「そう言って頂けるとこちらとしても助かります。……さて、こちらの事情を離す前に自己紹介などをさせて頂いても?」
「え、ええ……」
「ありがとうございます。私はこちらで皆様方の説明役を任されております、リーラコーエル・グルーザッハと申しまして。以後、お見知りおきを」
やはりというか、ファンタジーな名前が飛び出してきた。
これだけでも、ここが日本とは明確に違う場所だと認識させられるな。
「あ、オレ棚見矢耕ねお兄さん。好きに呼んじゃってね……リーさんでいい? それともコーちゃんとか?」
「こちらもお好きにお呼び下さいませ。それでそちら様は……」
「……俺は」
「香月くんだぜ。よろしくしちゃってね!」
「はいカツキ様でございますね」
フルネームで名乗らせろよ。なんで見ず知らずの人間にいきなり下の名前で呼ばれなきゃならないんだよ……よし、ここはちゃんと訂正して……。
「いや俺は」
「でさ、結局そちらさんてどういうアレなワケ?」
遮られた!? 俺は若干驚いた顔で隣を見るも気づかない様子だ。
「では改めましてわたくし共についてお話致します」
そのまま話が続いてしまった為、もう訂正する事が出来なくなった。
……諦めて話を聞こう。
「我々は『マリシュエラ教会』という組織でございまして、一言でいえば……」
「宗教団体って事? やっぱそっかぁ」
「はい、ご理解頂けたようで何よりです。そして皆様方はそのマリシュエラ教の司教様の手でこちらへと召喚された、という訳にございます」
やはり宗教がらみの団体か。それだけで嫌な感じもするが、これ自体は想定内だから驚きは少ない。
第一印象が怪しいローブ集団の時点で覚悟していた事だ。
「シキョーサマって、あそこにいたの全員が?」
「いえ、そういう訳では。確かに司教様は何人かいらっしゃいますが、儀式を主導されていたのは御一人でございます」
じゃあ、あそこに居た他の連中は手下か。
笑顔を貼り付けた美人。近寄りがたい雰囲気を放っていた……というより関わってはロクな事になりそうな女が儀式とやらを起こしたって事か。
「そ、その……。あ、あの女の人って今は……?」
「あの方は既にこの地を発っておりますのでお会いする事は出来ません。もし御用が御有りなら直接総本部へと向かわれるしかありません」
「そ、そうですか……」
別に用は無い。文句はいくらでもあるが、あったらどんな目に合うかもわからないし。
「本部? それってこっから遠いのリーさん?」
「そうですね……。この国の首都である『セングラスト』に存在しておりまして、その場所はここから北西に向かって五百里といったところでしょうか」
里? 一里が約四キロだから……二千キロもあんのか!?
いや、この世界特有の単位でもっと近い場所にあるのかも……。
「そちらの世界の他の単位で申し上げてもよろしかったかもしれませんね。約二千キロメートルの地点に首都は存在します」
合ってた……。
というかやっぱりこいつら地球の知識がある程度持ってるな。
「ご安心下さい。翻訳魔法により、そちらの知識に合わせて単位などは互換性を持たせておりますので、今後混乱を招くような事はないかと」
「へぇ便利。ラッキーだね香月くん」
なんでそれで喜べるんだよ。
「でもそんなに離れてるなら帰るのも大変じゃないの?」
「いえ、司教様程の実力者ともなると転送魔法が使えますので。今頃はあちらで実務に当たっているかと」
俺達の事勝手に呼び出しておいて自分はさっさと日常業務に戻ってるのかよ。
やっぱムカつくな。
「さてやはり貴方様方が一番お聞きしたいのは――こちらでの御役目、ではありませんか?」
リーラコーエルの雰囲気が変わった。より真面目になった、とでも言えばいいか。
やっと、本題に入るようだ。
「単刀直入に言いますと――具体的な御役目は私も存じておりません」
