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第10話 旅の準備

「か、勝手に……」


「あ~、もしかして照れてる? じゃあ今度は彼女が出来た時にしてやんなよ。勿論左手に、さ」


(怒ってるんだ馬鹿! 大体大きなお世話だ!)


 小指に嵌った指輪を見て内心溜息を一つ。

 これ実は呪いとか掛かってないよな? 嫌な妄想だけは幾らでも思いつく自分も嫌。


 考えても仕方ない、こうなったら使い倒してやる。


「デザインもイイし、気に入っちゃったかな。へへ、オソロ~」


 俺は嬉しくないぞ。


「お気に召したようで、こちらも報われる気持ちです。また、その指輪の中には心ばかりの物を入れておきましたので、旅のお役に立てばと思います」


 どうやら中身は空じゃないらしい。とはいえ、それを一体どうやって確認しろと言うのか?

 俺が何を考えているのか分かっていたかのように、リーラコーエルは説明を始める。


「指輪を嵌めた状態で念じればよろしいのです。そうすれば脳内に直接中身が映し出されますので」


 困った、説明がいまいち説明じゃなかった。

 念じる? 念じるって何だ? 俺の人生において欠片もした事の無い行為だ。

 どうすればいいのか……?


「あ! へぇ、こんなのも入ってんの。お金も入れてくれてんじゃん、親切ぅ」


 隣では棚見がさも当たり前かのようにそれをなしていた。

 何故こいつはこういうことが出来る? ……なんか負けた気がしてムカつくな。

 試行錯誤の末、俺は指輪を睨みつける事にした。


 中身を見せろ。…………がっ!?


「ぅ……っ……!」


「え? 香月くんどうしたん? 急に口抑えちゃって」


 心配する声が飛んできたが、今はそれを気にする余裕もない。

 急に吐き気が込み上げてきた。これは一体?


「落ち着いてくださいカツキ様。その症状は初めて指輪を使用した方には良くある事なのです。今までにない未知の感覚に襲われますので、脳が混乱をきたして頭痛や吐き気などの症状を催すのです。……深呼吸して、飲み物を口にするとある程度気分も落ち着かれるかと」


 言われた通りにゆっくり深呼吸し、紅茶で喉を潤した。

 確かに徐々に落ち着いてきて……吐き気も収まったみたいだ。


「ビックリしたぜ、ほんと大丈夫なワケ?」


「私の方もご説明が足りず申し訳ありません」


 リーラコーエルは謝罪を口にしつつ、言葉を続けた。


「慣れさえすれば何も問題無く使用できるはずです。それに直接指輪を見る必要も無くなります」


 慣れかぁ。

 だとしたら何で棚見は初めてなのにこんなピンピンしてるんだ? 個人差って事か? ちょっとズルいな。


 まあいい。気分も落ち着いたことだし改めて指輪の中身を確認することにした。……でもしばらくはこの感覚に慣れそうにないな。


 頭を抑えつつも確認を続けると、確かにいろんなものが入っていた。


 さっき棚見が言ったように金の入った袋。ご丁寧に金額まで把握出来る。どうなってんだこれ?

 それ以外にも服を二着程、靴まで入ってるな。下着もある……女性物も入ってるのはこれを配るのは俺達だけじゃないからなんだろうな。


 まあそれはさておき、地図やテントなどの野営道具まであるから確かにこれは便利だ。

 他にもナイフやら剣やら槍やら、武器が一通りあるしそれに……。


「あら何これ、本? マドウショ……?」


「初心者向けに分かりやすく解説した本を入れておきました。興味が御有りでしたら是非活用なさって下さればと」


 地球から来た人間としては一番興味がそそられると言っても過言じゃないな。

 一応ありがたく活用させてもらうとしよう。まともに使えるようになるのはいつの事か分からないが、見て損は無いはずだ。


「さて、これで言付かった説明等は終了となりますが……他に何か気になることはございますでしょうか?」


 その言葉に間髪入れずに手を上げた隣のそいつ。

 俺も気になることはあるが、ここは棚見に譲る事にしよう。


「結局オレ達ってどんな力が使えるんすか? そのあたりあのシキョーサマから聞かされてないんで、気になってんのよね」


 これは素直に驚いた。俺も全く同じ質問をしようと思っていたからだ。

 それに対して、リーラコーエルは若干言いづらそうに返答を始める。


「……非常に申し訳ありませんが、皆様方がどのようなお力に目覚めたかはこちらも把握しておりません。実際にお使いになられるまでわからない、としかお答えする事が出来ない事をお許し下さい」


