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第7話 夜明け

「でもさぁ……。やっぱ一人だけじゃ無理だったよね?」


「ん?」


「オレだけじゃ宿に泊まれなかったし、そもそもここまで来れなかったかもだし。やっぱ香月くんってスゲーじゃんか」


「! …………」


「あれ? もしかして照れちゃってる系? 香月くんってばかっわいい~」


「っさい……! もう寝ろ」


「は~い。香月くんも早く寝なね~」


 年季の入ったランプを消せば、暗闇と共に静寂も訪れた。

 と言っても完全に暗いわけではなく、窓から月明かりが漏れていた。

 見ているだけでやさし気にまどろみを誘うような光。


 明日も頑張れる。そう思わせてくれるような、そんな月の光……。


 ………………。


「……ん、オヤスミ」


 ◇◇◇


「いやーきっもちいい朝だね~! 今日も一日フレッシュ全開!」


「……そのテンションは朝からきついわ」


 宿の共同洗面台で顔を洗い終わった途端に隣で喚かれたせいで、こっちは新鮮な気持ちにいまいち慣れない。

 ただでさえ朝が苦手なのに、このテンションにつき合わせれるのはきつい。


「ほら、終わったら行くぞ。ここは自分の家じゃないんだから次使う奴に空けないと」


「あ、ちょっとまってよ。オールインワンとか使わないの? 顔洗ったんだし」


 キョトンとする棚見の手には何故かチューブが握られていた。こんなの持ってたのか?

