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第52話 酒場で働くと日々デートに誘われるってこと?

「ごめんくださーい」


 街一番の老舗酒場『魚肉亭』のスイングドアを両手で押し開けて、お店の中に入る。


「いらっしゃいませ~。1名様ですか?」


 すぐに店員のお姉さんが愛想よく声をかけてくれた。

 未成年でも酒場に入ることはできる。

 冒険者登録証で年齢確認されるから、お酒は提供されないけどね。


「えーと1人です。≪サポちゃん≫も一緒に入っても大丈夫ですか?」


 ペット禁止の飲食店は多い。

 ここ『魚肉亭』は禁止ではないけれど、一応一声かけるのがマナーだ。


「はい、問題ないですよ。テーブルにご案内しますね」


 メニューを片手に、隅っこの小さなテーブルに案内してくれた。


「ご注文がお決まりの頃お伺いします。ごゆっくり~」


 店員のお姉さんは流れるような動作で別のテーブルへと接客に向かう。

 昼間なのにわりとお客さんは多い。5~6割は席が埋まっている状況だ。でもまあ、みんながみんな飲んだくれているというわけでもなく、家族連れで遅めのランチを楽しむお客さんなんかもしたりして、酒場というよりはわりとファミリーレストランっぽい雰囲気を感じる。


【ネコ缶をお願いします。魚肉ソーセージトッピングで】


「えー、さっきお昼食べたばっかりでしょ。太るよ?」


【私にそういう設定はありません】


 すまし顔の≪サポちゃん≫。

 だったら食べなくても良いように設定してくれないかな? 食費がかさんで困るんですけど!


【この1週間でずいぶん貯金が増えましたよね。そろそろご褒美に高級ネコ缶を買ってくれても良いんですよ】


 ≪レーモンド≫さんたちからお金をもらった時に買ってあげたじゃない。

 あれはどうしたの?


【もったいなくて食べられていないのです。やはり1個しかないものを開ける勇気が出なくて】


 そういうもの?

 食べ物だし、パパッと食べないと腐るんじゃない?


【缶詰なので賞味期限はかなり先です。そういうことではなく、最低ストックが1個、あわよくば2個くらいある安心感がないと、高級ネコ缶を開ける勇気が出ないんですよ】


 なんでよ?


【これを食べてもストックがあればまた食べられるという余裕がほしいんです】


 意味がわからない……。

 せっかく手に入れたんだから食べればいいのに。


【だからもう1個買ってくださいとお願いしているんです】


 嫌ですけど……。

 2軒隣の衣装ハウスに新作のスカートが展示されていたから、お金が貯まったらあれを買いたいんだもん。


【そんなことを言って、3日前にも新作の服がどうのって言いながら買っていたじゃないですか】


 あれはブラウス。

 今度はスカートだから。


【同じでしょう。防御性能もない布切れのくせに10000[SEED]って……】


 わたし、『配信者ストリーマー』だよ?

 いっつも同じ服で配信していたら飽きられちゃうでしょ。常にかわいく、常に新しく、映えだよ、映え!


【でも……布ですよ? 視聴者が見たいのは布ではなくて刺激的な展開やおもしろいハプニング映像では?】


 それはそうだけど、そんな展開の時にわたしの服がかわいくなかったら、みんな冷めちゃうでしょ?


【≪アルミちゃん≫はそのままでかわいいので、冷めないと思いますが】


 うーん。

 いつもこの話になると平行線だー。


「お決まりになりましたか?」


 いつの間にか店員のお姉さんがやってきていた。

 メニュー表をめくるわたしの手が止まっているのを見て、オーダーが決まったって思ったのかな。よく見てるなー。


「えーと、ジャンボフルーツパフェを1つとメロンソーダを1つください」


【それとネコ缶に魚肉ソーセージトッピングでお願いします】


 あ、勝手に!


【にゃ~ん】


 まあ、普通のネコ缶なら良いけど。


「かしこまりました。しばらくお待ちくださいね。ネコちゃんもお行儀よく待てるかな?」


【にゃんにゃ~ん】


「えらいえらい。それではお待ちください」


 ≪サポちゃん≫の頭を一撫でして、店員のお姉さんはバックヤードへと消えていった。


 んー、さすが酒場の店員さん。

 あんな態度で接客されたら、おじさんたちはデレデレになっちゃうだろうね。


【≪チムチェ≫さんはあざとくないかわいらしさがありますからね。≪アルミちゃん≫のかわいらしさは、誇張された媚びというか、「こういうのが好きなんでしょ」感が強いので、好き嫌いが分かれると思います】


 ほっといてよ。

 わたしはそういう天然キャラじゃないの! かなり無理してやってるんだから!

 ってあの店員さん≪チムチェ≫さんって言うんだ?


【≪チムチェ≫さん、21歳。2週間前に彼氏と別れて現在フリー。競争率が激しく、すでに5人の男性から告白され、返事を保留中です。モテモテですね】


 すごいね……。

 わたしも酒場で働こうかな……。


【5人の方からの告白というのは、酒場とは無関係のものを集計しています。酒場で日々コミュニケーションのように行われるデートのお誘いを含めると、この2週間で延べ58人から告白されています】


 ただのモテ女だったわ。

 でも酒場で働くと日々デートに誘われるってこと?……やっぱり働こうかな。


【≪アルミちゃん≫、あそこにいるのが≪ニャントリン≫さんではないですか?】


 えっ、どこどこ⁉


 黒っ!

 黒すぎて隣の人の影かと思ってた!


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