三喜雄は言葉を継ぐことができなかった。まさか新しい衣装を試着してはしゃいでいる自分の姿に、逝った息子を重ねていたとは思わなかった。
いや、と三喜雄は考え直す。ノアは何故かずっと、三喜雄の中にフェリックスの面影を探している。そのことに気づいていたから、すぐに引っ越さずしばらくノアと暮らそうと思ったのだ。孤独な彼にとって、息子を思い起こさせるらしい自分と居る時間が、少しでも安らぎや癒しになればと考えた側面はあった。
しかしこれでは、逆効果ではないのか。初めて三喜雄はそう感じた。フェリックスの姿を必要以上に思い出させてしまう自分の存在は、ノアの負担になるのではないか。もしそうだとしたら、この家に居座るのはよくない。
三喜雄が無言になったからか、ノアが軽く覗き込んでくる。
「ごめんなさい三喜雄、気を遣わせてますね……実は先月の最終日曜日に、教会でフェリックスのために祈ってもらいました」
ノアの目を見て、あ、と思わず三喜雄は洩らす。クリスチャンの多い国で3年暮らした経験から、それが何を意味するのか、すぐに理解できた。
「はい、あの次の日が、えっと……命日というんでしたか? 亡くなった日だったので」
ノアの返事が予想通りだったので、三喜雄は自分の手許に視線を落とした。
「ごめんなさい、何というか……タイミングが良くなかったですね」
「どうして三喜雄が謝るんですか、何も悪くないのに」
確かにそうなのだが、そうですねとすぐに流すことはできなかった。
三喜雄は思い切って、頭の中に浮かんだもやもやをノアに告げた。
「ノアさん、俺がいることで悲しいことばかり思い出すんだったら、正直に教えてほしいです」
ノアは軽く目を見開いた。
「三喜雄、言っている意味がよくわかりません」
「え、その……どうも俺がちょこちょこ息子さんのことを思い出させてるみたいだから……」
意を決して口にしたのだったが、そんな三喜雄にノアが向けたのは、優しい微笑だった。
「三喜雄の言う通りですよ、でもそれは私にとって、いつも楽しく心地良いことです」
「……そうなんですか?」
「フェリックスは私が望まない方法で神様の許に行きましたから、悲しみがぶり返すことはありますけど、三喜雄には何の責任もありません」
そう言ってノアは、スマートフォンをテーブルに置いた。
「もし私が困っているとでも答えたら、引っ越し先を探すつもりでしたか?」
図星過ぎたので、三喜雄は視線を外して、いや、まあ、とぼそぼそ言った。ノアは少し可笑しそうである。
「むしろ三喜雄のおかげで、フェリックスを失ったという現実に、やっと正面から向き合えそうな気がしてきたところなんです」
ノアがフェリックスについてなるべく考えないようにしている節は、あった。例えば彼は、自分の部屋の中に、1枚も息子の写真を置いていない。だから三喜雄は、フェリックスがどんな容姿だったのか、ノア似なのか母親似なのか、未だに知らない。
三喜雄は掃除のために、部屋に自由に入っていいとノアから言われているが、なぜ写真が全く無いのだろうとまず思った。欧米人は家族の写真を大切にするし、家の中にむやみやたらに(日本人の三喜雄から見ると)飾ることが多いからだ。
ノアは目を細めた。
「三喜雄に気を遣わせたのは悪かったです、でもありがとう」
それこそ、礼を言われることもないのに。三喜雄はほっとするようなくすぐったいような、複雑な気持ちを持て余していた。