 俺と同じ手ぶらだったはず、制服の内ポケットにでも入れてたのか。


「はい」


「……」


 自分に使い終わったそれを、今度は俺に渡して来た。

 ここで拒否するのもなんだと思い、受け取る事に。


「あんまり慣れた感じしないね」


「肌の手入れに興味が無いだけだ」


「え~もったいない。結構キレイな肌してんじゃん、大事にしないとだぜ」


 こういう細かいところでもやっぱり陽キャとの考えの違いを見せつけられた気分。

 ……ただ、せっかくの褒め言葉は素直に受け取る事に。



「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」


 受付の店員に鍵を返し、料金を払って店を出た。


 外は気持ち良く朝日が出ていて、人の往来も穏やかながら活き活きと感じる。


「ご飯食べなくてよかったん? 折角朝から食堂してんのに」


「だから昨日たくさん食べたんだ。金も心もとないから、飯を抜ける時は抜いて節約しないと」


「ああそうなんだ。でもどこかでパンぐらい買っとこうぜ。ほらいつ食べられるかもわかんないし」


 奴の意見も最もだ。

 だけど今優先したいのは情報収集だった。


 俺が町を目指して何よりの目的。それはとにかく情報を手に入れる事だった。

 井戸端会議レベルでも構わない。知らないことが多すぎるのが問題なんだ。


 俺はこの辺りの地理すら知らない。今自分が何処に居るのかすら把握出来ていないのは今後に大きな支障が生まれる。


 具体的なこちらの事情を言ってくれなかったあのローブ連中のせいでこんな事をしなくちゃならないのは癪だが、今はそれも仕方がないから受け入れる。


 ……本当なら棚見をここで撒く予定だったが、しばらくは様子見だ。


「なぁ棚見、これから……。あれ? 棚見?」



「お姉さんそれ重そうじゃん。家まで運ぼっか?」


「ん? 手伝ってくれるんなら歓迎だけどね。嬢ちゃん、こんな見た目の女はおばちゃんって言うもんだよ。ま、嬉しくないって言ってら嘘だけどさ」


「そう? まだまだお姉さんでもイケる感じに肌ツルツルしてるじゃん。だからオレが手伝ってもっとお姉さんの期間を延ばしてあげちゃうよ」


「上手い事言うもんだね、気に入った。あたしパン屋やってんだ、御礼に後で好きなの持っていきなよ」


「マジ? じゃあ友達の分もオッケーな感じ?」


「大歓迎さ」


「やり! そうと決まったらオレ張り切って運んじゃうよ~」


 辺りを見渡すと、棚見はいつの間にか見知らぬ女性の荷物を運んでいた。

 お、落ち着きの無い奴というかコミュ力が有り余ってるというか……。


「香月くんも手伝っちゃって~! ほっぺた落ちちゃう系の美味しいやつ食わせてくれるって」


「ははは! あんたってばほんとに嬉しい事言ってくれるね」


 ……情報収集、あいつに任せた方が上手くいくかもしれない。


 ◇◇◇


「いや~悪いねお姉さん、ホントこんなに貰っちゃっていいの?」


「別にいいさ、店に出せない出来損ないだしね。それにいうほど量も無いと思うけど」


「ほとんど文無しのオレ達にとっちゃこれだけでも大量だよ。なんかこれだけだと申し訳ないみたいな? 肩でも揉んじゃおっか!」


「いいさいいさ。肩ならうちの亭主に毎日揉んでもらってるからね。仕事取ってやらないでやってよ」


「あら? 中々アツいじゃん、うらやま。そうすると円満の秘訣ってやつが聞きたくなっちゃうかな~」


 そんな会話を他所に、俺はパン屋の女性を手伝った礼として焼きたてのパンが入った紙袋を覗き込んでいた。

 この匂い。やっぱり食欲を誘って仕方がないな。


 しかしまさかこんな事になるとは、節約する予定だったが思わぬ幸運だ。

 男二人で食べるにしても、昼飯分ぐらいは余裕にある。こんなに貰えるなんて、棚見じゃないが申し訳ないくらいだ。


「……ってなもんさ。別に大した話じゃないだろ? 要は気が合った上でお互い気を合わせるのさ」


「いや大した話だって。まずそんな相手に出会うのが難しいっしょ? でもこんないいアドバイスまで貰っちゃってさ、ラッキー過ぎて明日は風邪ひくかも」


「こっちこそ楽しくおしゃべり出来たからお相子さ。……そっちのあんたも、こんないい相棒持てて果報者じゃないか。大事にしてやんなよ」


「は、はぁ……ど、どうも」


 やっぱりこのおばちゃんどっか勘違いしないか? 一々訂正するのもめんどくさいし、適当に合わせとくか。


「じゃあオレ達行くね。開店前に客でもないヤツがいつまでも居るもんじゃないし」


「ああ。あんた達この辺りの人間じゃないだろ? 何処行くのか知らないけど、またこの町に来ることがあったらここにおいで。おいしいパン作って待ってるからさ」


「あんがと! じゃあば~い」


「ど、どうも。お邪魔しました……」


 扉を開いて外へと出る。


「いや~気前のいいお姉さんに出会えて早速ハッピーじゃんか。このまま町もいい感じに旅しちゃう?」


「まさか。パンの入った紙袋だけ持って町を出ろって? 数分で化け物の餌食だろ」


「ははっだよね。……でもどうする? 何をすればいいかもわかんない感じじゃんオレ達。せめて分かりやすいモクヒョーってもんが欲しいんだよね~」


 言い分はわかる。しかし、そんな都合の良いものは無い。

 アンテナ張って町民の会話にすら気を付けて情報を集めなけれならない身の上だ。


 面倒だとは思うし、とにかく気が滅入るけれど。


 ……だが指標が欲しいのも事実。

 奴らは世界の危機だとか言ってても、どう危ないのかは話してない訳で。


 今は目先の物でもいい、何をすればいいのかを決めたい。


(せめて金。それから身を守る装備的なものが欲しいが……)



 そんなことを考えながら歩き続けていると、ふと視界に見覚えのあるローブ姿の人間を発見した。

 距離は遠い、視界の端に偶然映っただけだ。



「なあ、あいつ」


「あいつらの仲間じゃね? ちょっとついて行こうよ」


 同じように棚見も発見していたようだ。

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