 目覚めた瞬間に教会が把握出来る、とかじゃないって事か。残念だ。

 いや、重要な情報を把握されてないと考え直す事にしよう。

 結局のところ俺はこの宗教団体を信用してないんだから、ここはポジティブに考えるべきか。


「ふ~ん。じゃあさ、オレ達以外にここに来たヤツっている?」


「それに関して言えば、お二人が初めてとなります。他の方々はまだこちらには到着なさってないご様子で、恐らく神殿の方におられるかと」


 そうか。いや確かに昨日連れて来られた時点で夕方だったわけだから、一晩そこで寝て過ごすのは悪い考えじゃないよな。


「そっかぁ。でも大変だよね、よく考えたら。あそこの森って熊とか猪とかの化け物が出るワケじゃん? みんな無事に来れるかなぁ」


 心配の表情が見て取れるのは、あそこに残してきた人間が全員こいつの知り合いだからだろうか。

 しかし化け物に関して言えば、俺達二人でも対処できたわけだし。人数の面を考えても然程問題は無いんじゃないのか。


「化け物……? 失礼ながら、あの森でそのようなものと本当に出会ったのですか?」


 今まで表情を崩さなかったリーラコーエルが初めて怪訝な表情を浮かべた。


「え? そうだけど、何かおかしいの?」


「私の知る限り、あの森は人に害をなす魔物の類は確認されていません。……しかし、そうですか」


 顎に手を当て、何か考えている様子。

 あの森はあれが普通だと思っていたが、異常事態が発生していたのか。


 ということは本当なら何の問題もなくこの町に来て、そして説明を受けるはずだったと。

 しかし何でそんなことが起きたのか? この辺りの事情を知らない俺にはいくら考えてもわかるはずもなかった。


 考えがまとまったのか、リーラコーエルは再び口を開いた。


「申し訳ありませんが、私は席を外させて頂きます。問題の森の状態をこちらで確認に行かなければならないようですので。他の救世主様方も直接お迎えに行く必要があるようです。……お二人はこのまま当教会を利用しても構いませんが、どうなさいますか?」


「あ、いや。オレ達はもう行こうかなって。ね、香月くん?」


「え? あっそ、そうです。どうも、ありがとうございました……」


「いえ、皆様のお役に立つことが我々の役目ですので。では、これにて失礼させて頂きます」


 それだけ言うと、この部屋は再び二人だけになってしまった。

 とはいえ、俺ももう行こうと思っていたから席から立つ。


「で、どうする? 町を見て回るか、それとも」


 神殿に戻るか。

 俺の知り合いは一人も居ないが、こいつに取っては知り合いばかりだ。

 安否が気になるんじゃないかと思う。その場合、俺はこの町に残る事にするが。何せ俺の知り合いじゃないしな、気まずい。


「向こうには戻らないかな」


 意外な答えだった。しかし何故?


「多分オレが行くよりもここの人達に任せた方が説明とか省けるし、安全だと思うからその方がいいんじゃない? それに~」


「な、なんだよ……?」


「オレが行っちゃったら香月くんがまた一人になっちゃうしね。オレってばやっさし~、ありがとうって言ってくれてもいいんだぜ」


 ニヤニヤする棚見を見てるとイラっとするが、ここで反論するのは奴の思う壺だ。

 敢えてそのまま流す事にした。


「……とりあえず町に戻るか」


「そだね~」


 そう言って俺達は部屋を後にしたのだった。

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