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 少女の冷えたマッチが売れねども

 親指姫が土竜の穴に埋もれども

 シンデレラが灰で真黒に染まれども

 眠り姫がいばらに指を刺されども

 ラプンツェルの髪が絡まり縺れども

 人魚姫が海の真白な泡となれども

 白雪姫が毒の林檎を齧れども

 赤ずきんが狼に喰われども

 赤い靴の少女が踊り狂えども


 ここは楽園

 その上で

 残された魔女は嗤って目をとじる



 なぁ、魔女。この歌を書き残した本当の魔女。あんたはどう思った? 誰もいなくなった楽園で独り、何を感じた?

 オレにはわかる。独りぼっちは寂しい。そう思ったから、きっとあんたも目を閉じたんだ。 

 最期は本当に嗤っていたのか? 自殺した仲間たちを馬鹿だと思ったか? 違う。泣いていたんだろうな。魔女、あんた本当は、みんなと笑っていたかったんだ。


「……イト」

 なんだろう。

「ナイト」

 躰が揺れる。揺すられてる?

「しっかりしろ、ナイト」

 薄く目を開ける。里来の顔が近い。なんだこの状況。里来越しに見える天井。視界の端に、吊り下げられたフライパン。……厨房?

 オレは二、三度目を瞬く。何が起きているのだろう。里来が怒っている。

「馬鹿が。お前、死ぬとこだったぞ」

 彼が表情を歪める。オレは彼に支えられて起き上がる。厨房。冷たいタイルの床にオレは横たえられていた。

「里来さん……」

「俺も見た。常温室」

「伊織とヒュウガが」

「うるせぇ。見たって言ってんだろ」

 彼は苛々と立ち上がり、簡易椅子に飛び乗ってオレに背を向けた。そしてぽつりと言う。

「〝混ぜるな危険〟」

「なんですか?」

「塩素系漂白剤と酢だ。空の容器が放ってあった」

 オレは立ち上がる。よろめいて調理台に手を付くと、座ったままの里来が瞬時に手を出してオレを引っ張った。

「大丈夫です。すみません」

「常温室の空調が切れていたから、さっき復旧させてきた」

「そうですか」

「もう少しすれば、中へ入れるようになる」

 里来は調理台に肩肘をついてステンレスの面を見つめる。オレは調理台に背を預け、彼に顔を見られないようにした。


   ◆


 里来と二人、担架を使って伊織とヒュウガをそれぞれの居室へ運んだ。彼らの血でオレたちの手は、まるで殺人鬼が殺人を犯した後のように赤く、赤く染まった。

 海まで行って、その手を洗った。澄んだ海水に赤黒く溶けてゆく血を見ながら彼が言う。

「悲しい」

 彼の声はしょっぱい海風にさらわれて消える。オレは黙って立ち上がる。

「どこへ行く?」

 里来がオレの背に問うた。オレは彼を振り返る。

「楽園へ。最後に残ったオレが……〝魔女〟です」

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