与助は牢の中で、地獄のような数カ月を過ごしていた。すでに天井板は、今にも与助をぺしゃんこにしてしまうほど降下していた。与助ははいつくばったまま、身動きもままならないありさまである。食事もまた、はいつくばったまま食べねばならない。
夏の間中やぶ蚊に苦しめられ、顔はひどくはれあがっていた。与助にはもはや、蚊をはらいのけることすら不可能だったのである。一時は自殺すら考えたが、それさえも不可能だった。
やがて久方ぶりに幕府の役人が牢をたずねた。
「お前の店で働いている者が拷問の末、キリシタンにかぶれていることを認めたぞ」
と役人は冷たくいった。
「ならばもう死刑にしてくれ。もう死んだほうがましだ」
と与助は絶望的な言葉を発した。与助にはもはや己が有罪であろうと、無罪であろうと関係なかった。早く楽になりたかった。
「どうだ、少しは己の犯した過ちを反省する気になったか?」
女の声だった。役人はいつのまにか去り、絹の生地の打掛けをまとった女が目の前に立っていた。与助は直感的に、女が自らを不幸におとしいれた張本人であることを察した。
「あなたは一体誰なのですか? なぜ私をこのようなめに……?」
「お前私がわからないのか? 声でわからないか?」
与助は今一度女の顔を仰ぎ見て、ようやくにして何者なのか察した。
「もしかしてお前は、お夏なのか……」
「ようやく思いだしたのか! お夏と呼ぶな、お夏の方と呼べ。聞いて驚くな今は三代将軍家光公の寵愛を一身に受ける身。わかるな、すなわちお前は将軍を、そしてこの国の天下を敵にしてしまったということだ」
お夏は、まるで勝ち誇ったようにいった。もはや助かる道はなさそうである。与助は観念した。
「もう殺せ! 今すぐにでも殺してくれ」
と今一度絶望的な叫びをあげた。
「そう焦るな。三芳に会いたくはないか? 私にも慈悲の心はある。死ぬ前に三芳に会わせてやってもいいぞ」
こうして与助はようやく牢から出され、歩行に障害をきたしながらも、三芳のいる場所まで案内された。しかし、そこで見たものはさらに衝撃的だった。
三芳は与助が何を語りかけても通じない様子だった。意味不明の言葉を繰り返し、完全に精神に異常をきたしていた。そして何よりも衝撃的だったのは、三芳の腹が巨大にふくれあがっていたことだった。与助は思わず、嗚咽とも悲鳴ともつかない叫びをあげた。
三日後、小塚原の刑場で与助の磔が実行された。三芳と腹の中の子のその後はわかっていない。