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 八月十日(日)。快晴。

 三人の大学生が、前の三人と入れ替わりで島にやってきた。焦げ茶が無人、金が伊織、薄茶が幸一。皆真面目で礼儀正しい。

 昼間にダイビングボートを出した。面倒だったが、喜んでくれたようで嬉しい。ここの海は綺麗だから、天気の良いうちに潜れてよかった。


 オレはページを一枚めくる。


 八月十一日(月)。晴れ。

 幸一に続いてチトセまで死ぬだなんて! 東郷の言う通り、本当に誰かが閉じ込めたのか? そんな悲惨なことがあるものか。きっと寒かっ


 ページをめくる。


 八月十一日(火)。台風直下。

 昼間に文哉と話した。あいつは可哀想だ。俺たちの中の誰かがあいつの補佐にでもついてやれればいいんだが、皆職種がバラバラだしな。

 あいつに言われたことが引っ掛かってる。俺は、他人に興味が無いように見えるのだろうか。

 そういえば、ヒュウガのシフォンケーキは相変わらずうまかった。


 以下、あとから別のペンで書き足されている。


 東郷が死んだ。酷い死に方だ。本当に酷い。酷過ぎる。文哉の落ち込みようが普通じゃない。可哀想だ。東郷も文哉も。どうし


 ページをめくる。


 八月十二日(水)。台風明け、快晴。

 無人と伊織を捕まえた。なんか怪しかったので迫ってみたら、簡単に口を割った。あいつらの推理はなかなかだ。


 以下、キーワードの羅列。見立て殺人、魔女、死亡順の入れ替え、などなど。


 今から俺の部屋であいつらと話す。遅い。暇だ。シャワーを浴びろってのは冗談だったんだが、通じなかったようだ。もしかして、靴も上履きに替えてくる気だろうか? 冗談だと言えばよかった。冗談を言うのは難しい。


 以下、別のペンで殴り書き。所々文字が滲んで読めない。


 悲し    ない! 文哉がやられた! ひとりになんか  なけりゃ 絶対許さない。犯人を見つけ出してムショに送っ  る。文哉。可哀 だ。悲しい。もっと話せばよ


 ページをめくる。


 八月十四日(木)。晴れ。

 今日は誰も死ななくて本当に良かった。もう誰も死んでほしくない。

 昨日から、髪を切った杏子を見るたびに痛い。恋愛の願掛けをしてると言ってたのに。相手は誰だかなんとなくわかる。不毛だと、俺は思う。短い髪も似合うと言ってやったほうがいいだろうか。

 東郷殺害のトリックが見えてきた。それと、無人が文哉の件で重


 ページをめくる。文字が汚く、所々滲んで読めない。


 八月十五日(金)。曇りのち雨のち晴れ。

 杏子が死ん 。つらい。みんないなく  た。俺はどうすれば  だろうか。もっと よくしてれば。


 以下、同じペンでやや丁寧に。


 イズミは助けられたかもしれなかった。本当にクラゲに刺されたのか? あそこにクラゲなんていないはずなのに。クラゲの冗談も無人には通じてなかったみたいだ。

 無人に守ると言われた。いいやつだ。その言葉だけで嬉しい。

 殺されるのは怖い。友達を殺されるのは悲しい。誰が何のためにこんなことをするんだろう。次は自分のような気がしてる。みんな可哀想だ。

 もしも、


 と、そこで文章は終わっていた。里来の日記。オレは里来の部屋に彼の服を取りに来て、つい好奇心に負け、あの小さなノートを開いてしまった。日記だなんて思わなかった。推理のメモでも取っているのだと思っていた。

 悪いことをした。けれど、初めて本当の彼を見た気がしてオレは嬉しかった。可哀想、悲しい、つらい、怖い。彼が決して俺たちの前で言わなかったことが、ノートには書かれている。

 ときどきオレの名前もあった。話した内容も書かれている。オレが守ると言ったこと、里来は嬉しいと感じてくれていたなんて……。

 なるほど、操り人形を操っていた本当の里来とは、こういう人なのか。まったく意外なタネ明かしだ。ずっと気になっていたからな。知れてよかった。嬉しい。なのに。

 オレは涙がとまらなかった。

 里来はこれほど苦しんでいたのか。表情の薄い仮面の下に悲しみや辛さを隠して。他人と距離を置いているせいで誰にも打ち明けることができず。ただひたすら、吐き出せない想いを日記に綴っていたのか。見せられる相手のいない涙を薄い紙に吸わせて。震えて乱れた文字をさらに滲ませて。

 彼の理解者だったろう三人の死を、彼は独りぼっちで受け止めていた。

 悲しいと書いてある。つらいと書いてある。そんな当たり前の感情を彼が持っていないと、オレは彼の人形だけ見て、そう理解していた。

 そんなわけないだろ。オレは馬鹿だ。人間が人形になれるわけない。本当の彼が必ずどこかにいる。それを見つけ出して、話をしたいと言ったのはオレじゃないか。

 小さなノートを胸に抱いた。この中に、本当の彼がいる。オレは本当の彼と話したい。

 初めて逢った時からずっと、オレは里来の奇妙な魅力に惹かれていた。その魅力とは、このノートの中身なのだ。いや、このノートを含めた彼。

 オレは想像する。

 他人と隔絶された本の世界――虚構世界に本当の自分を置き、現実世界には人形を置いて生きていた里来。あるとき彼の人形に語り掛けたのが文哉たち。人形は、彼を理解しようとする友人たちの中に置かれることとなった。

 虚構世界にいた本当の彼は、しだいに現実世界の友人たちに興味を持ち始める。けれど本当の彼は長いこと虚構世界にいたため、他人との交流が苦手になっていた。

 とはいえ一緒にいれば友情は深まってゆく。本当の彼は虚構世界と現実世界を行き来しながら生きることにした。虚構世界は居心地がいい。でも現実世界の友人は大切だ。

 他人との交流が下手な本当の彼は、現実世界で誰にも吐き出せないことを、虚構世界に持ち込むことにした。それが、里来の日記。

「本当の、里来さん」


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