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第13話 投げやりな言葉

「でしょ? ほらさ、いいよねやっぱ。田舎のあったかさとか、懐い感じ? 好きでしょ? オレも好き」


「俺が好きかどうかなんて知らないだろお前」


 いや嫌いじゃないけれど。


 そういやコロッケってのはフランスから伝わった料理を日本独自にアレンジした料理だっけか。

 こんな異世界の田舎で食べられるとは…………いや、待てよ。


(もしかして、これは地球の料理を知って再現したとか……?)


 流石に考え過ぎか。日本の大衆料理をこっちで再現する理由なんて無いはず。


 大体、これを売ってたのはただのおばちゃんだ。どう考えても教会の人間には見えなかった。偶々こっちにもあったってことだろう。


(懐かしさなんて……こういう環境だからそう感じるだけだろう)


 さっきまでは純粋に美味いと思えたこのコロッケ。今は余計な思いを抱いてしまって口に運ぶ手が止まってしまった。


 チラリと棚見を見る。顔をほころばせながらかじりつく様は本当に美味いからだろう。


「なになに? オレの事見ちゃってさ。あ、見惚れちゃった? オレってツミツクリ~」


「はあ? 寝ぼけた事言ってるなよ。……まぁお前はそれでいいかもな」


「……ん?」


 奴の様子にほっとしたのだろうか? 少し気が抜けて、そしてまた俺は食べ始めた。


 ◇◇◇


 宿のベッドに横になる俺。

 腰を落ち着ける安心感からか、酷使した足がこれ以上の労働を拒むかのように重く感じる。

 足を伸ばすだけで軽く痛いな……明日の朝には治ってればいいが。残ってないよな?


 やっぱ慣れない山歩きはきつかったな。

 向こうではどうあげいても体験出来ない魔物退治は……こっちは慣れとかないとこの先死活問題かも。


「やっと一息つけるな」


 今この瞬間だけは、何も考えずにいたい。


「ふぅ……」


「あ、若いうちからため息ついちゃってさ。すぐおじさんになっちゃうぜ」


「……うるさいな」


 隣のベッドでは棚見が横になって本を読んでいた。

 別室も考えたのだが、やはり先の事を考えれば少しでも金の節約をするべきと考え同室となった。


 それでも二人ともベッドに寝れる事を考えれば、昨日よりも贅沢している感がある。


「お前って字とか真面目に読むタイプだったのか。ちょっと意外」


「え~失礼じゃないそれって。……なんてね。マジに読む本なんて漫画くらいだけどさ、でも意外と面白いんだよねこれ」


 奴が読んでいるのは、いわゆる魔導書だった。


『三歳から楽しめるかんたんな魔法の教科書』というタイトルの幼児向けのそれだったが、あいつはさっきから読み込んでいた。珍しく静かに。


 そんなに面白いのだろうか?


 気になって俺も指輪から取り出して目を通してみるが……なるほどこれは見やすい。

 幼児向けだけあって絵が多く、本当に分かりやすく魔法を解説していた。


 これは絵本に近いな。


 確かに、静かに本を読める機会がこの先あるかもわからないし、目を通してもいいだろう。

 何より魔法について学べば役立つ場面もあるかもしれないし。


(俺も使えるかもしれない)


