「で、どうする? 図らずも準備が出来上がってしまったし、このまま旅に出るか?」
「そうだね~……、とりま地図出してから行先決めない? やっぱドコ行くか決めてからの旅っしょ!」
言い分はもっともらしいが、こいつが言うとまるで旅行にでも行くかのようだ。
教会近くの公園のベンチに座り、指輪から地図を取り出す。
……初めてやったが本当に指輪から出てきたな。不思議な感覚だ、正直ちょっと酔いかけた。
それはともかく地図を二人で覗き込む、村の入り口に書いてあった名前からして俺たちが居るのはこの地点だ。わざわざ描いてくれたのか、赤い点で現在地が示されていた。
「あ、やっぱそっか」
「あ? 何がだよ?」
「オレ達が居るのってやっぱり山の中だったなって」
「あ、ああそうだな……」
納得したような顔をするが、どの時点でこいつは気づいてたんだろうか?
確かに言われて見れば山特有の気候を感じる……訳ないか、都会育ちで。
俺は山に登った経験が無いので違いは分からない。ということはこいつはそうじゃないんだろうな。
それは別にいいが、この付近にある目ぼしい場所は俺達が元々いた神殿くらいしかなさそうだ。
ここから近い村でも、それなりに距離がある上に下山しなきゃならない。
山頂付近の開けた場所にこの町があるとは言っても標高自体は高くなさそうだ、下山するにも然程苦労する事もなさそうだが……。
「とりあえずは下りてみない? それで近くの村に行って、それからまた別の場所行って~ってな感じでさ。オレいろんな場所行って美味しいもの食いたいな」
「やっぱり旅行感覚じゃないか……。大体、美味い物って……金はどうするんだよ? 手持ちに余裕が出来たって言っても稼がなきゃいつか尽きるぞ?」
「それはさ、やっぱバイト? その場所その場所で働くみたいな」
「バイトね。ま、確かにそれも一つの手だが。……いや、いっかそれでも。俺達は冒険者かもしれないが、わざわざ危ない橋を渡る必要も無いしな」
これがその手の小説とかだったら、ギルドらしき所に行って依頼を受けて……という感じで路銀を稼ぐんだろうが。
俺たちは冒険者としてはズブの素人だしな。力も無いうちに傭兵の真似事なんて、な。
「危ない橋って例えば?」
どうもこいつはその手の事に疎いらしく、お約束が分からないらしいな。
「依頼受けたりとか、魔物の素材集めて売ったりとか。まあ、つまりそういうことだ。でもお前が言ったようにバイトして稼げば……」
「いいねそれ! なんか面白そうじゃん、採用!」
「……は?」
いや、だから危ない橋を渡る必要なんて無いって今言ったばかりじゃないか!
「た、棚見お前な」
「せっかくだし、そういうのもやって行こうぜ! 何事も経験って言うじゃん? 学校じゃ教えてくれないオトナな社会勉強ってことでさ。お金稼げて美味しいもの食べて、一石二鳥! ……あ、この場合三鳥か。じゃサンチョー!」
何能天気なこと言ってんだこいつ?
そんな社会勉強は地球には無いし、それをわざわざここでやる必要もない。
「自分の力だって把握してないうちにそんな」
「だからさ! ソレも知っちゃおうってワケ。ガンガン敵ブっとばして、ガンガン強くなっちゃって! そんでお金稼いで美味しいもの食べて、一石二鳥! ……あ、この場合」
「どうでもいいそんなのは! 俺が言いたいのは」
「ヤバかったら二人で乗り越えりゃいいじゃん! オレと香月くんのサイキョーコンビに向かうとこ敵ナシってね!」
どこからそんな自信が来るんだ?