「……は?」
「え? どゆこと?」
俺達二人して、頭の中が一瞬で疑問に埋め尽くされた。
俺達は旅の目的を知りたかったのに、それを組織の人間が知らないときた。
意味がわからない。
「非常に申し訳ありません。貴方様方に何をして欲しいのかは、司教様以上の人間しか知りえないのです。それでいて、私程度の地方侍祭では詳細を教えられておらず……。お力になれず、改めて謝罪申し上げます」
そう言って深々と頭を下げてきた。
「ええ? そう言ってもさ、こっちも世界の危機? だとかだけ言われて何すればいいのかわかりませんじゃ、ほとんど何も出来ないじゃないっすか」
不満丸出しの声を上げる棚見には俺も同意だ。
「お気持ちはごもっともです。ただ私が教えられたのは、旅をすればおのずと理解出来る、との事。それが何を指すのか私程度には何も」
なんか振り出しに戻った気分だ。
これからどうする? 旅をしろって言われても、こんな着の身着のままで何をしろって。
荷物といえばテーブルの上においた紙袋に入ったパンだけだぞ。
「みんな同じ事をすればいい……ってワケでも無さそうじゃん」
「おっしゃる通り、進む道はご自身で選ぶ他にありません。もしかしたら、行きつく先は同じなのやもしれませんが……」
どういう意味だ?
結局、この人も上の人間の手のひらで踊らされているだけって事か。
「ですが、旅のサポートをするようにも申し付かっております」
サポート?
「今後、私共の教会を訪ねられましたら宿としてご利用出来ます」
「え、マジ? やったね! これで野宿とかあんま考えなくてもよくなりそうじゃん」
まあ確かにそれは嬉しいが、でもそれだけじゃな。
「必要な情報も提供させて頂きます、それに加えこのような物もお渡しさせて頂きます」
そう言って、自分の座っていたソファーの隣に置いていた箱をテーブルの上に乗せた。
それを空けると中に入っていたのは――指輪?
「こ、これは……?」
「この指輪は当教会をご利用出来る証の役目があります。その上、お好きな物を収納する機能も備えた――いわゆるマジックアイテム、とでも言えばそちらには分かりやすいでしょうか?」
笑顔を崩さず、指輪について説明を始めるリーラコーエル。
「この指輪は特殊な術がかけられておりまして、収納した物品を劣化させる事なく持ち運びが可能です」
「え? それって……食べ物とか入れても腐らないって事?」
棚見の疑問に笑顔で返すと、彼はそのまま続けた。
「また、いくら収納しても重さは変化しませんのでご安心下さい」
それは凄いな。旅をするには必須アイテムじゃないか?
いや待て、それだけのものをタダで渡すのか……?
「み、見返りとかは……?」
「いえそのようなもの。救世主様方にお配りするように申し付かっておりますので、ご遠慮なく」
勘ぐってしまうが……しかし抗いがたい魅力がある。だけどやっぱり……。
「あ、ほんとだ! ねえねえ、パンが吸い込まれちゃったよ」
葛藤する俺を余所に、棚見が自分に左手の小指に嵌めてはしゃいでいた。
言われてみれば確かにテーブルの上の紙袋が無くなっている。
「ご満足頂けたようで。その指輪は最初に使用した人間を登録し、以後他の者が使う事が出来ませんので……」
「盗まれても悪い事に使えないんだ。へぇ~……」
何感心してんだ。
でも教会の利用証としても使えるんだよな、それって……。
「他の者が使おうとしても指に嵌める事が出来ません。自動で大きさが変動しますので。指に嵌めた状態でないと証としても御利用出来ません」
自動で大きさが変わるなんてな、流石ファンタジーだ。
デメリットがわからないが、メリットは大きい。いやでも……。
「考え込んじゃって……。手貸して」
「は?」
「はい嵌めちゃった~」
「ああ!?」
俺の了解も得ずに右手を取られて勝手に指輪を嵌められてしまった。