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第84話 今思えば、それこそがフラグだったのかも?

「だけどね。あの日、大学受験――共テの2日目の朝……わたしの運命が大きく変わりました」


 まさかね、自分の身に人生を180度変えるような災難が降りかかってくるなんて思いもしませんでしたよ。


「その前に、ちょっとだけ先にわたしの家庭環境の話をしますね」


 そのほうがわかりやすいと思うのでー。


「わたしの母はひどく過保護な人で、と言っても勉強に関してだけでしたけれどね。わたしが東大に入るために命を懸けていたと言っても大げさではありませんでした。それはそれは手厚いバックアップ体制を敷いてきたんですよー」


 当然幼稚園からお受験をしましたし、有名私立に入学して、小学1年生の時からは教科ごとに異なる家庭教師がついていました。計画通りに成績が上がっていかなかったらその先生は即クビ。次の日から新しい先生がやってくる、みたいな。

 ああ、あとは健康にもかなり気を使ってくれていました。記憶力に関係した食べ物はこれ、思考力に関係した食べ物はこれ、みたいに細かく食べるものも決められていましたねー。

 年齢を重ねるごとに、だんだんと制限も厳しくなっていって……。大学受験の間際にはトイレに行く時間もチェックされるようになって、尿瓶を用意し出したのでさすがにそれだけは断りましたけど。

 うっ、少し思い出しただけでめまいが……。


「ま、まあ、とにかくいろいろやり過ぎなくらい手伝ってくれて……今思い返せば、あの時のわたしは、母の言いなりになって勉強するロボットみたいなものでしたね」


 それでもね、母の期待に応えようと必死に努力したんですよ。

 それこそ、生まれた時から洗脳教育をされていましたからね。


 お前は東大に行く人間だ、と。


「共テの1日目の手ごたえはそれはそれは満足いくものでした。自己採点するまでもなく、最高の出来だというのがわかるくらいで。あまりに調子が良すぎて怖くなりましたねー」


 今思えば、それこそがフラグだったのかも?


「1日目の夜は、母の指示で、母と一緒に試験会場のそばにあるビジネスホテルに泊まりました。万が一にも天候が崩れたり、交通機関の乱れが発生しても、歩いて試験会場にいける距離にいれば遅刻しようもないですからね」


 準備は万全でした。

 あとは試験を受けるだけで良い。

 わたしも母もそう思っていたと思います。


「2日目の朝、いつもなら先に起きているはずの母が、ベッドから起きてきませんでした。まあ、わたしは目覚まし時計を3つかけていたので、時間通りに起きていましたし、何の問題もなかったんですけれどね。母も根を詰めすぎて疲れたのかなと」


 ただ、これまで1度も母が寝坊する姿なんて見たことがなかったんですよ。

 それに気づいてもっと深刻に捉えるべきでした。


「わたしは前日に用意しておいた持ち物を再チェックして、アイロンをかけておいた制服に着替え、母が用意しておいてくれた2日目の受験教科に合わせた朝食を食べ……それでも起きてこない母の姿を見て、『さすがにおかしいな』と思ったんです」


 試験が開始する……約2時間前のことでした。


「『お母さん、そろそろ起きないと。わたし1人で試験会場に向かうよ』と呼びかけながら、母が横になっているベッドに近づきました。そこで初めて母の異変に気づいたんです」


 顔が異常に白くて、額からは玉のような汗が出ていました。

 浅い呼吸を繰り返していて、わたしの呼びかけには答えませんでした。


「ただ事ではないことがすぐにわかりました。わたしはホテルのフロントに連絡し、母の容態を説明したところ、すぐに救急車を呼んでもらえることになりました。待っている間に父にも連絡しましたが、父が電話に出ることはありませんでした」


 父から折り返しの電話があったのは、その日の夜遅くになってからでしたね。仕事第一の人ですから、期待していなかったのでとくに何も思いませんでしたが。


「その時のわたしは意外なほど冷静でした。この後は救急車に一緒に乗って母を病院で見てもらった後に、試験会場に連絡を入れて追試に回してもらえばいい。まずは母の病状を把握するほうが優先だ、と」


 家族が急病の場合には、追試を受ける資格があることも理解していたので、とくに焦りはありませんでした。


「母の状態に病名はつかず、過労とストレスによるものだろうというのが医者の見立てでした。点滴を打ちながら様子を見て、回復して起き上がれるようになったなら、入院せずに帰宅が許される程度のものでした」


 母は、試験を受けるわたし以上に緊張していたのでしょう。

 なんせ、わたしが産まれた時から、わたしの大学受験のために準備をしてきたようなものですからね。


「点滴を打つ母のベッド脇で物理の参考書を眺めていると、ようやく母が目を覚ましました。救急車で搬送されてから、3時間ほど経っていたと思います。もうすでに共テ2日目の試験が開始している時刻でした。母の第一声は『有海、自己採点の結果はどうだったの?』でした」


 自分の体調よりも受験の結果が大事。

 とても母らしいですね。


「今朝の経緯を説明し、『2日目は追試日程に回ることになった』と伝えた時の母の顔は今でも忘れられません」


 点滴と睡眠によって、少し赤みがさしていた顔が、一気に白く――。


「『裏切者……』それだけ呟くように言うと、母は白目をむいて再び倒れ、意識を失ってしまいました」


 2日目のテストを受験しなかったわたしは、母の中では『裏切者』に認定されたようでした。


「母の予定の中に追試で受験する我が子の姿はなかったのでしょうね。追試のことを本試験に落ちた人が受けるみじめなものだと思っていたのか……まあ、今となってはもうどうでも良いことです」


 母の期待を背負い、18年間ひたすら努力をしてきたわたしの人生は、そこで一度終わりを告げました。


「結局わたしは追試を受けることなく、共テの結果が不要な地方の私立大学を受験しました。そして、成績優秀者のための給付型の奨学金制度を利用し、わたしは家を出ることにしました。とにかく母と顔を合わせたくなかったんです。母もわたしは存在しないものとして生活していましたし。父はわたしが独り暮らしをすることについて何も言いませんでした。こうして、母とはほぼ絶縁状態、父とは毎月多額の仕送りが送られてくるだけの関係となりました」


 ね、わたし……過度な期待をされてつらいって人の気持ちはわかるんですよ。


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