里来は再び眠りにつき、オレたちはそれを見守るように座って、じっと、時が過ぎるのを待った。
オレはいろいろなことを考えた。この島に来てからのこと、幸一のこと、理絵のこと。本土にいる家族のこと、大学のこと、バイトのこと。これまでの人生、自分の生き方、将来の夢。すやすや眠る里来と、自分のこと。
糸が切れたようにじっとしていたオレたちは、食堂の掛け時計が正午を告げる音でようやく動きを再開した。顔を上げ、三人で目が合い、少し照れくさくて笑ってしまう。
「何か召し上がりますか」
ヒュウガがゆったりとした動作で立ち上がる。オレと伊織はどうしようかと相談し、オレが出した提案に伊織が頷くと、
「シフォンケーキ作ってくれよ、紅茶のやつ」
ヒュウガは目を見張り、オレと伊織を交互に見る。
「作るって……私がですか?」
「ああ、頼むよ。前に食べたのうまかったんだ」
あのシフォンケーキをもう一度食べたいとオレは思った。ふんわりして、口に入れた瞬間に芳醇なアールグレイの香りが鼻を抜ける。しっかりホイップされた生クリームが甘すぎずケーキの味をまろやかに組み立てる……。
「かしこまりました」
優しく微笑んでヒュウガは一礼する。彼女のこの真面目さと料理への誇りをオレは好ましく思う。
「何か手伝うことある? 力仕事とか」
伊織が首を傾げて問うた。ヒュウガはやや申し訳なさそうに、
「もしよろしければ、保存用の飲料水を運ぶのを手伝っていただけませんか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
「僕だって男だからね」
二人を、オレは神々しいものでも見るような気持ちで眺めていた。普通の日常にあったならば、取るに足らないやり取りなのだ。けれどこの殺戮の島における〝普通〟の光景は、なんとも琴線を震わすものであった。
ヒュウガと伊織は連れ立って居間を出ていった。
オレはそっと、眠る里来の頭を撫でる。
「起きたらケーキを食べましょう。今度はちゃんと、お話しながら」
人形の奥の人形使いにまで、届けばいいなと願いつつ。
◆
「ん……」
「あ、里来さん」
もぞりと体制を変え、里来が目を開ける。名を呼べば彼はゆるゆると身を起こそうとする。オレは彼の躰を支え、ソファに座らせてやる。
緩んだ毛布がはらりと垂れて、彼の素肌が垣間見える。オレははっとして顔を背ける。彼がオレの後頭部に言う。
「お前、やっぱりゲイだったな」
「違いますよ!」
反射的に振り返ってしまい、目のやり場に困って俯く。
「ほら、そういうところが怪しいんだ」
「絶対違いますから。賭けてもいいです」
「何をだ? お前の童貞か?」
「ちょっ、違、……いや、違わない……ですけど」
里来はぷっ、と吹き出す。オレは大暴露のせいで顔が熱い。なんでこんな話をしてるんだ……。
「いや、冗談だ。こっち向け」
ぐいっと片耳を引っ張られた。結構な力だ。痛い。
「なんですか」
オレは口を尖らせる。視線はガラステーブルの方へ逸らしていた。
「前、ちゃんと合わせてくださいよ」
「構わないだろ」
「構いますよ」
「散々触ったくせにな」
「もうっ!」
埒が明かない。見ないまま手を伸ばし、少し強引に毛布を引っ張って彼の躰に巻きつける。また彼が笑う。これはからかってるのだ、きっと。
毛布から出た里来の片手が、毛布の前を合わせるオレの手に重なる。
「ありがとう、ナイト」
弾かれたように彼の方へ視線を向けた。薄墨色と、目が合う。
「似非(えせ)ヒーローじゃなかったな」
「……当たり前です」
約束しましたから、と言うと彼は間を置いて悪戯っぽく笑う。
「そうか、じゃあ約束ついでに俺の服を取ってこい」
里来は毛布をオレの手から引ったくり、ひらりと立ち上がった。なんのついでだよ、と思っていると、途端に彼がふらつく。
「ちょっと!」
飛び上がるように立ち上がり、彼の腰を支える。毛布越しの感触が生々しい。
「オイ」
里来がオレの胸を押す。よいしょ、とオレを突き飛ばすような勢いで彼はソファに沈む。手助けなんかいらないと言わんばかりだ。
「何してる。早く服を取ってこい。下がすーすーして気色わりぃ」
まるでどこぞの王様よろしく、里来は堂々と脚を組んでオレを見上げる。その組んだ隙間からも中が見えそうでオレはあさっての方向を見ながら、
「はいはいわかりましたよ。オレ、もしかしたら眠ってる里来さんの方が好きかもしれないです。もう一回シャワー浴びます?」
……沈黙。我ながら笑えないジョークだった。