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第83話 できもしないことを期待されてつらい気持ちならわたしにもわかります

「マジか……」


 ≪セリー≫さんの美少女振りに、思わずため息が漏れる。


「何よ? ちゃんと依頼は終わったんでしょ? もう部屋に戻って良いかしら……?」


 そう言いながらも、部屋の扉に寄り掛かったままの≪セリー≫さん。


「美しい……」


 思わずため息が漏れちゃう。

 顔の造作が人のそれではない……。

 あまりに整い過ぎていて、エルフの血を引いていると知らなければ、人工物を疑っていたかもしれないね。


 ≪サリー≫さんの素顔がどうしても思い出せないけれど、母娘だしきっと似ているんだろうなあ。≪サリー≫さんの強烈な神気みたいなものを良い感じに削ったのが、娘の≪セリー≫さんの姿なんじゃない?


 銀髪の≪サリー≫さんよりもさらに色素の薄い白い髪が、ライティングの魔法に照らされて眩しく光っている。

 ファッションに無頓着なのか、無地のシーツを頭からかぶったような丈の合っていないワンピースさえ、≪セリー≫さんの美しさを演出する道具になっている気がする。


「ホント何なの……?」


 眉をひそめる姿もまた――。


 きれい。


 ずっと見ていたい。


【≪アルミちゃん≫しっかりしてください。少し刺激が強いようなので保護フィルターをかけます】


 刺激?

 ……あれ? わたし、何を?


【純血のエルフ族である≪サリー≫さんほどではないですが、レベルの低い≪アルミちゃん≫が≪セリー≫さんの顔を直視してしまうと、パッシブスキルの魅惑効果が発動するようです】


「魅惑効果……。美人過ぎるとそんな効果もあるの?」


【並みの魔法耐性があれば、この程度の魅惑効果は跳ねのけられるはずなのですが……≪アルミちゃん≫には刺激が強かったようです。確認不足ですみませんでした】


 ≪サポちゃん≫が近寄ってきて、しっぽでわたしの頬を撫でてくる。


「ううん、ありがとう。危なくエルフの魅惑効果で廃人になるところだったわ……」


 エルフの血って怖い……。


「エルフエルフって、残念ながら私はママと違って人族よ? 耳も普通だし、顔だって普通。魔法も大して使えないし、期待外れの出来損ないなの……」


 ≪セリー≫さんが深いため息を吐く。

 どうやら≪サリー≫さんに対して大きな劣等感を抱いているらしいことがわかるね……。めっちゃ美人だし、『高位神官ハイプリースト』でレベルも高いし、出来損ないってことはないでしょうに。


「みんなしてママと私を比べるんだから……。もう勘弁してよ……。そんなに期待されても何もできないから……」


 ああ、その気持ちならわたしにもわかる……。


「世間からの過度な期待って、ホントにつらいですよね……」


「知った風な口を利かないで。へらへらしているだけのあんたに何がわかるって言うのよ!」


 鋭い眼光で睨みつけてくる≪セリー≫さん。


「≪セリー≫さんの事情は、今日会ったばかりなのでよく知らないし、正直わかんないです。でも、過度な期待をされてつらい気持ちならわたしにもわかりますよ」


 嫌って言うほど経験があるから。


「わたしね、こう見えても中学、高校とけっこう成績が良かったんですよ。全国模試で常に1桁に入るくらいにはね」


 こんなわたしにも、かつて神童と呼ばれた時代があったんです。


「わたしの父ね、東大出身で商社の重役なんですよ。一方、母は高卒で……学歴コンプレックスがすごくて……。だからね、わたし、赤ちゃんの頃から英才教育ってやつですか。幼稚園もお受験させられたし、週7で習い事も。それはもう、いろいろやらされましたよー。小さい頃のことなんてもう覚えていないし、思い出したくもないですけど」


「ハハハ」と乾いた笑いを浮かべながら、≪セリー≫さんのほうに視線を向ける。

 ≪セリー≫さんはわたしの話に黙って耳を傾けてくれているようだった。


「そのせいで友だちもいなかったし、モテなかったし、勉強以外の思い出がないんですよね。ああ、スポーツのほうの習い事も一通りやらされたので運動神経は良いですよ」


 クラスメイトはみんなライバル。

 なんならわたしの成績の良さを引き立てるモブ。

 そんなふうに思っていた時期もありました。

 今思えば最低ですねー。


「母はことあるごとに父とわたしを比べて、『お父さんはもっとすごい。有海もお父さんを目標にしてもっと努力を。お父さんよりも良い会社に就職を』ってね。父はそれ見て、満足そうに肯くだけなんです」


 だけどたくさん期待されて、当時のわたしはまんざらでもなかったんだと思います。わたし自身、両親の期待に応えて結果を出し続けるわたしのことが好きだった。


 あの日まではそう思っていたんです。


「だけどね。あの日、大学受験――共テの2日目の朝……わたしの運命が大きく変わりました」


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