 目覚めた能力ばかりに気を取られていたが、何もそれだけを武器にする必要もない。

 そう考えて、俺も本の虫となって読む込み始めた。



 本来、寝るまで読むつもりだったのだが…………気づけば朝日が窓から差し込んでいた。


「あ、あれ?」


「ふぁぁ……ぅぁっ、良く寝たぜ~。香月くんってば今日早いねぇ」


 隣のベッドで同じように読んでいたはずの棚見は、寝起きの目をこすっていた。

 ……寝ていないので俺の足は当然重いまま。


 ◇◇◇


「目のクマすごいね、どうしたワケ?」


「……気にするな」


 宿のモーニングサービスでパンとスープを食べながら、自分の迂闊さを呪っている俺。


 久しぶりに徹夜してしまった。本に夢中で夜が明けたなんてのは、余程の本の虫ぐらいしかやらないと思っていたが……まさか俺がこんな事するとは。


 ま、まあいい。簡単だが魔法の知識を得た。後は練習あるのみだ。

 今はスープでも飲んで腹を満たそう。


「あっつぁあ!?」


「大丈夫? 顎でスープは飲めないよ」


 だめだ、頭がはっきりしてない。

 足の疲れも取れてないし、最悪だよもう。


「そういえばさ、ここの椅子に座る時にこんなものが置いてあったんだけど……」


 そういって棚見が見せて来たのは、手のひらに乗っかる程度の小さな石のようなものだった。


「誰かの忘れ物かな? 石コレクターみたいな人の」


「なんだよ石コレクターって。ポケットにいつのまにか入ってた小石に気づいて置いていったんじゃないか?」


 そう、何の変哲もないただの石にしか見えない。

 別段表面が綺麗なわけでもないし、ゴミとして置いて行ったんだろう。迷惑な話だ。


「貸せ、後で外に捨てておいてやる。こういう自分勝手に店に迷惑掛ける人間のせいで、サービス内容が変わったりするんだ。そういう奴を見ると腹が立つ」


「ああ、いるいる。その場のノリで店の物壊してネットに上げるヤツ! ああいうののせいでオレも変な目で見られたりするんだよね~嫌い」


 やはりああいう迷惑系の人間というのは、似た見た目の陽キャにとっても嫌われる対象らしい。

 棚見の手から石を取ると、ポケットにしまい込んだ。


 ちなみに、今俺達は指輪に入っていた服に着替えている。やっぱり新鮮な服に着替えると気持ちがいいもんだな。

 制服は汚れも目立っていたし、どこかで洗濯したいもんだ。

 サイズもそれなりに揃っていて、男女どちらでも着れるような無難な服だが、それがありがたい。


「食べるもの食べたし……、それじゃあこれからどこ行くか決めようぜ」


 地図を取り出してテーブルに広げる棚見。


 現在地点が分かりやすく赤い点で示されている。これは昨日の道中で気づいた事だが、この点は俺達が進むと同時に移動しているようだ。これも所謂マジックアイテムってやつなんだろう。


 この村から先は一本道というわけじゃない。いくつか分岐されていて、それぞれが町やら森やらに繋がっているようだ。


 これがゲームならば、途中の洞窟あたりに寄って経験値を上げたり宝物を探したり、そういうことをするんだろうが……。


「俺個人の意見としては普通に次の町を目指したい。だけど、お前はどうだ?」


 二人旅をする以上、俺の意見だけを押し付けるのも不味いんじゃないか? 昨日からそういう考えるようにして、棚見に意見を求める事にした。


「オレ? オレはねぇ……」



 それからしばらく、旅の進路について話し合いが続いた。

 なんとなく、こういう時間は有意義に感じられて……悪くないかもしれないな。


 俺一人で旅をしていたら、間違いなく存在しない時間だったろう。別にそれでも構わないといえば構わないのだけれど。


 ◇◇◇


 村で食料を買い込んだ後は、旅の再開。


 地平線まで続く長い道のりだが、この草の匂いに風の心地よさならどこまでも歩いて行けそうだ。……とか普通は考えるものなんだろうが。


(ああ、やっぱ足が痛い。山歩きの疲れがそのまま残ってしまったじゃないか、ほんと何で寝なかったんだ俺)


 もはや後悔しても遅いが、今日の足取りは昨日以下だ。

 相変わらず一人で喋り続ける棚見の相手をする気力も昨日以下だ。……いや元々無いに等しいが。


 ……いや待てよ、こういう時こそ昨日手に入れた知識を使う番だ。


 幼児向け魔導書の中で紹介されていた魔法。疲れを癒すそれを試してみるか。


(えぇっとまず魔力を……。あ、そもそもその魔力を感じる所から始めなきゃじゃないか!?)


 ズブの素人も同然の俺は、基礎の基礎すらない。いきなり魔法を使ったってそういうわけもいかなかった。


 だ、だがまだ諦めるのは早い。その魔力の取り扱いについても書かれていたじゃないか!


 地球出身故に、未知の感覚を捉えるのは苦労するかもしれないが、使いこなせれば間違いなく便利なはずだ。


(今日は……無理かもしれないが、それでも同じような状況はこれからもあるかも知れないんだから。始めるなら早ければ早いほどいいはず)


 棚見の話声を聞き流しながら、本に書かれていた魔力を感じる方法を……。


「そういえば香月くんさ、オレ実は試しに練習してる事があんだよね~。ま、今朝からなんだけどさ」


「……え? あ、ああなんだよ?」


 さっきまで一人で喋っていた棚見が不意に話しかけてきたもので、反応するのが遅れてしまった。


「見ててよ~、これちょっとすごいかもよ。……はっ」


 そう言うなり手のひらを見せて来て――そうしたら急に手のひらが光り始め、て……?


「え? は?」


「ほら昨日読んだ本! あれ見てオレにも出来るんじゃねって思ってさ、へへ。起きてから練習してたんだよね。出来るようになったのはついさっきなんだけどぉ……」


 後半に関しては何を言ってるのか、もう耳に入って来なくなっていた。

 俺が今から始めようとした事をもうこいつは終わらせていた事実に正直ショック。


 さ、先を越されてしまった……! それに使いこなしているだと!?


「これすごいしょほんと。いや~感動だべマジ。イエーイ、香月くんも喜んでよ。ハッピー!」


「……はっぴー」


 投げやりな言葉しか出せない俺を誰が責められるものか。


 重い足と重くなった心を引きずるように、俺達は目的地である炭鉱跡地へと歩き続けた。

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