気づかれないように距離を保ち、息を殺しながら後をついていく。
そのローブの人間は、あの時とは違ってフードをかぶってはいなかった。
他に違いといえばローブの色が黒では無くベージュだという事。
(これで単にローブを着ているだけの人間なら笑いものだが……)
今の俺達には何の情報も無い。僅かでも情報が手に入るチャンスなら賭けてみる価値はある。
しばらくするとその人物は路地裏へと消えていく、当然俺たちもついていくわけだが、場所が場所だけに余計慎重にならざるを得ない。
「どこまで行くんだろ?」
微かな声を出す棚見。慎重さを優先して行動しているので、正直なところ俺は緊張している。
もしかしたらこいつもそうなのかもしれない。
ともかく、俺はこの尾行が早く終わる事を願った。
人生初の尾行に心臓をバクバクとさせながらも、ついに実る瞬間が訪れた。
「あ、なんか建物に入ってったぜ」
路地裏を抜けた先、陽の当たる場所へと出たそのローブ人間は、とある建物へと入っていった。
白さの目立つ、清潔感のあるそれなりに大きな建物だ。屋敷と言っていいかもしれん。
建物の屋根にはモニュメントのような物が飾られており、その存在感を際立たせている。
どこかで見た、あれは……。
「あれってオレ達が出て来た神殿的なのにも無かった?」
確かに、言われてみれば似たようなものを見たような気がする。
あの時は深く神殿の探索しておらず、神殿の外観もロクに見ていなかったから自信は無いが。
「やっぱり……教会、なのか?」
「だね~。でもこんな町中にあるなんて、ね」
そんな感想を抱きながら、俺たちはその建物に近づいていくことにした。
「どうする? 中入ってみようか?」
「いや待て。中がどうなってるか分からないし、人目がつかないからって襲われたりするかもしれない」
「う~ん……。じゃあ裏に回って窓から様子でも?」
「うぅん……」
それはそれで危険なような気もする。
俺達を呼び出した以上、危害は加えない。とも確実に言えはしない。
何者かわからない連中のアジトに深く関わらない方がいいとも思うが、しかし現状の打開に繋がる可能性もあるのも事実。
リスクを取るべきか……?
悩んでいる俺達だったが、玄関の扉が開く音が聞こえて、そちらへと顔を向いた。
「お待ちしておりました、救世主様方。立ち話もなんですし、どうぞ中へとお入り下さい」
出てきたのは若い女性だった。
明らかに俺達を知っている素振りを見せ、中へと誘導している。
これで確定した、この中の連中はあのローブ集団と繋がりがある。
「やっぱウジウジ悩むんだって仕方ないし、いっそ飛び込もうよ! ほらなんて言うの? こけつに……こけ……」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言いたいのか?」
「そうそう、それそれ! ドーン行っちゃった方がいい事もあるって。何があったらオレが抱っこしてでも逃げるからさ」
「それはごめんだ。だが……お前の意見も一理ある、行こう」
せめて痛い目に合わないで欲しいが……。
そんな望みを抱きながら、招かれた客として身を投じるのだった。
◇◇◇
『こちらでお待ち下さい』
そんな事を言われて応接室のような場所に案内された俺達は、現在ソファーに座っている。
目の前のテーブルには紅茶の入ったカップとクッキーの載った皿。
得体の知れない連中の出した飯など食べたくないが……棚見は俺が止めるまでも無く、手を伸ばしていた。
「この紅茶イケてんじゃん! これセイロンかな? スッキリしてコクがあってぇ……」
何でこの状況でこんなのんきなんだ?
ある意味で羨ましいくらいだな、この気骨は。
大体、似たようななにかだろう普通に考えて。こっちにスリランカは無いはずだ。
「このクッキーもフワッとしてさ、いいよねこういう軽いかんじ」
いや知らん。
聞き流しながら、これからの事を思案する。
俺達の事を救世主だなんだと言っていたが、やっぱりなにかしらから救って欲しいからそんな事を言ってるんだよな。
相手はなんだ? 魔王か? 大災害か?
奴ら――正確にはリーダーらしき女――は言った、危機からの救済。
この場合の危機とは本当にこの世界に仇なすようなものなのか、それがわからない。
仮に目的を果たしたからといって、あいつらが家に帰してくれる保障も無い以上、ここで聞く話も全部真に受けない方がいいだろう。
敵ではないからといって、味方だと考える程俺は馬鹿になれない……ん!?
不意に頬に温かい物が当たった。
「な、なにすんだ?!」
「だってさ、ず~っとむつかしい顔しちゃってさ。紅茶冷めちゃうじゃん?」
「……考え事してんだからほ」
「ほっとけっていってもね。なるようにしかならないんだから……ほらグイっと」
飲みかけの紅茶のカップを当ててきた奴は、あっけからんとした顔。
「……」
先が見え無さ過ぎるこの状況で、考え過ぎても疲れるだけかもしれない。
奴の言葉じゃないが、勧められたようにテーブルのカップを手に取り口付ける事にした。
何が入ってるかもわからないからあんまり飲みたくないんだが……。
(あ、でも美味い。落ち着く……)
一口飲むだけでなんとなくスッキリしたような感じだ。
渋みが少ないからか? 飲みやすいな。あまり香りは強く無いが、悪くない。
「……褒めてどうすんだよ」
「なんか言った?」
「何でも……」
そんな他愛もないやり取りの最中、ついに部屋の扉は開かれた。
「お待たせ致しました」
入って来たのは金の長い髪に白い肌の若い男だ。……あれ、男だよな?
部屋の中だからかローブは着ていないが、恐らくこの組織の制服らしき白い服を着ていた。
テーブルの向こうのソファーに座る男は笑顔を見せ、こちらに対して敵意は無いと示している。……それが本心かはわからないが。
「おいしかったっス。いやぁ感謝感謝ってね」
「ご満足頂けたようで何よりです。どちらの品も、この辺りの名産品でお作りしたものでございますので、そのようなご感想を頂けて誇らしい限りですよ」
普通に味を感想を告げて、それに返す。
当たり前のようなやり取りをしている事に思うものもあるが、ここは無視しよう。
「で、でも何故俺達を」
「オレ達を中に入れたんすか? なぁんか放り出したり歓迎したり……正直良くわかんないす」
……何だ? 今の棚見の聞き方に引っかかりが……。
まあいいか、俺も聞きたかったし。
男? は申し訳なさそうに続けた。
「言いたい事はごもっとも。皆様方の立場を考えれば、こちらは不誠実かつ不透明な組織だとお考えになって当然のものと、こちらも受け止めております」
「ははっ、いや別にオレも元気元気にここまでやってこれたんで気にしてるってワケでもないんすけどね」
言い終えた時、何故かチラリと一瞬こちらに視線を向けて来た。
一体何だ……?