だが一つ分かっていることがある。こいつとの付き合いの中、こんなことを言い始めたらもう聞く耳を持たないという事だ。
……仕方ない、こいつとやっていくと決めたのも俺だ。
自分を鼓舞するようなそんな気持ちじゃない、ただ自然な諦めの溜め息だ。
「はぁ……わかったよ」
「ヨッシ! じゃあいっくぜ~……!」
「おいなんだ急に!?」
ベンチから立ち上がった棚見に手を掴まれた俺の驚くを知らず、奴は……。
「ドーン!!」
「うぉお!?」
そのまま俺を巻き込んだまま、勢いよく走り出しやがった。
当然俺は為す術も無く転びそうになったが何とかこらえるも、いつ手に持った地図を振り落とすかと気が気で無い。
それでも何とか指輪の中に戻すも、未だ慣れない感覚と強引に手を引っ張られて走らされる感覚に酔いそうになるのを必死に我慢しながら、町の外へと連れ出されたのだった。
「おい、ちょっほんと……うっ」
「あ……」
◇◇◇
「っしゃあああ!! ……っと。よし、これで……何匹目だっけ?」
村を飛び出し二時間程。指輪から取り出したこの懐中時計が正確ならだが、それくらいの時間を掛けて下山していた。
その過程で昼飯の確保の為、途中で発見した川に釣り竿を垂らしていた俺。
どういう訳か俺は今だ一匹も釣り上げていないにも関わらず、棚見は今のでもう六匹目だ。
何なんだこの差は……。
「もうこれくらいでいいかな~。にしてもメッチャ便利じゃんこの指輪! 釣り竿にバケツまで入ってるとかさ」
魚をバケツに放り込んだ後、無邪気に指輪を見るその顔は、子供が玩具を見るように実に活き活きとしていた。
旅に必要な道具は一通り揃えてくれたおかげで、最低限の衣食住の確保が出来た。
ここで釣りをやれてるのもその恩恵な訳だが……。
おかしい。お互い釣りの経験は無いし、同じ道具に同じ釣り餌を使ってこれって……はぁ。
「なんか暗い顔してんじゃん。大丈夫だって、ほら! 香月くんの分もちゃんと取ったんだし、半分ずつ食べようぜ」
キチンと半分に分けられるっていっても俺の成果は一匹も無いんだけどな。
いつまでも気にしたって仕方無いか。
集めた木の枝にマッチで火を着け、十分な火力を確保する。
後は棚見のバケツに手を突っ込んで川魚を……あれ?
「この……この……! くそ、逃げやがる!」
「貸して。……はい」
俺が苦戦した魚掴みをあっさりとやってのけて益々気落ちしてしまった。
思わず肩を落としてしまった俺を誰がどうして責められる。
「まま、初めてなんてこんなもんじゃん? じゃ仕方無いって~」
励ます言葉を送るこいつも初めてな訳だが。
まな板を取り出して魚を寝かせ、暴れ回るそいつに苦戦しながらもなんとか内蔵を取り出す。
……ふぅ、これはなんとか出来たぞ。初めて故に達成感もひとしおだ。
「失った自信もこれでやっと」
「あ、終わったよこっち。……どうしたの? そんなに口空けてさ」
俺が一匹仕留める間に五匹目が終わったらしい。
呆然としてしまった俺を誰がどうして責めらる。
「いいニオ~い……。なんかいいよね、こういう感じ。憧れが現実に! みたいな?」
「…………そうだな」
十分に塩を振った串刺し魚。
焚火の周りを囲ったそいつから漂う匂いが食欲をそそられると同時に、先程の傷心を忘れさせてくれ……てはくれなかったが、それでも今は喉が鳴るこの感覚に任せよう。
熟練者は状態を見て火の強弱を使いこなしたりするんだろうが、素人同然の俺達は何よりもしっかり焼く事を重視した。
当然、生焼けが怖いからだ。水分も十分に落とさないと。
「ちょっと焦げ目が強い感じだけど、もういいよね? はいパン」
今朝貰ったパンを受け取った俺はそれを片手に持ち、もう片方の手で魚の串を持つ。
……思った以上に熱くて一瞬落としそうになったのは内緒だ。
「んじゃ……いっただっきまーす!」
「頂きます」
同時にかぶりつく俺達。
きっとこの瞬間に思った事は同じなんじゃないか?
「……んんん! んま~い!」
「ん……」