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第12話 正常な唖然

 出来たては格別だった。確かに焦げてはいるが、それが逆に香ばしさを演出しているな。塩だけのシンプルな味付けだが、それがまた次の咀嚼に繋がってくれる。


 絶妙だ……初めてにしては上出来じゃないか?

 パンと交互に食べると、相乗効果による旨味の多幸感が全身を強烈に刺激する。


 気づけば二人であっという間に食べきってしまった後。


「はぁ……しゃ~わせ~って感じ。このままゆっくり昼休みに入りたいよね~」


 飲料水の入った水筒に口を付けて食後の余韻に浸る棚見。

 こいつすっかり目がとろけ切ってるな。いや全身もか。


「ここは学校じゃないぞ。ゆっくり過ごしたい気持ちは分かるが、片付けが優先だろ」


 焚火は川の水を掛けて消し、残った灰はバケツの中に入れて近くの木の根元にスコップで埋める。

 その際魚の骨や竹串も混ぜ込んで……これで完了。


「腹ごしらえも終わったんだ、出来れば今日中に山を下りたいんだから……ほら行くぞ」


「うんまぁ、行くのはいいんだけどぉ……――その前にお片付けから始めよっか」


 は? そう口にしそうになった時の事だ。

 川の向こう側、その向こうの山の木々の奥が騒めいたと思ったら、何かが飛び出してきて、それが一気にこちらへと向かってきたのだ。


 ――シャァァアアアッ!!


 そんな雄叫びを上げながら、豚頭の太った緑色の化け物が拳を握りながら現れる。

 如何にもファンタジー生物の登場に、ここが地球の渓流でないことを改めて実感させられた。


 その巨体に似合わない、それなりに早い足でこちらに一直線に向かってくるその化け物。

 川を突っ切りながら向かってくるその姿に、俺も指輪からナイフを取り出しつつも左右どちらかに避ける算段を付ける。


(真正面からじゃやり合えない体格差だ。意表をついた後逃げるか……?)


 こんな思考が出来るくらいには、こちらに慣れたらしい俺は緊張感に汗を流しながらその瞬間を待った……のだけれど。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


「は? えっちょっと!?」


 隣で槍を取り出した棚見は能天気な声を出した――瞬間、空へ舞い上がっていた。


「へい豚ちゃんこっちだぜい!」


 声を掛けられた豚の化け物はほんの一瞬だけ動きを止めた、それが致命的な隙になってしまった。

 声の主を探し当てるよりも早く、上空から急降下してきた棚見の槍で脳天から股座までを貫かれてしまった。


 悲鳴を上げる暇もなく、絶命して横たわる豚野郎。


「おっし、いっちょ上り!」


 さっきまでの俺の緊張感は?

 目の前の出来事のせいで止まった思考の再起動に時間が掛かる。


 しかし何よりもその時間を伸ばしたのは、次の瞬間棚見の口から放たれた言葉だった。


「これも豚じゃん。焼けば食えるかな~? ほら非常食みたいな感じで指輪に入れてさ。……どうしたの? そんなに口空けてさ」


 ……その後、頭が正常に戻った俺が諦めさせたのは言うまでもない。


 ◇◇◇


 夕方、何とか日が暮れる前に麓まで下りきる事が出来た。


 その間も魔物らしき化け物と戦っては武器を新品同様に戻す、という行為を繰り返したおかげで俺の能力のコツも大分掴んだような気がする。


 この力の便利な所は、やはり常に武器の状態をベストに保てる所だろう。

 刃こぼれ等を気にせず、常に全力で攻撃が出来るというのは中々に使い勝手がいい。


 問題は俺の体力の方が音を上げる所だな。

 何だかんだナイフで小さい敵位なら倒す事が出来るようになったが、元より運動が特別得意な訳では無い俺じゃあな。


 最後の方は棚見の武器の修復に専念するようになっていた。


 この世界の人間なら幼いうちから鍛えて難なくこの山の往復ぐらいやってのけるのだろうが、俺は昨日来たばかりで体がまだ完全に順応した訳じゃない。


 同じ条件なのにルンルン気分で隣を歩く棚見との違いは……。やはりこいつの能力は身体能力の強化、という事か。


 元々陽キャ特有の体力もあるかもしれんが、それにしてもこいつ慣れるのが早いんじゃないか?


 いや、慎重さこそが陰キャの誉れ。それ故の仕方無い弊害なんだ。……そう、きっと。


「いや~ここも活気があんじゃない? ほらさ、夕陽に当たる古い家にオモムキ? がある感じもグッド的な?」


 しかし未だ慣れないのはこいつの言語だな。それでも少しは理解できるようになった俺は出来る男の自負を持っていいだろう。


 山への入り口はそのまま囲うように村となっていた。

 この大通りを通って山頂に続いているんだろう。


 ガイドブックによればこの村に泊まれる宿は二件あるらしい。節約の為、安いほうに行くか。


「しかしガイドブックまで持たせてくれるとは……。本当に気が利くなあの人」


 リーラコーエルの事を完全に信用している訳じゃないが、便利なものは便利だと言う素直さぐらいは持ち合わせているつもりだ。心の中で密かに感謝しよう。


「足もクタクタだしぃ、さっさと泊まれるとこ行こうぜ」


 クタクタ?

 前を歩く棚見の元気さは、今からでも鼻歌ぐらい歌えそうだ。

 果たしてどこが疲れているのか? むしろ俺の方が足のだるさを感じるんだが。


 まあそんな状態だから黙ってついて行く事にするんだけれど。



 通りを歩くと賑わいがどこからでも聞こえてくる。

 村というのに特有の閉塞感を感じず、余所者が歩いていても湿り気のある視線と無縁だ。


 麓の村という立地だからだろうか? 外から来る人間は当たり前なんだろう。


 出店の活気に誘われて、フラフラと足を向ける人間があそこにもあそこにも……ん?


「おばちゃんこれおいしそ~。二個ちょうだいよ」


「へいよ。……見ない顔してるね? こんな可愛い顔なら見忘れないはずだしさ」


「へへ。でもおばちゃんだって肌ぴちぴちしてんじゃん。最近までラブレターとか貰ってたんじゃないの?」


「はは、何言ってんだい。ついさっきも口説かれてたさ。なんてね」


「ありゃ~一本取られちゃった。そんなに口もうまいなら、こっちの方も美味い、みたいな?」


「あんたこそ達者じゃないか。気に入ったよ、少しまけといたげる」


「マジ? やったね!」


 どうやらフラフラ誘われた人間は知り合いだったようだ。

 棚見は手に紙袋を持ってホクホク顔で寄って来た。


「お前な、今は余裕あるかもしれないけどこれからも買い食い出来るとは限らな……んぐ!?」


「まあまあ、そういうのいいっこ無して事で。ほら美味しそうじゃん」


 俺が注意しようとしても、言い切る前に口に食べ物を笑顔で突っ込んできた。


 ……しかしこの味、ホクホクしてそれに外側はカリッと。この絶妙な組み合わせと香ばしさが堪らない。


「……コロッケか。美味いな」


 思わず口に出た感想に、棚見が嬉しそうに笑う。

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