺も走っていくのだった。
◇◇◇
「着いたね~町。ま、入り口だけどさ」
「……はぁっ……! ひぃ……ぁあ……ぅ……!」
結局距離を開けられながらそれでもたどり着いた時、俺の息は上がっていた。
体育の授業でもここまで全身で呼吸するような感覚に陥った事は無いのに。
授業では疲れきれない程度に適当に手を抜いて走ったりしていたから、この感覚は本当に久しぶりだった。
こっちは剣を抜き身で持って走って来たんだぞ! 運動能力だってこいつの方が上なのに……!
抗議の目線を向ける。そんな俺に奴は肩に手を置いてきた。
「まぁまぁ、いい運動になったと思ってさ。ほら、今日はベッドでぐっすり眠ろうよ。せっかく町まで来たんだし。オレってつい最近までバイトとかしてたからちょっとしたお金持ちなんだよね~」
そう言って懐にしまってあった財布を取り出して見せて来た。
まあ、俺もはっきり言って疲れたしここは好意に甘えて……あっ。
「金……」