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第6話 特技が役に立つ

 だったらついでに金も……ってこんな事は考えても仕方ないか。


 やっぱ何から何まで手のひらの上って感じがして、いい気分にはならないな。


「で、何食べる? オレやっぱ肉かな~」


「一番安いスープの大盛りとパン。肉は欲しいけど、今は節約を優先したい」


「あ~やっぱそっか。じゃあオレもそれで」


 棚見が残念そうな声をあげるが、こればかりは仕方がない。

 今回はたまたま売るものがあったからいいが、金策を考えなければならない身の上なのは変わりがない。


 そう思って注文をしようとした時だ、棚見の隣の席から男の声が聞こえてきた。


「なぁ嬢ちゃん」


「……ん? あ、オレの事?」


「話聞くつもりなんてなかったんだけどな、金がねぇってんなら……どうよ、お酌してくれたら奢ってやってもいいぜ?」


 酒に酔って顔を赤らめた男が棚見を女だと勘違いして話しかけてきた。

 お嬢ちゃんって、男の恰好してんのに気づかないもんかね。……好きでそういう服着てるとでも思ってるのかもしれないが。


 こいつも女と間違えられて流石に怒るだろうな。酔っ払いに絡まれてご愁傷様だとは思うが、せめて俺が二人分注文してやるか。


「ん、いいよ」


「え? た、たな」


「まあま、任せときなって! ……じゃ、お兄さん。グラス持ってくれる?」


「おうよ!」


 いいのかよ。

 男の手元にあった酒瓶を持つと、掲げられたグラスにそっと注ぎ始めた。


「お兄さんお疲れ? まあ色々忙しいかもだけどさ、とりあえずこの一杯。これでスゥっと忘れなよ。ほぅら」


 声色さっきと違くないか? 酒を注ぐ手つきも品があるように見える。


「おっとっと。……いやあ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。労ってくれる奴ってのもいないもんだが、お嬢ちゃんに出会ってこうして貰えるなら心の垢も流せるってもんよ」


「あらら、そうなの? ならこの縁に乾杯、だね」


「ああ。……ぅう……かぁあ! ふぅ、安酒でも美人に入れて貰えりゃあ美味いもんだねぇ!」


「あは、いい飲みっぷり。……もう一杯ど?」


「お、いいのかい? ……よし、約束通り奢ってやる! おばちゃん、高い肉料理大盛りで食わせてやって!」


「ふふ、ありがとお兄さん。じゃあもう一度グラスお願い」


 随分とご機嫌になった男は声を上げて注文。

 ……こんなに上手くいくもんか? でも上手くいってるんだから現実は受け止めるべきか。


 しかしやたら酒飲みの扱いに慣れてるな。もしかしたら今時の陽キャってのはこれがデフォルトなのかも。……それともこいつだけ?


「香月くんもこういうの覚えとく? また良い思い出来るかもよ~」


「俺の顔と喋りじゃ一生無理だと思う」


「え~? オレ、いいと思うけどなぁ」


 こいつの感性も良くわからんな。


 ◇◇◇


「はぁ……。落ち着く」


 宿の風呂を借りて、やっと今日の疲れを癒す時間が来た。


 棚見に邪魔されたく無かったので、一人で入りに来たのは正解だった。


 丁度空いてる時間だったのか、風呂場はガランとしていて、この何とも言えない静寂がまた趣とやらを感じられて中々に気持ち良く過ごせそうだ。


「ほんと……色々あったぁ今日だけで」


 岩場の背もたれに身を鎮める。多少行儀が悪いが、今は誰もいないんだからいいだろう。


 空を見上げれば満天の星空。露天風呂というものに初めて入ったが、なるほど好きな人間が多い理由がわかったような気がする。


「あぁ気持ちいい……。環境が良いと癒されやすくなるというか、家の風呂とは違うな」


 独特の空間。それも今は独り占めしていると思えば満足出来る心持ちだ。


「……」


 今は声を出す気も起きない。何と言うか、そうするとこの時間にケチがつくような気がして。


 本当に色々大変な目にあった。小説のような体験だが、見るのとはワケが違った。


 我が家のような安心感がどこにも存在しない。可能性すらない世界に放り込まれて、不安しか抱けない。


 それでも、他人との協調性を持たず、持つこともできない俺は一人で歯を食いしばって行こうと思った。……それなのに今は二人旅。


 旅。そう言うには短い時間だが、そう言っていいくらいには濃い経験だったと思う。


 良い思い出にはならないだろうが、こちらで生き残っていくには必要だったのではと今なら思う。


(もし、俺が一人で旅を始めたなら……、あの森を通り抜けられなかっただろう)


 現在把握してる俺の能力はボロボロの剣を元通りにする、というもの。

 あくまでありのまま受け止めた場合のものに過ぎない。なにせ、データが全く足りてないのだ。


 確かに地球人目線ではすごい力だが、ここで生きていくには地味すぎるし限定的すぎる。


 データだ。とにかくデータが足りない。


 もしかしたら剣だけじゃなく、壊れた物ならなんでも元に戻せるのかもしれない。

 それならそれで修理屋という体で金銭を稼ぐことが出来るか……。


(でも、本当に元に戻すのが俺の能力なのか? もしそうだとしたらあんまり汎用性が無い。こんなファンタジー世界でやっていくには厳しいな)


 化け物相手に戦うには心もとないな。上等な武器を運よく修理出来ても、それを俺が扱うのは……。

 それに、そもそもあのローブの集団の目的だって疑わしいし……。


 ……今は考えても仕方ないか。

 せっかく風呂に入って一息ついてるのに、頭を悩ませるのも馬鹿らしくなる。


「……ふぅ」


 悩むのは明日でいいか。今はやっぱりこの瞬間に癒されたい。

 次はいつ入れるかも分からないんだから。


「…………」


 これだけ星が多いと空が明るく感じるな。これを知れたのは良かったと素直に思おう。


 ◇◇◇


「おかえり~。結構長風呂だったんじゃない?」


「あぁ。……まぁ気持ちよかったから」


 部屋に戻るとベッドの上で転がってる棚見が出迎えてきた。

 奴は俺よりも前に風呂に入っていた為か、今は俺と同じように宿で用意された寝間着に着替えていた。


「やっぱ一日中制服だと疲れるよね~。寝る時くらい軽~い恰好じゃないと癒されないっしょ」


「同意」


 布団に寝転がりながら、短くそう答えた。


 制服なんてのは学校に行ってる間しか着たくないのが俺の考えだ。

 部屋でゆったりしている時ぐらいは縁を切りたい。


 問題は借りた寝巻きを覗いて制服以外の服がないってことだ。

 買う余裕も無いし、そもそも着替えを入れておくバッグも持ち合わせていない。

 着替えがないから洗濯も出来無い。


 身の回りのことだけでこれだけの問題があるんだな。

 着ていたものを洗濯機に入れて、その間別の服を着る。

 当たり前の日常の動作がここでは機能しない。


 あらゆる面で余裕もない今の俺たちには、贅沢な悩みかもしれないが。

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