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【第二章】女傑と女傑

 度重なる不祥事に、とうとう春日局が調査を開始した。蘭の部屋を訪れると隅々まで調べ、椀の中のお茶の香りに疑いをもった。

「この匂いは、もしや六香仙?」

 春日局の驚きは尋常ではなかった。なぜなら己もまた、中毒にならない程度に六香仙を飲んでいたからである。

 さらに春日局は調べを進める。やがて万からの贈り物の中に入っていたとわかるまで、時間はかからなかった。

「こなたの仕業か! 何故かような馬鹿なまねをした!」

 春日局は、声に怒りをにじませながらいった。

「私は何も存じませぬ! そのようなものを入れた覚えなど誓ってありませぬ!」

 さすがの万も声がふるえていた。

「恐れながら、私がやりました! 私の一存でやったことでございます!」

 と名のりでたのは玉だった。

「玉まことにそなたの仕業なのか?」

 万は青ざめた顔でいうと、玉は悲し気な顔で万をみかえした。

「恐れながら、玉がやったことの責任は私にあります! どうか罰するなら私を!」

 万の叫びもむなしく、玉は取り調べのため春日局の部屋に連れていかれた。


「まず聞こう、なにゆえかような馬鹿なことをした!」

「理由は、春日様が一番存じているものとこころえまする。万様は、あの日将軍の手の者により自由を奪われ、この大奥で生きることを余儀なくされたのです。もしあの蘭なる者が将軍様の子を宿せば、万様があまりに哀れであります。私は寺にいた時から、万様と一生を共にする覚悟で今日までやってまいりました。万様が悲しむ様を、これ以上見たくはないのです」

 と玉は、相手が春日局でも臆することなくはっきりといった。

「こたびのこと、万は何も存じてはおらんのだな?」

「全て私の一存でやったことでございます」

 すると局は、掛け軸の背後にかくれていた槍を取り、玉の喉元に押しあてた。

「死は覚悟しておろうのう!」

「どうか、どうか万様を正しく導いてくださいませ。私の心残りはそれのみでございます」

 春日局はさらに眼光を鋭くした。しかし、玉はこの年で死を恐れている様子はまるでない。

「ならば聞こう。そなたがそこまでして守ろうとする汝の主とは、一体何者か?」

「私にとり母は、この世でもっとも唾棄すべき存在でしかありませんでした。そして父が何者なのは本当はわかりませぬ。お万様に会って初めて、私は人としてかけがいのないつながりを得たのです。私はあの方のためなら、死んでも悔いはありません」

 局は今一度玉の目を見た。その名とおり玉のような目である。そして激しい気性の内に、自らの若い頃に似た何かを感じるような気がした。

「そなたにはもう一つ聞かねばならぬことがある。あの六香仙をどこで手に入れた?」

 玉はどの道殺されるものと思い、全てを正直にうちあけた。寛永寺への参拝の帰路に浪人者と会い、食事に誘われ、そこでゆずりうけたことを詳細に語った。

「その浪人者の名は山中新三郎とかいう者か?」

「なぜその名を存じているのですか? いかにもその通りです」

 玉は憔悴しきった顔でいった。

 この後、春日局は数日の間、玉を己の部屋にとどめた。そして浪人山中新三郎すなわち将軍家光に事実をたしかめた。この時、家光と春日局との間にいかなやり取りあったのかはわからない。しかし玉への刑罰は一月ほどの間、大奥で罪を犯した者を閉じ込める牢に入れるという、死罪に比べれば実に寛大なものだった。

 将軍家光の意志だけではなく、春日局自身も玉を殺すにはおしい存在と考えたようである。しかしその春日局をもってしても、はるかな後年、玉が朝廷の官位では自らをも越える存在になろうとは想像していなかった。

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