「ん? お金がどうかしたん?」
「日本円なんて、ここで役に立たないんじゃ……」
「…………あっ」
この時ばかりは俺もこいつも同じ心情だっただろうよ。
「ああ!!? オレたちってもしかしなくても無一文じゃん! ……どうすっぺ」
初めて見るこいつの困り顔。こんな奴でもこういう顔するんだなとか考えても仕方がないわけで。
これでじゃベッドどころか路地裏で一夜を明かすことになりかねん。どうしたものか……。
困り果てて何かないかと周りを見る。
……すると、手に持ってる剣に目がいき……。
◇◇◇
「ありがとうございましたー」
背中に店主の声を浴びながら店を出た俺達。
武器屋と思われる看板の店をくぐり抜けて、今日手に入れたばかりの剣を売っぱらう。
多少名残惜しいが、これも仕方ない。
一応俺の能力を使ってもう一度新品同様の状態で店主に見せた。
どうやらこの剣はこの辺りでは取り扱ってないものらしく、それなりにいい値段で売れた……と思う。
こっちの金の相場が今一つわからないから何とも言えないが。
「とりあえず今日のホテル代になったかな? どう思う?」
「……こういう町じゃホテルじゃなくて宿かもしれん」
傍から聞いたらどうでもいいようなやり取りをしながら、武器屋の店主についでに聞いた宿泊所の場所まで向かっていた。
「剣、売っちゃって良かったのかな?」
「金が無いんじゃ仕方ない」
せめて少しばかりの資金ぐらいおいて消えてくれたらよかったのに、あの妖しい連中め。
残った連中もきっと苦労することだろうな。
いや、もしかしたら売り物になるような道具を作れる能力を持った人間がいるかもしれない。
別に心配するわけじゃないが、同郷の人間が野垂れ死にしたりするんじゃないかと考えると思うところがある。
でもあの人数だったらいろんな能力で森も難なく抜けてこれるだろう、きっと。
ここいらで特に安い宿の扉を潜り抜ける。
「いらっしゃいませ」
若い女の店員の声が聞こえてきた。
入り口から入ってすぐのカウンターに立つ彼女に今日の宿泊の話をつければいいんだろうか。
「……あ、あの」
「お姉さん、今日二人で泊りたいんだけどぉオレ達ってあんまりお金持ってないんだよね。一番安い部屋って空いてる感じ?」
俺が言い終わる前に棚見が宿の状況について話を聞いていた。
さすがに口を開くのが早い男だ。
店員が料金の書かれた案内表を見せながら説明を始める。
「一番お安い部屋ですと一部屋開いていますが、ベッドが一つしかありません。申し訳ありませんがベッドが二つ以上でお安い部屋ですともう埋まっております。どうなさいますか?」
「どうする? 同じベッドで寝ちゃう?」
いや冗談じゃない、何が悲しくて野郎二人で寝なくちゃならないんだ。俺は全力で首を振った。
「ああ……。じゃあ床に布団とかって出来る?」
「可能です。その場合お部屋代も変わりませんが、本当に床に敷いてよろしいので?」
「まあ汚れてなかったらいいんじゃない? 野宿よりはマシだしね」
「承りました。では後程お布団の方はお部屋の方にお持ち致しますので、……こちらの鍵を持ってお先にお部屋へと上がられて下さい」
カウンターの下から鍵を取り出した女性店員は、その白い手に持った鍵をやさしく俺の手へと渡してきた。
「……」
「どったん? なんか難しい顔しちゃってさ」
「あ、いや。……あ、ありがとうございます」
受け取った鍵の部屋番号を確認して、部屋のある二階へと階段を上っていった。
……いやな記憶というのは不意の思い出すもんだな。
つまらない感傷に気分を落としたが、だからといってそのことで足を止めるわけでもなく、鍵と同じ番号が書かれたプレートのある部屋へとたどり着いた。
「では、お布団を敷きましたのでごゆっくりお寛ぎ下さい」
元が一人部屋だったので、床に布団を敷くとかなりスペースに余裕がなくなった。
とは言っても荷物なんてものもないから、あんまり影響もない。
そうだ荷物、結局学校に置いてきたままになってるな。
こっちで役立つものなんて入ってないから別にいいけど、鞄にしろ愛着はあったから寂しい気持ちはある。
「あ、お姉さん。オレ達ご飯食べたいんだけど~、安く食べられるところ知らない?」
飯か……。確かに腹は減ってる。
日中に心身ともに疲れていたはずの体、宿に来て落ち着きを取り戻した途端にそういったものがドっと押し寄せてきている。
とはいえ金に余裕は無い、ここの宿代も考えると大した物は食えそうにないな。
「でしたら当宿の一階で食堂を開いております。宿泊された方しかご利用できませんが、お安く提供させて頂いております」
「そなの? じゃあ後で覗いてみるね、今日はありがとう」
「いえ。ではこれにて失礼させていただきます」
若い店員が部屋を出て行く。
色々とあったが、後の事は腹の中に物を入れてから考えるべきか。
食欲を満たせる。そう考えると、他の欲求も出てくるものだ。
(風呂に入りたいな……。宿代に入ってたし、それでリフレッシュしたい)
疲れた体を湯船に沈めたい。多分、普段より気持ち良くなれる自信がある。
こういうことを考える程度の余裕は出て来た、先のことはまずそれから考えよう。
「香月くん、どっちに寝る? ベッド? それとも布団?」
「布団でいい」
俺は床の上に畳んでおいた布団の上に胡坐を掻いて座った。
ベッドの方が落ち着くのもあるけど、棚見もいるからな。
この部屋一人で使うには十分な広さだとはいえ、こうして胡坐掻いてるだけでも若干の圧迫感のようなものを感じる。
「……まあそういうならオレがベッド使うけど。でもいいん? こっちの方がフカフカだべ?」
「俺はいい。俺以上に今日動き回ったんだから、そっちが使えばいいだろ」
それが合理的っていうもんだ。肉体労働という点では俺はこの男程の働きをしていない。
後から恨まれたくもないし、ここはベッドを譲って疲労を回復してもらおう。
「マジ!? へへ、まさかそこまでオレの事考えてくれてるなんて……やっさしい~!」
一体何がおかしいのか、奴は目を細め、その特徴的な八重歯を見せながら笑顔を作っていた。
いちいち喜ぶようなことか? やっぱりこいつはわからないな。
「じゃ、香月くんの優しみを嚙みしめたところで! 飯食いに行こうぜ~」
「っ!? 急に腕引っ張るな! 靴ぐらい履かせろ!!」
「アハハ! いいじゃんいいじゃ~ん!」
「うわっこけ!?」
「あっ」
「……こ、この野郎……!」
「ご、ゴメンて」
◇◇◇
金を握りしめて一階にある食堂の扉を通った俺達。
ちょうど夕食にはいい時間帯だけあってか、それなりに人が集まっていた。
「いらっしゃい」
カウンターに立つ、いかにも食堂のおばちゃんといった風体の女性が声をかけてくる。
「どうも~」
棚見が軽く返事をして、そのままカウンターへと歩いて行ったので俺もそれについていく。
そうして席に着くと置かれているメニュー表に目をやる俺達。
思えば何の違和感もなく受け入れていたが、俺達こっちの文字を普通に読んでいるな。あの連中が俺達に魔法でも掛けたのだろうか?
最初に声が聞こえた時、あの時既に翻訳魔法的なものに掛かっていた可能性がある。