「おいおい、なんじゃこりゃあ。店長、ちょっとこいや」
店内でガラの悪そうな連中が突然大騒ぎを始めた。
店長らしき人物が連中の元へ向かう。
「この店ではゴキブリを客に食わせるのか! どう落とし前つけてくれるんじゃ!」
「謝って済む問題じゃねえぞ。誠意だよ、誠意を見せろ!」
肉の皿にゴキブリがいればすぐ分かるはずなので、明らかにイチャモンを付けることが目的なのだろう。
誠意を見せろと言って金を巻き上げようとしている。
店長が対応に苦慮していると……連中は他の客にも迷惑を掛け始めたので、多くの客は食事の途中で逃げ出し始めた。
そして連中は奥のテーブルにいた、こちらにもやってきたのだ。
「おうおう、そこの姉ちゃん。こんなクソダサ男たちと不味い肉を食うなんて寂しいじゃねえか。俺らと遊ぼうや!」
あ、よりによってサクラ氏に絡みだしたよ……。
サクラ氏の顔がどんどん険しくなっていくじゃないか。
「うるせえ、そのブサイクなツラをこっちに向けんなよ。肉が不味くなるだろ」
「サクラ氏。地球人同士のトラブルに関与するのは禁止だよ……」
小声でそう伝えてみたものの、サクラ氏の怒りは収まらないようだ。
マズイことになる予感しかしない。
「なんだと、コラ。もういっぺん言ってみろコラ!」
連中のリーダー格の男まで、サクラ氏に絡みだしてしまった。
「コラコラうるせえこのタコ!」
「なにがタコだ、コノヤロー」
「黙れコラ、やってやるぞコノヤロー!」
ちょ……なんだこれ。
サクラ氏も何を言っているんだ……。
コラ、タコ、コノヤローだけで口喧嘩してるじゃないか。
語彙力のない口喧嘩がこれほどまでに滑稽だとは……。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃないな。
「言ったな! 女だからって容赦しねえぞ!」
リーダー格の男はサクラ氏の前にあるハラミが載った皿を持ち上げ、逆さにした。
ボトボトと音を立てて、サクラ氏のハラミが床に散らばった。
その瞬間、サクラ氏の顔がみるみる真っ赤になる。
ああ、やっちゃった……。
「イチロー、あれは止められないな……。俺たちも覚悟を決めよう」
カトー氏は黙って様子を見ていたが、さすがに無理と判断して、俺に囁いた。
「おい、てめえら、全員表に出ろ! 生きて帰れると思うなよ!」
サクラ氏が怒鳴りつける。
「なんだと、コラ。吐いた唾は飲み込めねえぞ! いいだろう、表に出やがれ!」
俺達は店を出ると、店の迷惑にならないよう、人目のつかない場所にある空き倉庫へ移動した。
――
「よし、全員まとめて相手にしてやる。まさか逃げたりしないよな?」
サクラ氏が戦闘態勢に入る。
あ、そうだ!
俺はメガネのスイッチを入れた。これで、サクラ氏の本気モードがどれほど強いか分かるはずだ。
80万……100万……150万……。
え、嘘だろ……まだ上がり続けている。
200万を超えたとき、『計測不能』とエラーメッセージが表示された。
信じられない……とんでもないことになってる……。
下っ端が数人まとめてサクラ氏に襲いかかる。当然、その攻撃は当たらない。
今度はサクラ氏の回し蹴りが炸裂した。鈍い音がして、襲いかかっていた全員の頭部が粉々になって吹き飛んだ。
いや、そうなるよね。
だって、こいつらの戦闘力なんて200~300くらいだもん。
地球人としては強いのだろうけど、サクラ氏とは桁がいくつも違う。
「な……なんなんだ……ば、化け物か!」
「おっと、お前ら全員逃さないぞ、こいつらと同じ目に合わせてやるからな! カトー、こいつら1人残らず逃がすなよ」
「よし、任せろ」
「うわああ~」
残った連中は叫び声を上げてバラバラに逃げ出すが、カトー氏が全員捕まえてサクラ氏に向かって放り投げた。
そこにサクラ氏の蹴りが待ち受けていた。
こうして、あっという間に死体の山ができあがった。
「地球人って、こんなに弱いのね……」
「冷静になって考えてみたら、この状況……結構まずいな。どうする?」
「ちょっとナミ氏に相談してみよう。ちょっと案があるんだ」
俺は通信機でナミ氏を呼び出した。
「イッチ、どしたん?」
「緊急事態なので経緯は省略するけど、目の前に地球人の遺体がいっぱい転がっているんだ。転送装置を使って、宇宙に転送できないかな?」
「ん~、できそうかも。そういえば、美味しいアイスが食べたい気分なんだけど」
「分かった。コンビニで買い占めて帰るから、なんとかして!」
「じゃあね、イッチの転送装置を遺体の山の上に置いてもろて。転送装置の半径3mくらいを転送する感じでよさげ?」
「よさげ」
俺は地球人の遺体を一箇所にまとめ、その上に転送装置を置いた。
「準備ができたよ」
「おけまる~。10秒後に転送を開始するけど、マジで危険だから転送装置から離れてね」
10秒ほど経った頃、地球人の遺体は俺の転送装置とともに消えた。
「上手くいったよ!」
「そんじゃ、今度はイッチの転送装置だけをそっちに送るね。以上、アイスよろ~」
今度は俺の転送装置が、地球人の遺体があったところに落ちてきた。
俺は転送装置を腕に装着した。うん、特に壊れてはいないようだ。
「イチロー、これどういうこと?」
サクラ氏は、不思議そうな顔をしている。
俺は種明かしをすることにした。
「俺の転送装置で遺体を宇宙のどこかに飛ばしたんだよ。その後で転送装置だけナミ氏が回収し、この座標に転送装置を転送で送ってきたということさ」
「それはすごいな。使い方次第で色々なことができるのね……。ん? そこにいるのは誰だ!」
サクラ氏は、空き倉庫の入口を指さした。
そこには見たことのない男が立っていた。